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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
食器を洗っていた。シンクのなかの洗面器に水がたまっていく。
彼の足音が聞こえた。振り返る前に後ろからゆっくりと抱きしめられた。
柔らかな気持ちがこみ上げて、すこしだけ首をかしげて僕はその腕に頭を預けた。
途端に、腕が消える。
まちがえたのだ。

はっとしてあげた眼にしらけたような表情の彼が映る。
後頭部をわしづかみにされ、状況を飲み込むより早く、偽物めいた洗剤の香りのなかに、僕はいた。
顔のまわりでぷちぷちと泡が爆ぜる。ざあざあと耳元で水音がする。さっきまで僕が流していた水。
苦しさよりも水の冷たさに、洗面器の中に顔をねじ込まれているのだと気づく。
口から泡が漏れ、反射的に手のひらで必死にシンク台を叩いた。

やっと顔をあげることを許されたときになって、ぜいぜいと肩で息を継ぎながら、そうだあのまま死んでしまっていればよかったのだ、と思った。

この世には溢れている。ひとを傷つける方法なんていくらでも。死んでいくような気分で、そうも思った。

それでも、洗剤で沁みる視界のむこうにハッとした表情の彼を見て、その方法の壁のなかでは被害者も加害者もおんなじだ、とちいさくわらった。

「雨多(うた)」
おろおろと問いかけられ、ちいさく笑顔を保ったまま、流しに向かって僕は言う。
「大丈夫です。ごめんなさい」
そうだ、わるいのはまちがえた僕なんだから。茅野さんとのなにもかもをまちがえたまま、ここにいる僕なのだから。

******

『前奏なしでいきなり主題を提示した交響曲』みたいな出だしですみません…(*≧へ≦)
いろいろ頑張ってみたのですが、わたしの力では無理でした、いろいろと。

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【2016/02/16 07:30】 | 奈落の揺りかご
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寝返りを打った。午前四時、にがっくりしながら視線を天井から窓に移した。
外は雨。青い雨の影が窓ガラスに賑やかだ。
新聞配達の音が聞こえるまで、繭のなかで眠る蚕のように薄闇の中でうずくまっていた。

どうして、茅野さんから、この部屋から、離れられないのだろう。答えのない問いがぐるぐると頭の中で渦巻く。
この日々を、自分を自分と彼とで裁断していくような日々を、どうしてやめられないのだろう。

自分でも嘘だと思いたいような気持ちで答えのようなものを僕は見つける。
茅野さんが好きだから。
その答えを嘘だと思いたい、と思っている自分。
「好き」はいつのまに、こんなに捻じれて歪んでいびつな感情に姿を変えたのだろう。それとも、世界中のすべての好き、は醜いものなのだろうか。闇に潜りたくて、眼を閉じた。

うつらうつらしていると茅野さんが部屋に入ってきた。名を呼ばれる。額がくっつくくらいの距離でごめんな、と言われる。
やっと通じたのだ。もう助けを請わなくていいのだ。謝らなくても許されるのだ。
嬉しくなって手を伸ばす。茅野さんの腕がゆうべの洗剤の泡よりも儚く、消える。
はっとして眼を開けた。
ひどい。あんまりだ、と思った。こんな夢、あんまりだ。伸ばした手のなかには、なにもなかった。からっぽだった。

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【2016/02/17 07:30】 | 奈落の揺りかご
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仕事先の居酒屋の店員と常連、という出会いだった。
飲み会の帰りの茅野さんに散々、可愛い可愛いと言われ、連絡先を教えてと請われ、面倒くさいひとだなと思いながらもなぜか、本当のメールアドレスと電話番号を交換していた。

茅野さんからは毎日のように連絡が入り、僕もいやな気はしなくてそれに応じていた。

高校をあがってから勤めはじめた職場の居酒屋が潰れたのはそれから一年と半年後で、生活に困っているのならしばらく自分のマンションで暮らせばいい、部屋は余っているから、と茅野さんが申し出てくれた。
……マンションの部屋が余っていることは知っていた。茅野さんに会いにいくたびに抱かれた寝室には、だれの気配もなかったから。
そこでの暮らしをはじめて3カ月後、僕は茅野さんの手に首を絞められた。

もしも、と思う。もしも、僕らが同性同士でなかったのなら、なんらかの公的機関に僕は救済を求めただろうか。
ぼんやりと、このあいだ市役所の壁に見つけた『もうひとりで悩まないで』系のポスターを思い浮かべた。
答えは見つからない。そもそも前提条件が僕たちを端から否定するから。

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【2016/02/18 07:30】 | 奈落の揺りかご
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ぶれこみさんへ
砂凪
こんにちは、ぶれこみさん。

このふたりの「好き」は書きあげたいまでもちっともわかりません。
でも、わたしが雨多だったら茅野さんに依存するだろうなぁ…というのは確かです。
というか、テーマ提示だったんですね!意識的に書いていなかったので気付きませんでした。

つかみは散々悩んだ挙句、あのシーンでの幕開けで…。
正直、「みなさん、ドン引きですよね」と思っていました。
「はじめから怖かった(□д☐)」というメールをいただいたりしちゃって(笑)
もうちょっと、柔らかくはじめられればよかったのですが…。

要約的に書いたのは「馴れ初めはまぁ、どうでもいいよね」と思っちゃったからです、すみません。
もっと細かく書いたほうがよかったのでしょうか?
これから、心理描写がどんどん細かく重くなっていくので、端折れるとこは端折っておきます。

いえいえ、いえいえいえいえ!
コメントは宝物ですので!
いつもありがとうございます。


ぶれこみ
 こんにちは、砂凪ちゃん。

 「好き」という感情や行為が歪んで醜くなっているという記述は、導入部に続く部分としては、興味のあるテーマ提示だと思います。
 そこから、回想部分に入って先が読みたくなるのは、その冒頭の主題提示があってのことでしょう。
 つかみも、いきなり洗面器の中に頭を押さえつけられるという衝撃的なシーンで、読者をぐっと引き入れるのは、技術的にかなり良いレベルかもしれません。
 ただ、これは砂凪ちゃんの作風なのかもしれない気けど、すこし要約的に描かれすぎていて、もう少し細部の描写が欲しいような気もします。
 とまあ、相変わらず、偉そうなコメントでした。

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「おはよう」
朝食を作っていると、何事もなかったかのように茅野さんがキッチンに入ってきた。
茅野さんはわらって言う。僕と食べる食事はおいしく感じる、と。
そのことばだけで救われる僕に、ひっそりと僕は絶望している。

そっと、あたりを見回す。
置時計、植木鉢、万年筆。僕のかわりにいくらでも茅野さんを傷つけることができるツールはこんなにあるのに、それら道具のひとつさえ、どうして僕はその意図をもって日常に潜む鈍器の類を手に取ることさえないのだろう。
どうして茅野さんは、易々とその逆をやってのけるのだろう。
「雨多、どうした?」
「なんでもないです」
顔を見合わせて、わらう。僕らはしあわせだ。しあわせでなくては、ならない。

就職氷河期をどうにかこうにか過ぎたとはいえ、職に就くのは難しい。
つなぎあわせるようにアルバイトとして働きはじめたパン屋に向かうために身支度を整えて、外に出た。
夜明け方の雨が嘘のように、陽射しが跳ねている。夏なのだ、と思った。
右肩から肘にかけて紫色に変色した痣を隠すための長袖が暑い。
ぱたぱたと手のひらで顔に風をあてる。信号が変わる。メロディが流れだす。どれだけ過ぎても終わらない、「毎日」と呼ばれるもののように。
その「毎日」のなかで茅野さんの傍にいられることは、僕にとって絶望的な奇跡だ。

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【2016/02/19 07:30】 | 奈落の揺りかご
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『あ、お兄ちゃん?』
妹の響(ひびき)から、コールがあったのはその夕方だった。
『ねぇ、アルバイトなんかでちゃんと暮らせてるの?食べられてるの?だいじょうぶ、っていうけど、本当にだいじょうぶなの?』
「響」
僕は、だいじょうぶなのだろうか。きっと、だいじょうぶ。
「何度も言っただろう。親切なひとの家に厄介になっているから、生活費くらいはなんとかなっているって」

実のところ、僕は一銭たりとも自分の『生活費』を出していない。
バイトの月給を茅野さんが貯金しておくようにというから。記帳にいくたびに増える残高。と共に、裁断されていく僕。
『親切なひとって、だれなのよ?彼女?お兄ちゃん、まさか、どーしようもないヒモになったりしてないよね?』
「だいじょうぶだって。夕飯の支度あるから、切るぞ」
はいはーい、という陽気な返事は僕が通話終了のボタンを押す前に消えた。

とん、とん、と階段を下りていくように自分が孤独になっていくことを認めたくなくて、僕はキッチンに向かった。

狭い台所はもう薄暗い。あまりの閉塞感に眼を閉じたくなるのを我慢して灯りをつけると、茅野さんがキッチンテーブルについていた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「水曜日は残業がないからな」
茅野さんは微笑む。優しげな眼もと。
思わず、右腕の痣に触れた。あの笑顔とこの痣は、同一人物から僕に向けられるものなのだ。

「おいで」
茅野さんがキッチンの椅子をすこしだけこちらに向けて、いっそう深く微笑んだ。静かに近づくと、腿のうえに座った。
キスをする。茅野さんの手のひらが、僕に触れる。その温度だけで、彼とするのだとわかっている僕がいる。
苦しくなるくらいに口腔を舌でまさぐられ、震えるほどに自分がこのひとを救いようもなく好きなのだ、と知る。

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【2016/02/20 07:30】 | 奈落の揺りかご
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