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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
覚えている。
父親が漕ぐ自転車のこども用のシートに座って歌ったときのこと。
アイロンをかけている母親の前で口ずさんだ歌を褒められたときのこと。
「杜人は歌がうまいから、将来は歌手になればいいな」
「言いかたが古いわねぇ、お父さん。今はアーティストっていうのよ」
覚えている、ちゃんと。
半ば本気で馬鹿みたいな両親のことばも、温かいまなざしも、注がれていた愛情も。
だから、突然それが途絶えたとき。
俺は両親が俺に見ていた夢を歩こうと思った。

隣で眠っていた明日都が身動きしたので目が覚めた。
再受験を終え緊張が解けたのか、最近は眠りが浅い、ということもないようだ。
「明日都」
名を呼ぶと、壁にへたりと寄り添うようにして夢と現の境をさまよっているのか、ぼんやりと漂うような返事が聞こえる。
いつもこうして壁に張り付いて眠っている。身体のどこかしらが壁についているのが落ち着くのだ、という。俺に言わせれば、小動物のようでさびしい癖だ。

掛け布団の上のパジャマの袖から覗く細い手首。薄い手の甲、ほっそりした指。運命と業とが彼に与えた、音を奏でるための指。
実技試験のための練習になんどかつきあったが、彼が奏でる音楽に触れるたび、ほんものの感動は恐怖に似ているのではないかと思った。

「……ひとを起こしておいて、ひとりだけ寝てるな」
頬をつまんで引っ張ると、ようやく眠りから覚めたような顔で俺を見る。
「ごめん。いま、ちゃんと朝食作るから」
そのまま眠たげに起き上がろうとする動作を、腕のなかに閉じ込める。
もう一度、明日都、と名をなぞる。いい名前だと思う。この前まで、明日も未来も見ようとしなかったのは、彼も抜け出せなかったころの俺とおなじだったけれど。なに?と、細い身体が言う。

「きのうの夜、俺を振ってシラバスと格闘してただろ。あれは終わった?」
「まだ迷ってる。受けたい授業とコマがなかなか合わないんだ」

奥園さんにも相談しているのだけど、と続ける。
行く先を切り替えたレールのうえ、彼は音楽で食べていくことを望みはじめているようだ。
それができるだけの才能。叶えるための努力。努力を厭わないほどに音楽にのめり込める力。備えているのだ、と思う。そう感じるたびに願うことは、それが彼を苦しめないことだ。

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【2015/01/03 07:50】 | 記憶の歌を
|

栞さんへ
砂凪
こんにちは、栞さん!いつもコメント、ありがとうございます^^
なのに…なのに、お返事が遅れてしまいすみません。
お正月は女子会やらなんやらと普段よりバタバタと時間が過ぎました。

杜人視点で見る明日都は本人の自覚とちがっている部分が多いんです。
(というより、わたしが明日都を描きながら『この子、こんな子だっけ…?』と思ったという…)

いたわりの言葉をありがとうございます。
きょうからまた、バイトがはじまるのですが、やわやわ行こうと思います。
今年の目標が『"暮らす"をちゃんと』であるわたしです…。

おはようございます。
草木栞
おはようございます。砂凪さん。
雪かきお疲れ様です。
お正月も特にやることのなかった草木栞です。


杜人視点、楽しみです。
明日都は音楽の道に進むのですね。
本当に楽しみです。

お身体を大切になさってください。
それでは失礼いたします。

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幾日か前の会話が蘇る。
肌を合わせたあとの穏やかで気だるい余韻が残っていた。春の嵐か、外では風が空を吹きわたる音がしていた。

明日都の爪先はいつもひんやりしている。
肌が赤みを差し、熱を帯び、膜を張るように汗ばんでも、そこだけはずっと低い温度のままだ。俺が爪先を動かし包むようにしてやると、『気持ちいい』と笑う。
すぐに足を離してしまうのは、その声が、しているあいだに彼がうわごとのように繰り返すおなじ響きより、真実味を帯びて聞こえ、不安になるから。

その日もぽつぽつと漂うように話していたけれど、なんの話の流れだったか、不意に明日都が訊いてきた。
「杜人には夢とかないの?」
「……ないよ」
「なんにも?」
「なんにも」

先ほどまで腕のなかで声をあげていたのに、どうしても壁際に離れていってしまう恋人。へたりと背中を淡いベージュの壁につけてこちらを向き、珍しく不満げな声をあげた。

「つまんないねぇー。ぼくだけ夢を語っているみたいで、なんだか恥ずかしいし」
「なんで」
細くなった目は笑うだけでなにも答えなかった。俺は言う。
「夢があったら、こんなにくさくさしてないよ」
夢は、あるよ。あったよ。一度、叶えたことがある。そう告げるかわり、俺はそう言った。

「くさくさは、していないでしょう?」
俺の好きな口調とともに腕が伸びてきて、ぎゅっと抱き締められる。
「杜人はいつも、自己評価が低すぎるんだ。ぼくよりよっぽどちゃんとしているのに」

ちゃんとなんて、していない。表面上は滑らかな水の下にある、どろどろした淀みのようなもの。あのことばを誓った日から、俺のすべてが、俺はきらいだ。

歌いたいけど、歌わない。
歌いたいから、歌えない。

耳を塞ぎたくなった街中。視界の隅に映るだけで吐き気がしたCD屋。
歌わない理由も、歌えないわけも、山ほどあったからすべてから逃げ出した。
抗えず、逃げ出すくらいなら…真実を暴露してやればよかった、あのときに。どうせ、叶えた瞬間に夢が壊れていたのなら。

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【2015/01/04 08:34】 | 記憶の歌を
|
仕事のない日曜日。
細かい文字の並ぶシラバスと自分で作ったらしき時間割とを見比べている明日都にコーヒーを淹れた。
一年強に及ぶ彼との暮らしのなかで、俺の淹れるコーヒーはだんだんと濃くなった。明日都の好みにあわせた結果だ。

明日都がコマ割り表をひらひらと振ってみせる。
「とりあえず、これかな」
「おぉ、決まったか」
「理想としてはこうなんだけど、コマがぎちぎちだから、試験のときとかはかなり苦しいかも」
「あんまり詰め込みすぎるなって」

口にしながら思い出す。ボイストレーニングや音楽教室に熱心に通っていたころの自分。夢をかなえるんだと、馬鹿みたいに必死だった自分。その結果、なにを手にしたかを。

「明日都はいつも極端すぎるんだよ。夢にのめり込みすぎると、折れやすくなる」
明日都が壁にもたれてコーヒーを飲んでいる俺を見上げた。頬杖をつき、微かに微笑む。
「……夢、ほんとはあったのでしょう?」
「え?」
「夢。叶えたかったのが、あった。そうじゃないと、そういう気持ちってわからないものでしょう?」

怜悧だな、と思う。ほやほやと生きているようで、ときどき、妙なところで鋭く核心を突いてくる。……それが他者の隠したいことでも、守りたいものでも。

「いつも思っていたんだ。ぼくが迷っているとき、杜人が言うのはなにかを諦めたひとが言うことだって」
鋭さに苛立つ。明日都の鋭さは本人が無自覚なだけに、鈍感さと紙一重だ。
「……諦めた、とか簡単に言うなよ。なにも知らないくせに、踏みこんでくるなよ」
口にしたあとで、自分のことばが必要以上に冷たかったことに気がついた。そして、その台詞が肯定であることにも。

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【2015/01/05 09:33】 | 記憶の歌を
|

OKECHIYOへ
砂凪
こんにちは、リターンズ。

あの、わたしはきみの集中力に感服するよ。
作者のわたしでも、一気に読みなおしは無理なんだよね、これ。
だから一貫性がところどころなかったりする……。

きのうは、ツイッターで長々遊んでくれてありがとう☆


OKECHIYO
「かなしい音が聴こえない場所」からここまで一気読みしたおけちよであります!
詳しい感想はついったでw

コメントを閉じる▲
「ごめん。でも、ぼくは杜人のおかげで乗り越えられたから。それなのに、なにも知らないから、だから、踏みこみたいから…」
明日都が鋭さを引っ込め、一歩後ずさる。とたんに口調がもだもだとする。
喋りが基本的に上手ではない。うまく口にできないことばを自分のなかに溜めこんで、いきなり感情を露わにする。
一緒に暮らし始めてからわかったことだ。

"あのとき"、俺がいたから大丈夫だった、俺がいちばんに助けてくれた。明日都は言う。繰り返し、繰り返し、笑いながら。
けれど、なにから俺が彼を救ったのか、厳密には知らない。俺の持ちあわせているなにが、彼の助けになったのかも。
わかっていることは7年前に失われた絆の残影に明日都がずっと囚われていたこと、母親となんらかの確執があったこと、夭逝した父親が世界的に高名なオルガン奏者であること。それだけだ。
明日都が話すことばのかけらをもっと注意深く寄せ集めていれば、すべてを知ることができたのかもしれないけれど。それでも、もう、なにもなかったように傍にいる彼に理由を問いただす必要性は感じない。

俺のなかにあるどろどろとした淀み。俯いた明日都の髪を撫ぜ、言う。
「ずっと、話さないわけじゃない。話せるときがきたら、ちゃんと話すよ。自分から見てもちょっと深めの酷い傷だから、見せるのに戸惑ってしまうだけ」
「そうなの?」
頷いて、笑ってみせる。自分の痛みを感じるのは、俺ひとりだけで充分だ。
きっと、共振してくれる明日都を、俺のせいで、俺のことで、かなしませたくはなかった。

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【2015/01/06 09:34】 | 記憶の歌を
|
明日都が知っている、俺のこと。
ふつうではないけれど、自分ではとりたてて不幸だったとは思っていないし、それなりに幸福だったとさえ思っている、生い立ち。
小学生のときに可愛がってくれていた両親が他界し、それからは母方の親戚の家で過不足のない愛情と思いやりを注がれ、育ったこと。

それを話しただけで、明日都は自分を責めた。
俺のいる世界と、彼のいる世界を較べ、自分はまだそれでも甘い嘆きのなかにいたのだと。
だから、それから起こったことの話は…忘れたいと思うほど、投げ出したいと思うほど、ぴったりと影のようについてくる過去の話は…できなかった。

俺はいまでもまだ、歌が好きなのだろうか。混沌とした渦のなか、答えは見えない。

シラバスとコマ割り表を片付けている明日都に、声に出さずに告げる。音の聞こえる世界で、ぐるぐるぐるぐる、出口のない問いかけのなかにいるのは、俺もそうだよ。

“夢”。
とうに気づいてはいる。もう、そこから覚めていること。もう、幻影のようなものだということ。
けれど、明日都のもがく姿で思い出した。
夢を希望を憧れを、夢をかなえようとしたのとおなじくらいの努力で忘れようともがいていた自分を。
そして察した。生涯、これはついて回るのだと。

いつだったか、明日都が言った。
「痛みは癒えても、傷は残るでしょう?だから、大丈夫だと思えるんだ」
傷は残る。己の傷跡を見て自分を支えていたのだとしたら、明日都のいる世界の景色はどれほど荒涼としていたのだろう。
俺は、傷から目を逸らすことでしか、痛みを忘れられない。いや、忘れてはいない。思い出さず、幾重にも及ぶ時間の織目のなかに沈めているだけだ。

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【2015/01/07 09:32】 | 記憶の歌を
|