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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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あの夜。
マンションの外階段から転げ落ちて、腕の骨を折った僕が職場のパン屋に復帰したのは、季節も巡り、まもなく冬になろうとしているころだった。
休暇をもらっている間、茅野さんと暮らすマンションの部屋から紅葉した公園を眺めながら、パン屋のバックヤードで僕を睨んだ沙紀ちゃんのことばが何度も耳によみがえった。

―……『なににもなりませんよ』

しっている。わかっている。張り裂けそうなほどに。
今回の痛みで思い知ったはずなのに。
それなのに僕は、水槽のなかに暮らすことしか知らない金魚のように、ここで、この部屋で暮らしたいと願っている。

茅野さんが病院に足しげく通ってくれて、何度も「もう、大丈夫だから」と手を握ってくれて、その目が泣き出しそうなことだったことに、さよならは塞がれた。
僕は無力なのか、案外しぶといのか、ただ鈍いだけなのか。それとも、愛し愛されているということなのか。
どれもがきらきら輝く本当のようで、どれも真っ赤な噓のようだった。
事実の小石を拾い上げる僕が、いちばん僕をわかっていない。僕に、いちばん僕がみえていない。

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【2017/04/21 07:30】 | 世界の果ての暖炉で
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茅野さんは、退院してきてから一度も僕に痛みを与えはしない。
それでも。それなのに。安心していいのだ、と頭ではちゃんと納得しているのに。
いつ、あの日々が蘇るのかといつもどこかで……心のごくごく片隅でずっと……震えている。怯えている。
この、おそるおそる薄氷のうえを歩くような日々に。

あの、最後の暴力の夜がさっと蘇って、虚脱感と恐怖のぬかるんだ沼に足をとられることもある。
向かい合ってわらいながら食事をとっているとき、ソファで茅野さんと僕が好きな映画をみている時間、抱き合って眠る夜にさえ。
そんなときに僕は繰り返す。ひとつしかおまじないをしらない、幼いこどものように。

『俺も、雨多がすきだよ』

きっと、もうこの世界には。僕をすきだといい、手を取りあって生きてくれる相手は、茅野さんしかいない。
その途方もない閉塞感はなぜか僕に希望をもたらす。彼のいない部屋で泣きながら安寧に身をゆだねている。絶望のなかの安堵。
たぶん、茅野さんの部屋の扉はもう開かないのだ。
ちいさくわらって、これが正しいのだと思う。思いたい、と。

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【2017/04/22 07:30】 | 世界の果ての暖炉で
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「……かやのさん」
返事はないとわかっている呼びかけが、部屋にうわんと響いて消えた。

時計をちらりと見遣り、パン屋の仕事にむかう支度をはじめる。
いないひとの名前を呼んでしまったことと、呼ばずにはいられなかった自分と、その両方に打ちのめされながら。
玄関で靴ひもを結ぶ。ここからどこかに行くことはできるはずなのに、どうしてここからはどこへも道が伸びていないのだろう。
世界につながるはずの道は、あの夜の土砂崩れですべて塞がれてしまった。
安らかな閉塞に僕は自分を閉じ込める。その、穏やかな思考停止を感じながら。

「いってきます」

また、返事のない呼びかけ。
僕が早朝のシフトで茅野さんより先に部屋を出た日、きっと彼もおなじことをしている。

たったそれだけが、僕らをつないでいる。
かすかな、細い、断ち切ってしまえば一瞬の糸。けれど、失えば痛むのだろう。
だから。だから、怯えても震えても、つづけなければならない。薄く頼りない氷の上をあるく日々を。氷が割れたなら、その下になにがあるのか。決して、決して、考えないように。

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【2017/04/23 07:30】 | 世界の果ての暖炉で
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「雨多さん、もうほんとうに大丈夫なんですか?」
沙紀ちゃんの心配そうな声が、バックヤードの更衣室で制服に着替えた僕の背中を引き留めた。
わらってみせる。沙紀ちゃんには、『うそをつくとき笑います』と、言われてしまっているのだけれども。

「だいじょうぶ。あれから、もうなんにも」

ことばはそこで迷子になる。
なんにも、なんだろう。
問題は、なんだったのだろう。どこにあったのだろう。
そしてそれは。
ぼんやりと、思考がだめなほうにむかってしまうのを止められない。……そして、それは解決したのだろうか。

「なんにも、されてないですね?」

軽くうなずいて、沙紀ちゃんは先に店にむかった。
その姿が、逆光の影なのに、僕にはずいぶんとまぶしい。

「雨多さーん、翠ちゃんがきてますよー」

あかるい声。心の底に沈殿しているぬるいものをゆっくり照らす。
雨多、と自分の声がする。
雨多、お前はどこでなにを学んできたんだ?
その声に頬を引っぱたかれた。自分の居場所くらい、自分で選んでみろ。

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【2017/04/24 07:30】 | 世界の果ての暖炉で
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光は、どこで失われてしまったのだろう。
茅野さんが纏っていた光。特別なひとの持つ、大好きで、大切で、守り抜きたい光。
みえない。もう、僕には見出すことができないのだろうか。
茅野さんがただわらっているだけで、心は跳びまわりたくなった。

過去形でしか語れない僕を、どこかでかすかに、僕は軽蔑している。

「雨多は、また料理がうまくなったな」
ふっと、現実に引き戻された。
僕の『現実』。茅野さんと晩ごはんを食べている。空回りをつづける心を隠して、わらい返した。
「おいしいと言ってもらえるのが、また次のごはんをつくるエネルギーなんですよ」
テーブルのむかいで、目が細められる。

茅野さんは、優しい。いつも、まちがっているのは僕なのだ。あのころも、いまも、きっとこれからも。
ちいさく息をつくと、心配そうな声に包まれた。

「どうかしたのか?仕事先で、嫌なことでも」
「どうもしない、です」
どうかしているのは、僕だ。
この暮らしも、しあわせなごはんも、茅野さんも、時々すべて投げ出したしまいたくなる。
跡形もなく、傷つけて壊してしまいたくなる。

皮肉だ。あのころの茅野さんの近くに、とても近くに、いま、僕がいるなんて。
茅野さんを失えば、僕にはもう何も残らない。空白の世界。それも、ちゃんとわかっているのに。

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【2017/04/25 07:30】 | 世界の果ての暖炉で
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