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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
韮野和晃が常駐所を出ると夏の熱気の名残りがぶわりと身体を包んだ。
むせかえるような緑のにおいと水の香り。空を見上げると、夕立は今夜も降りそうにもない。
そのまま、携帯を取り出すと新崎梢宅の固定電話にかける。

「ニラさん?」
「だーかーらー、梢さん!『もしもし』の前に俺を呼ばない」
「いーじゃん。うちの電話、ニラさんくらいしかこのタイミングでかけてこないしさ」

和晃はそっと肩でわらった。本当は一言目に自分の名を呼ばれるのが嬉しかった。
疑問形を取った確信の、喜びを隠しきれない声。

「仕事は?終わった?」
「終わったっていうか、始業時から終わってるみたいな仕事だけど」
「まぁまぁ、そう言わないで。俺、ゴーヤチャンプル作って待ってるし」
「ありがとう。いったん家寄ってからそっち行くから40分くらいかかるかも」
「りょーかーい」

電話を切ろうとすると、新崎の声がすれすれで流れ込んできた。
「ニラさん、好きだよ」、と告げるその声に和晃はまだ「うん、俺も」と返せない。だってこっぱずかしい。
臆面もなく『好きだよ』と言える新崎が時折、うらやましい。

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【2016/07/26 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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「だからさぁ、村役場の働き手がただでさえ絶望的に少ないのに、なんで俺はあんな、あってないような仕事をしているんだろうねぇ。《おくやみ課》に戻りたいよ」
幾度目か知れないぼやきが口をつく。
「戻ったら戻ったで、ニラさんは『ややこしい案件がー』って嘆くよね」
「嘆くことができるのもしあわせだって、暇になって気がついた」
新崎の作ったチャンプルをつつきながら、和晃がぼやくと恋人はわらった。

5年のあいだ担当部署だった棺入村の《おくやみ課》。
今年度の役場の人事異動で和晃は《棺入村再生事業推進室室長》という謎のポストに配属ざれ《おくやみ》の現場を離れた。
《再生事業推進室》のメンバーは和晃ひとり。室長、の意味がない。
主に、村の高齢者の話し相手がミッションである。ので、やりがいとは程遠い仕事に配属後4カ月でほとほと嫌気がさしている。

「まぁ、ニラさんは《おくやみ課》で頑張ってたし、役場のほうで骨休めさせてやろうっていう計らいだと思えば……」
「いらない気を回さないでほしいな」
「なんだかんだと仕事中毒だもんね」
「それ、そっくりそのまま梢さんに返すよ」
どうもー、という新崎は「ニラさん、卵ばっかり食べないで」とことばを流す。

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【2016/07/27 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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異動の挨拶に顔を出した際、後輩の莉久は「先輩だけずるいよー、暇で楽な現場で」とはっきりのたまった。本音のようだ。
「下界に彼氏ちゃんができた」ようなので、『暇な現場』でLINEをしたい、などなどが理由だと推し測れる。
実にふざけた後輩である。

「心がささくれるー…」
和晃の暗い呟きに、軽く新崎が言った。
「癒してあげようか」
両肩に手がかかる。誘いに乗るか否かを一瞬だけ脳内の天秤にかけ、和晃は新崎を抱き締めるとそっと畳の上に縫い止めた。
「していいの」と訊くと「いいよ」とやまびこのようにことばが返ってきた。
シャツの下に手を滑りこませ、背中を撫ぜあげながらキスをすると新崎が蕩けそうな声をあげた。

縁側から夜の風が吹き込んでくる以外はなにも他に動くもののない家。

甘く静まった空気を破壊するような音量で、不意に沈黙していた黒電話が鳴った。身体を離して、和晃は騒音の主を手で示した。
「梢さん、電話」
「いいよ、無視。居留守。そのうち切れるでしょ」
再開された営みは、長々と鳴り続ける呼び出し音に和晃が音をあげたことで中断された。
「無理、集中できない」
「だよねぇ……」
新崎はしぶしぶ、畳の上でよれてしわになったシャツの背中を引っ張りながら電話を取った。

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【2016/07/28 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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こちらに向けた横顔が今度は普通に「はい、新崎です」と受話器のむこうに言う。
「もしもし?」
相手の声を聞く間が空いて、とろんとした眼が一瞬で見開かれた。
驚きと、本当に?が声になる。
「カスミ?え、なんで?ほんとにカスミ?俺、なんかまた……」

だれだ、『カスミ』とやらは。
牛舎にいる牛たちを家族としてカウントしないのであれば、新崎は天涯孤独な身の上のはず。
柔らかい新崎の声に和晃の聴覚神経は聞き耳ずきんと化す。

「え?棺入に?……うん、知ってる知ってる、ITベンチャーの、……は?嘘だろ、CEO?お前が?」

『お前』呼び。俺はまだ『ニラさん』としか呼ばれたことがないのに。
さっきまでの甘い雰囲気は見事に霧散し、横顔からこちらに背を向けた新崎は真面目な声で電話の応対をしている。

「うん、……《再生事業推進課》の室長なら知り合い……はいはい、そういうこと。でもってなんで、わざわざここに?追い追い?」
『知り合い』、としか言いようのないのはわかるけど。
「はいよー、わかった。気をつけてな」

軽い鈴のような音とともに受話器を置くと、新崎は座卓に戻ってきた。
「隣町の高校に通っていたころの……うん、まぁ、友達……かな」
曖昧に眼を逸らしたまま言うので『友達』ではなかろうと踏んだ。
カスミ。だれだよ。

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【2016/07/29 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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ふたりのあいだの沈黙を埋めるように、夜の蝉が鳴きだした。
和晃の態度に気まずくなったのか、新崎がことばを補った。
「……まぁ、一瞬だけ、『彼女』だった」
「え、でも、梢さんって」
ゲイじゃなかったっけ、という台詞を遮るように新崎は今度は座卓に目を落としたまま、一気に言う。

「ふつうに女の子を好きになれないものかな、と思って付き合ってみたけど。ダメだったねー、秒速でダメになったさー」
話している間、新崎の眼は得体のしれない暗みを帯びた。
「だけど、そのころの俺にはわかってくれるやつも支えてくれるやつも全部知ってるやつもあいつしかいなかったから、ずるずる依存しちゃってさ。で、カスミがそのいろいろ思い詰めて……リストカットするわ、俺は俺でひとり絶望するわ、大変だった、そんだけ」

淡々と自分の知らなかった過去を語る新崎の、らしくない暗い笑みをなんとかしたくて、話を『いま』に持ってきた。

「それで、そのカスミさんはなんで梢さんに電話を?」
新崎は顔をあげるとくらりと表情を変え、至極あかるく笑い、「ニラさん、あしたからの《再生事業推進課》は忙しくなるでしょう」と天気予報風の予言めいた口調で言い、それ以上はなにも言わずにチャンプルが盛られていた器を流しに下げて洗いはじめた。
こちらに背を向けているので、その表情はうかがえない。

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【2016/07/30 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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