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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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こわいのは、待つのをやめること。
待つことだけで、いまは自分を保っているのだから。
さよならを言わないことを重ねて、いったい僕はどこへ行こうというのだろう。
……そして、それはだれのためなのだろう。

櫛木穂呂(くしきほろ)の友人たちの集う『お別れの会』は滞りなく、つつがなく進行していた。
神埼爽立(かんざきそうた)は、この集まりがもっとモノクロに沈んだ空気が淀むような、静けさに満ちた、例えば色のない静まり返った湿地のような雰囲気に包まれるものになるのだと思っていた。穂呂と訪れた、冬の朝の屈斜路湿原のモノトーンの静謐。

いくら正式な『葬式』ではないといえ、失踪宣告が受理された穂呂は《法的に死亡》しているのだから。

でも。大学時代のサークルメンバー中心の20人足らずの参加者の醸す穏やかなさざめき…主には穂呂の想い出話…の揺れる会場の隅で喪に服した色の服を着て、爽立はどこかで納得もしていた。
10年、待ったのだ。皆が、時間の流れとしては平等に、10年も待っていたのだ。
区切りがついてほっとする心を咎める権利はだれにも、どこにもない。

その10年間ずっと、希望と期待に疲れて打ちのめされ、それでも、あしたこそはもしかしたら……ともがきつづけ、もがくことをいつやめられるのかもわからない、そんなぐちゃぐちゃな気持ちで日々を送ってきた自分にも。

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【2016/06/24 07:30】 | はちがつのかたち
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「爽立」
目の前の椅子をがたっと引いて、眼鏡の顔がこちらを覗く。大学時代のサークル仲間のひとり。
痛ましいものを見る眼、腫れものに触るような態度。この会が始まってから、気の毒そうに遠巻きに眺められていることを爽立は知っていた。

待ったんだよ、と彼は言う。言いにくそうに、言いたくはなさそうに、言うのだ。
だから、爽立は聞かなくてはならない。どれだけ耳を塞ぎたくても、自分に閉じこもりたくても。
「……10年、待ったんだよ」
「うん」
「もうお前は充分待ったよ。もう待たないことを後ろめたく思う必要なんてない。責める奴だっていないだろう」

爽立が黙っていると、彼は眼を逸らした。
視線の先を辿る。後輩の男女が静かに話している。曖昧に、どこか困ったような顔をしていることに爽立ははじめて気がついた。

「正直なところさ、みんな複雑な顔してるけど、ほっとしているよ。俺だって社会人になって、お前や穂呂にあう機会なんて年に一、二度あるかないかだったろ。でもなぁ」
また眼を合わせる。逸らしたくなるのを爽立は必死に堪えた。
「なんだろ。あいつが理由も原因もなく失踪してからさ……、あぁそうか、話したかったことがまだまだあったなー、って。それがいまのことじゃなくて昔のくだらないことなんだ」
溜め息のしっぽに括りつけるように相槌を打った。

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【2016/06/25 07:30】 | はちがつのかたち
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目の前の彼は続ける。
その声の穏やかさは悲しみからくるものだと爽立はわかっている。でも、わかった上で自分のほうが悲しいと勝手に計っている。

「だからかな。どこかで生きているかもしれない、ってときどき思うんだ。あいつのことだからさ、なにもなかったみたいに、ひょっこり帰ってくるかもしれないって」
思いきり絞った布巾から落ちる、最後の一滴のような声で爽立は「うん」と言った。
目の前の相手は優しい眼で穏やかな口調で、言う。
動かない両手で耳を塞ぎたい。臆病だと笑われようとも、惨めだと同情されようとも。

「恋人、だったんだろ?お前昔から感情出す奴じゃなかったけど、きょうぐらいはいーじゃん。もっとちゃんと悲しんで、気持ち的にも区切り付けなきゃ立ち直れないだろ」

目の前の友人に微かに微笑んで「あぁ」と曖昧に返事をした。
じゃあな、と椅子を戻して歩み去る背中に、本音が心から流れ出す。
声にはならない。
悲しみたくない。立ち直りたくなんてない。区切りなんていらない。
こざっぱりと想い出も未練も執着もなにもかも、心からそぎ落としたら、生死不明のままの穂呂を自分が殺してしまう気がした。

褪せないように、消えないように。
封じ込めて鍵をかけてしまいたい。
きょうもあしたもあさっても、日常を送ることで想い出と記憶を守れるように。

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【2016/06/26 07:30】 | はちがつのかたち
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穂呂が失踪したのは10年まえのきょう。8月の暑い盛りだった。
日曜日、反戦をテーマにした映画が見たいと言った穂呂と連れだって、県庁所在地のシネコンに出かけたときだった。
映画館が得意でない爽立は(狭い箱のなかにぎゅうぎゅう詰めで知らないひととおなじものを見る、というのはどういう苦行だろう)、穂呂が映画を堪能している間、大型娯楽施設の大規模書店で、贔屓の作家の新刊書とビジネス書を買いこんで、待ち合わせ場所に指定された銀色のオブジェの前でぱらぱらとページをめくっていた。

左手の腕時計が約束の時間を1時間過ぎても穂呂は現れなかった。
送信した『どーした?具合でもわるいのか?』というメッセージにも既読を示す表示がされない。
おいおい、自分を忘れて帰ったか。そう思って、大学3年次から一緒に暮らし始めていたアパートに戻っても姿が見えない。

なんだなんだ、と思っているうちに穂呂の失踪届が提出され、恋人の行方を案じていても変わらず朝と夜は訪れ、淡々と歳を重ね、いつのまにかアラフォーと称される歳になり、戻ることも進むこともできないまま10年がたち、失踪宣告の手続きが終わり、友人たちによる『お別れの会』が開催されたのだ。
そのすべてが、爽立にとって、完全に完璧にいっそすがすがしいほどに、他人事だった。
自分に世界を与えてくれた恋人は、もういないのだから。

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【2016/06/27 07:30】 | はちがつのかたち
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穂呂とは、大学の自転車サークルで知り合った。
小柄で細くて幼ささえ漂う色の白さのせいで、ぱっと見るからしてとてもオフロードでの運転などできそうもない爽立の身体つきがゆえに、最初の顔合わせミーティングで隣に座った穂呂に「お前なんでこのサークルなんだよ」と怪訝そうに聞かれた。
「最初にもらったチラシがここだったのと、僕、自転車乗るのが好きだから」と答えると、呆れかえった声で「そんだけかよ!お前自転車背負って歩けるの?」と笑われた。

その会話が糸口になったのかなんなのか、和気あいあいとしたサークル内でも一番親しくなった一年次の夏、「試される大地にいざ!」という穂呂になぜか爽立もついていくことになった。

「なんで北海道?」と行きのフェリーで訊ねると「極めて、青春的な何かで」というごく曖昧な返事が返ってきた。
爽立はその返事の潔いまでの曖昧さを好ましく思い、自分も『青春的な何か』を楽しみによろよろと穂呂の足手まといになりつつ、手伝ってもらいつつ、ツーリングを満喫した。

結果的には、あたりまえの結論として「青春というものはごく曖昧なものなのだ、概念にすぎない」という諦観に似たものと、こちらはごく想定外の結末として穂呂という恋人を手にした旅だった。

美瑛にあるジャガイモの畑のまんなかで「これでポテチが何袋、作れるのかな」と食い気のはった発言した穂呂は、「たぶん一生分じゃないかな」と答えた爽立のほうを振り向いて言った。
すこし困ったように。すこし緊張したように。

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【2016/06/28 07:30】 | はちがつのかたち
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