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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
「和葉(かずは)くん」
夕食の席で、渡良瀬さんがニュース番組を漫然と切り替えていた僕に言う。
「なんですか?」
「すまないが、テレビ番組を戻してくれないかい?カズハがさっきのペンギンの特集を見たいと言っていてね」
「あ、いいですよ」

僕はリモコンに手を伸ばし、8チャンネルに番組を戻す。
テレビのなかでは、ペンギンがのんびり散歩を始める。アナウンサーが動物園のペンギンが人気を集めているという。

なにげなく訊ねた。
「カズハさんは……嬉しそうですか?」
自分からカズハのことに触れたのははじめてだ、と思いながら。
「あぁ」
渡良瀬さんはテレビの前のなにもない場所を見て、微笑む。
「子供みたいにテレビの真ん前に座って、笑っているよ」

その眼差しは気持ち悪いとか気味が悪い、というには余りに優しくておだやかで僕はことばを失う。
カズハ、と渡良瀬さんは呼びかける。
渡良瀬さんはカズハだけを見ている。僕には見えない彼女を。
「お前は本当にペンギンが好きだなぁ」
返事はない。
雨が降っていたら、笑い声が聞こえたかもしれないけれど、夕方の雨はさっきあがってしまった。ぼんやりと、僕は彼の横顔を眺める。

この構図を例えればなにになるのだろう、と思う。自分の存在を忘れてゲームに没頭する夫に憤慨する妻、とか。
でも、僕には憤慨する権利も立場もなにもない。
僕はもちろん、渡良瀬さんの妻じゃないし、僕がどれだけそうであればいいのにと望んでも恋人でさえもない。彼のリハビリのための同居人。《こちら側》に彼がいるための最終手段。僕の立場は、それだ。
―……渡良瀬さんは、本人の言によると、死んだ婚約者の幽霊と暮らしている。僕と一緒に。

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【2016/02/06 08:14】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
渡良瀬さんと僕の奇妙な同居生活が始まったのは、彼が僕のフルネームを知ったことに端を発する。
バイト先の喫茶店。文筆家の渡良瀬さんは、そこの常連だった。ここで仕事をすると筆が捗ると言って。
そして、僕は一回り年上の渡良瀬さんに恋をしていた。

その日。彼のほかには女性3人グループが静かに話しているほかにお客さんはおらず、沈黙がざらついた埃のように床に降り積もっていた。

「コーヒーのお代わり、どうぞ」
パソコンに向かって顔をしかめている渡良瀬さんに僕はカップを差し出した。
「マスターの奢りです」
笑いかける。軽く手をあげた渡良瀬さんはカップを手に取ると一口飲んで、あれ?と首をかしげた。
「いつもと、味がすこしちがわないかい?」
僕は首をすくめた。
「……すみません。僕が淹れたんです。マスターが練習させてくれるんですよ」
そのとき、カウンターのむこうからマスターの声が背を叩いた。
「どうですか、渡良瀬さん。和葉には素質がありますか?」

コーヒー通の渡良瀬さんは、質問に答えなかった。

「……かずは?君の名は、かずはというのかい?」
「えぇ、和風の《和》に、葉っぱの《葉》です、それで、和葉」
「苗字は、瀬賀(せが)、だった……よな」
同姓同名?と微かなつぶやきが鼓膜を打つ。え?と首をかしげる。
「君は、瀬賀和葉という名なのかい?」
「えぇ、そうです」
僕が淹れたコーヒーが湯気をあげていた。
「和葉くん」
僕を座ったまま見上げた渡良瀬さんは、しばらく言い淀んでから、言った。眼の奥に不思議な影が宿っていた。
「私と一緒に、暮らしてはくれないだろうか?」

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【2016/02/07 08:12】 | 彼と、僕と、もうひとり
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―……私と一緒に、暮らしてはくれないだろうか。
咄嗟に返事ができなかったのは、あまりに突拍子もない事態に困惑したからだ。
僕は、このひとが好きだ。傍にいられるのであれば、嬉しい。
けれど、この申し出は恋心とか下心とはかけ離れた……どこかとんでもないところからきている。
直感にすぎない。けれど、直感は馬鹿にはできない。
マスターに助けを求めてカウンターを振り返る。気の毒そうな眼差しを、なぜか僕ではなく渡良瀬さんに注いでいた。

「私の婚約者が、セガカズハ、君とおなじ名前なんだよ」
「それは…、そうなんですか」
微かに傷つきながら、そうとしか言いようがない。
「ただ、彼女は死んでしまってね」
「……ご愁傷様です」
どれだけの月日が流れたのかは定かではないけれど、この返答が妥当だろう。いったい、この話はどこに流れているのだろう。

渡良瀬さんはそっと言った。
胸のなかの大事なものを、ほら、と差し出すように。
「それでも、いまでも私は彼女と一緒に暮らしているんだ。だれにも信じてはもらえないけれど」

ことばを耳が受け、ゆっくりと理解する。眩暈がして、テーブルに手をついた。
渡良瀬さんと……それから、カズハと……一緒に暮らし始めるようになって最初のころ、何度も繰り返すことになる動作。

僕の背を押したのはマスターだった。
「渡良瀬さんのためにも」重いため息とともに吐き出される台詞。「君は彼の傍にいてあげてくれ」。
「……どうしてですか?」
「セガカズハさんが亡くなってからね、渡良瀬さんはもう本当に《あちら側》が絡んだ小説ばかり書くんだよ」
「それは、そういうフェーズもあるでしょう?」

「俺は思うんだが」
愛煙家のマスターは煙草に火をつけた。
「《あちら側》にばかり気を取られていると、危ない」
死んでしまう?渡良瀬さんが?セガカズハに引きずられて?
……背が高いわりに、存在感の薄い彼にはありえる話のような気がした。

「君は、もしかしたら渡良瀬さんが《こちら側》にいる最後の理由になれるかもしれない」

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【2016/02/08 07:41】 | 彼と、僕と、もうひとり
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ぶれこみさんへ
砂凪
おはようございます。

どうもどうも、お立ち寄りありがとうございます。
そうなんです。結局、ここに逃げてきてしまいました。
この先どうしたらいいのかも、ちゃんと考えなくてはいけないのに、考えることにもう疲れました。

アイディア、褒めていただけて光栄です。
なんか、「ありがち」感漂う…とご指摘されるんじゃないかと怯えておりました。
この先が楽しみ、と仰ってくださって、嬉しいです。
ご期待に負けるかもしれませんが、精一杯がんばります。

小説は小説家が書きながら成長できるもの。
すごい☆かっこいい☆胸に刻んでおきます。
成虫が蛾かもしれませんし蝶かもしれませんが、気味悪がらずに可愛がってやってください。
ちなみにわたし、蝶々も蛾も苦手です。

毎日読んでくださるとのこと。
励みになりますっっ☆頑張ります!

それではでは~~~。


ぶれこみ
 ひさしぶりに立ち寄ってみたら、小説再開されてました。おめでとうございます。ファン待望だろうな。
 今度の話は、のっけから興味を引くアイデアだね。幽霊の奥さんと暮らす小説家。良いじゃないですか。なんか、僕の入院隔離室時代のようだ。統合失調症っぼくみえて、鬼才にもなり得るキャラで、今後のストーリー展開が期待できます。
 保坂和志の小説入門に書いてあったけど、物語と小説とは違って、小説は小説家が書きながら成長できるものでなければならないらしいですよ。さなちゃんも、どんどん書いて脱皮繰り返して美しい成虫になるんだよ、がんばってね。
 また、毎日読んでみるよ。応援します♡

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喫茶店のバイトをしていた高校時代を終え、無事に地元の大学に合格した僕は、それと時を同じくして渡良瀬さんとの暮らしを始めた。
……厳密には、渡良瀬さんとカズハ、との。
暮らし始める前、渡良瀬さんは僕にカズハの写真を見せてくれた。涼しげな眼もとの綺麗な女性だった。
そして。そのとき、僕はたしかに聞いた気がしたのだ。尚樹(なおき)さん、と渡良瀬さんを呼ぶ、彼女の声を。

「和葉くん」
「はい」
「カズハが、君の写真も見たいと言っている」
口ごもる僕に、慌てたように渡良瀬さんは言った。
「気が進まないなら、もちろんいいんだよ。カズハの我儘なんだから……」
そんなふうに、気を遣えるひとなのだ、渡良瀬さんは。
「いいえ、いま、部屋から持ってきますよ」

渡良瀬さんの家。僕の《自室》としてあてがわれた部屋。そこから、高校の卒業アルバムをリビングに持っていく。
このアルバムのなかの自分自身の写真を、僕は気に入っていないのだけれど。

「懐かしい、と言っているね」
「懐かしい?」
「これ、この君の出身高校、カズハの出身校でもあってね」
「あぁ…」

渡良瀬さんの斜め後ろから、カズハはアルバムを覗きこんでいるのだろうか。
渡良瀬さんの視線がもうページを見終わったのに次のページが捲られなかったり、まだ半分しか眺めていないだろうに次に進んだりする。
ちょっと待って。次を捲って。カズハの声が、聞こえるようだった。

「和葉くん、部活動は?」
「……帰宅部で、それであの喫茶店で働いていました」
「だってさ」
僕には見えないカズハを見つめて、渡良瀬さんは笑う。
「その喫茶店に行ってみたかったー、ってむくれているよ」
カズハのことを僕に実況する彼は、このうえなくしあわせそうだった。

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【2016/02/09 07:31】 | 彼と、僕と、もうひとり
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カズハの存在を否定するのは簡単そうで、この上なく難しかった。
雨の日は、カズハの気配が濃くなる。だれもいないキッチンから調子外れのハミングが聞こえたり、シンクを流す音が聞こえたり、リビングの紅茶がいつのまにか半分減っていたり、する。
つまりはあれこれそういうことをすべてひっくるめてしまうと、この渡良瀬さんとの暮らし、プラスアルファの彼女が実存するのだ、と信じるのが一番合理的だった。

渡良瀬さんが好きなものと嫌いなものがわかったことは、同居生活のもたらした思いがけない収穫だった。
好きなもの。白、麻の布、古い本革の鞄、風の音。
嫌いなもの。合成繊維の服、新聞、洋楽。
僕は合成繊維の服を着なくなり、大学受験の小論文のために読んでいた新聞を読まなくなり、英単語を覚えるために聴いていた英詩の楽曲を聴かなくなった。

……その代わり、白い服ばかりを着るようになった。麻の布でできたシャツは着心地がよかった。

季節は巡り、初夏。ふたりで、ではなく……僕と彼ともうひとり、で暮らし始めてから、はじめて台風がやってきた。大雨の、警報が出ていた。
「カズハさん、今夜あたり気配が濃くなりそうですね」
「和葉くん」
渡良瀬さんは申し訳なさそうに言った。
「今夜だけでいいよ、ご実家に戻ってはもらえないだろうか?」
「え?」
「警報が出るくらい雨が強いと……私は、その……カズハに触れられるんだ」

あぁ、と思った。そういうことか。
吸い込んだ空気が、みるみるうちに肺のなかで結晶化していく気がした。なにもことばを発せられなくなる前に、僕は微笑む。

「いいですよ」

電話を入れ、電車で8駅ほどの自宅に戻ったその夜。
眠れずに、渡良瀬さんに抱かれる幽霊の彼女を、カズハを思った。
僕がどれだけ望んでも、手に入れられない立ち位置にいるのに、死んでしまった。不本意だったろう。どれだけの心を残したのだろう。だから、いまでも彼の傍にいて……。

僕のためでなく、カズハのために泣いたのは、その夜だけだった。嫉妬や羨望ではなく、はじめて彼女に、同情を覚えた。

そのころから僕も、すこしおかしくなりかけていたのかもしれない。
報われない恋と、それでも一緒に暮らしているしあわせと、それなのに触れられない苦しさに。

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【2016/02/10 07:25】 | 彼と、僕と、もうひとり
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