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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
ノストラダムスの大予言が、まるでたちのわるい感染症(罹りやすく、治りにくい)みたいに蔓延していたころ。
小学生だった加科あづみには、はっきりした、むしろ明瞭すぎる、終末カタストロフィの光景があった。

隕石衝突でも宇宙人襲来でも核戦争でもなく、あづみにとってのそれは水だった。いちめんの水。
原初の地球に一番はじめに降り注ぎはじめた雨のように降り止まない水と、やがてすべてを滅ぼし、曇り空を映して生きとし生けるものを沈め、静まり返る水面。まるで何百、何千億年もの間、そうだったように。
1999年7月の明けない梅雨。最初の状態に戻る地球。

いま思えば、ばかみたいに稚拙な終焉の景色を、それでもあづみは慈しむ。
たとえば、通学電車の中で。たとえば退屈な授業の間に。さざめく他者を眺めながら、あづみは思うのだ。
――…みんな、ひとり残らず、沈んでしまえばよかったのに。僕も。
透明にゆらゆら沈む想い出のなかで、あづみはそう思う。
――…ボートを作ってやるよ。

繰り返し繰り返し、小学生のあづみの語る水の話につきあった唯一のひとは、もういない。
そのときから、あづみは晴れない大雨のなかにいる。1999年の7月から。

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【2016/09/30 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《1998年7月》

「……そして、地球からは、地上に溢れた水のせいで生きものがいなくなりました」
語り終えた小学4年生の弟に、加科ちぐさは「あづみのその暗い終末思想はどこから来るのかな、まだ小学生のくせに」と言った。
「だいたいさ、ノストラダムスとかまじでなに考えてんの?って感じだよ。この世が終わるってわかってもさ、だったらお前が黙って死ねよって感じ」
「ちぐさは、来年の夏がこわい?」
「俺さー、今年大学受験じゃん?受かっても、たったの3か月しか通えない可能性がなきにしもあらずってのがさー、こわくはないけどむなしいね」

ちぐさは足でテレビのリモコンを器用に操作し、『終末預言の真偽はいかほど』的なバラエティーを消した。

「だから、勉強しないの?」
「あづみ、お前かーちゃんとおなじこと言うな。まだ小学生のくせに」

あづみは兄を指差して「おい、高校生、小学生なめんな」と言った。
わらった兄は小学生の頭を撫ぜて、頑固で無邪気な弟の、幼い眼に視線を合わせる。
「あづみの予想通りになったらな、俺、お前だけは助かるようにボートを作ってやる」
「そのボートにちぐさも乗る?」
「俺は」
透明な眼差しから眼を逸らし、ことばを切った。
「なに?」
ちぐさは「なんでもないよ」とわらった。
「それよりお前、シャワー浴びてこい。夏休みに入ってから外遊びばっかりで、お前毎日汗臭いから」
はいはい、と返事をする。
「あーちゃん、設定温度気をつけてね」と母親の声が飛んだ。

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【2016/10/01 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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ちーちゃん、あんた勉強しなさいよー!という母親の声。「たったいま、あづみにも言われたよー…」と返す兄。

あづみは思う。
大丈夫。たとえ水に沈んでもきっとちっともこわくない。みんな一緒なら。わらって暮らすのだ、たとえば天国で。父親と、母親と、ちぐさと、何度か一緒に遊んでくれたちぐさの彼女のまどかちゃんと、自分。世界にはその5人がいれば充分だ。ちぐさの作る天国の筏のうえで、みんなたのしく生きていこう。

『行水』と母親に揶揄される入浴の時間、あづみはぬるい湯の水面に手を滑らせた。
兄が作る筏はこんなふうに走るだろうか。照明の光に、水飛沫がきらきらと煌く。
適当に髪と身体を洗い浴室を出る。帰って来ていた父親にわしゃわしゃ頭を撫ぜられた。

「おい、坊主。きょうも元気に遊んだかー?」

頷く。宿題と自由研究はいつも父親と母親が(最後にはなんだかんだと)手伝ってくれるため、心苦しくならない程度に手をつけるだけで、あとは外をかけずり回る日々だ。順調に日焼けしている。
「あーちゃん、ちゃんとお部屋の窓は開けて寝るのよー」という母親におやすみを言ってあづみは自室のタオルケットに潜った。
夢が、やがて訪れる。

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【2016/10/02 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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「ボートには太陽光発電で動くエンジンがついているんだ」
「どうして?」
「全部が沈んだら、石油がないだろ。だから太陽の光で進めるように」
あづみの手を掴んで、駅までの道を歩きながらちぐさは語る。
水で終わる世界を描く弟のために作るボートの話を。何度もせがまれる架空の物語を、繰り返して。

ちらっと時計を見やって「まずい」と言った。
「あづみ、急げ。まどかとの約束に遅れる」
遅れる、と聞くなり手を振り払って走り出そうとした弟のTシャツの襟首を掴んで、引き戻す。目の前の信号は赤。
「お前、信号守らないからさ、ちゃんと目の届くとこにいろよ」

駅前通りの道を陽炎に包まれながら歩く。
あづみは夢想する。一年後にはこの町が水底にあるのだ。
ちぐさが作った筏から、ときどき商店街を魚が泳ぐのが見えるかもしれない。
それはとてもこわくてすてきなことのように思えて、「楽しみだね」と急ぎ足の兄に言う。

「お前、なんだかんだ言って人見知りのくせに、まどかには懐いているよなー…」

『楽しみだね』が、これからの待ち合わせのことをさしているのだ、と勘違いしたちぐさは見当外れの返答をする。
「そうじゃなくて、ちぐさの筏に乗って暮らすのが」
あづみが言うと、ちぐさはちいさくわらった。「俺、責任重大じゃんよ」笑みを含んだ声は夏の風に溶けた。
「ちぐさ」
「なんだよ」
「家族みんなでいこうね。そうしたら、ずっとなにもこわくないよ」
「……そうだなぁ」
あづみは辿り着いた駅前広場で人待ち顔をしているまどかに、大きく手を振った。

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【2016/10/03 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《1998年10月》

「友達が言うんだけど、宇宙人とか隕石とか、幼稚だよね」
あづみは顔をしかめて兄を見上げ「世界は大雨で滅びるのに」と肩をすくめた。
ちぐさは物理の参考書に眼を落したまま、弟のことばに同調する。

「そもそも、お前の友達は隕石がなにかとか、わかってないくせにな」
「……隕石は、石でしょう?」
「ちがうよ。流星の燃え残りのことだよ。流れ星のかけらだな」
「ふうん、物知り……」

あづみはときどき不安になる。ちぐさがたくさんのことを知っていることが。
でも、と自分に言い聞かせる。ちぐさ程度には物知りでないと、やってくる終焉の水に対抗する船は作れっこないんだ。

「物知りじゃねえよ。おとなの望む『こども』をやめかけると、いろんなことをいやでも知らないといけないの」

呟くように言ったちぐさがなんだか暗い表情をしていたので、あづみも悲しくなった。
「ちぐさは、もう『こども』じゃないの?」
「早く『おとな』になりたい、と思わなくなった時点で、人間ってやつは大人なんだよ」
ちぐさの言うことは、ときどきよくわからない。
……という顔を、あづみがしていたのだろう、ちぐさが微笑んだ。

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【2016/10/04 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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