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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
彼は次第にあの図面に呑まれていきました。
自らが描いているのに、まるで自分の意思による『滅び』の図ではないような。『滅び』そのものの姿を現しているような。

彼がぽつん、とこう言ったのはあの図案を描きだしてから半年が過ぎた頃のことです。そんなに長い期間をひとつの図に注ぐことも滅多にありませんでしたが。

「総、俺はあの図案を描き終わったら、きっと…」
総、というのがぼくの名前です。大きく息をついて、彼は言いました。
「死んでしまう」
なにかの聞きちがいだと思いました。あるいは、彼らしくない冗談だと。
笑おうとして、失敗しました。彼の目を見てしまったから。どこも、だれも見ていないような、空洞のような、彼の目を。

「死ぬ…だなんて……どうして、そんな?」
「どうしてかは、わからない。だけど、あの図面が完成したときに、たぶん…」
ことばが中途半端に漂い、ぼくは彼の腕を掴みました。
「そんなこと言わないでください、深澤さん。あの図案はたしかに素晴らしいです。けれど、『滅び』は…」
「俺は、俺のなかの『滅び』を操れなくなってきたんだ」
「どういう意味ですか?」

彼はすこし考えて、こんな話をしてくれました。
「宿り木、って知っているよな。ときに、宿主を殺してしまう宿り木が存在することも」

もちろん、ぼくだって植物を相手にする仕事に従事するものです。宿り木、の生態についても知っていました。
だから…彼が言いたいこと、言おうとしていたことも…なんとなく予測できてしまいました。

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【2014/11/01 09:33】 | 廃園設計士
|

Pearswordさんへ
砂凪
こんにちは、Pearswordさん。

コメントってしょっちゅうネットの海に泡と消えますよね。わかります。
あのですね、例によって例により、この連載はもうすぐ終わるんです。
せっかくアイディアを褒めていただいたのに、申し訳ありません。

『滅びにうつくしさを見出して、それを設計する』。
退廃的ですよねぇ…。
わたしが好きなのは、音もなく消えるもの、なくなるもの、滅ぶものであることに気付きました。
故に、わたしが描くものはすべて退廃的な小説になる予感がしているこのごろです。
(あ、次回作ができたのですが、完成したのですが、それはちがいますね。
ちょっとネタばれすると…19歳少年が『こども時代』からの決別を余儀なくされる待望?の日常ものです。)

うう…『美』に関する描写力がおそろしく低いので、ご期待に添える自信はないの…。
アイディアだけで読んでいただいているような小説ですみません。

『禍禍しい』は『まがまがしい』です。
おどろおどろしい、に似た意味です。

ではー☆

コメントが消えてしまっているが……。
Pearsword
 しつこく、もう一度トライ。
 昨日書いたことは忘れてしまったので、新たに書き直すと、この「滅びに美しさを見出して、それ設計する」というアイディアは、そうとう行けていると思う。もはや、デカダンを越えた退廃貴族的美的嗜好ではなかろうか。それは、万人に求められる「無常観」と重なって、われわれ一般人にも、ある程度感情移入出来る美かもしれない。
 その設計士の自身の「滅び」がどれだけの美を示すか、今後の展開が気になるところであるが、アイディアだけでもそうとう面白いストーリーだと思う。
 ところで、「禍禍しい」ってどう読むの?

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「たぶん、俺は『滅び』に選ばれた…宿主なんだ。俺は…生まれたときから『滅び』への供物だったんだ、きっと。自分のなかの『滅び』を外に現せていたときは、まだ、バランスがとれていた」
「……いまは?」
「コントロールもバランスも、まるで取れない。自分のなかに感じるんだ。ごちゃごちゃに絡み合った『滅び』が俺の全部を飲み込もうとしているのを」
「……そんな…そんなことって」

彼は弱く笑って…そんな表情を目にするのもはじめてのことでしたが…この話はもうやめよう、と言いました。

彼はどんどんボロボロになっていきました。
それでも、ぼくがいくら止めようとも、ときにペンを取りあげようとも、彼は図面に向かいつづけました。かつての『滅び』を抱えながらも凛としていた姿が嘘のように、まるで憑かれたように。
でも、そんな姿を…ボロボロになり果てた彼の姿を…どこかでぼくは、うつくしいと感じていたのです。
四季の移り変わり…桜が咲き、新芽が芽吹き、紅葉が散り、雪が降る…そのすべてのうつくしさを凝縮したら、こんなふうになるのではないかと。
そして、彼の設計図。生まれてはじめて、ぼくは『うつくしい』ということばの意味を知りました。

「なぁ、総。死ぬのってこわいよな」
「あたりまえです。生きものとして死ぬのがこわいのは当然です」
「でもな、人によってちがうだろ」
「ちがう…?」

設計図にペンを走らせながら、彼はうわごとのように言います。
「自分が無になることがこわい人もいる。愛するものにあえなくなるのがつらいというひともいる。けど、俺がなによりこわいのは…自分のなかにあるものが形にならないまま、混沌のなかに戻っていってしまうことなんだ」

ぼくにあえなくなるのが、と言ってくれなかったことに傷ついた自分に驚きました。なにより、彼が大切にしていたのが『廃び』であることを、知っていたのに。

「それは…深澤さんの『滅び』…?」
「かもしれないし、そうでないのかもしれない。ただ、この、俺のなかにある、入り組んだ線がなににもならずに消えてしまうのがこわいんだ」
このころになると彼の言っていることが、ぼくにはよくわからないほど、彼は『なにか』に埋もれていくようでした。

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【2014/11/02 08:58】 | 廃園設計士
|
―…彼は、彼のなかにあった『滅び』に呑まれてしまったのです。そして、その『滅び』を揺さぶっていたのは、紛れもなく、このぼくなのです。

「最後に…なにもわからなくなる前に描いた図面が…ほんとうの意味での『滅び』を表せていたら…きっと、死ぬときも心安らかだろうな。まるで、水の波紋みたいに…静謐だったら…」
彼は、ぼくの髪を撫ぜながら言いました。

けれどその視線は遠くを彷徨い、そのことばを向けているはずのぼくの姿を捉えてはいませんでした。机を叩いて反論したのは言うまでもありません。
「『滅ん』でいくことに心をとらわれすぎです!」

ぼくは彼の腕を掴み、叫びました。もう、溢れる涙を堪えることさえできませんでした。
「戻ってきて…お願いだから。あの頃のように…理知的に『滅び』に向き合ってください」

このときはじめて、彼を憎い、と思いました。
ひとり『滅び』の水のなかに身を沈めようとする彼を。
こちらをもう、振り向いてはくれない彼を。
そして、ぼくを共に連れて行ってはくれないであろう彼を。
目のまえにいる彼が…心底、憎かったのです。

けれど。
彼が亡くなったのは、その冬のことでした。肺炎をこじらせて、数日であっという間でした。
彼が最後に残した図面。そこには『総へ』と右下に書かれていました。
通夜でも葬式でも、どの場面でも泣けなかったぼくがはじめて泣いたのは、そのサインを見た瞬間でした。

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【2014/11/03 09:13】 | 廃園設計士
|
でも、心はしんとおだやかでした。まるで、彼がむかし描いていた『滅び』のなかにあったおだやかさのようでした。
彼はぼくから、生きていくことの根幹にある苦しみを奪って逝きました。
『廃園設計士』だけにできることなのか、人がこの世から消えるということがそういうことなのか、ぼくには定かではありません。

あの図面。禍々しくうつくしい、彼の命を奪った…いえ、彼が魂をささげた…図面は、彼が描いてきたどんな図面より静謐さに満ちていました。一枚の絵画のような。まるでなにかにあてたメッセージのような。
心が、知ったのです。魂が、決意したのです。この『廃園』を造園することで、彼の供養をしようと。

いつもの手順、いつものやりかた。ひとつひとつ丁寧に、心をこめて作業を進めました。
そして、です。いまに至るのです。

彼が描き、ぼくが造園しているこの庭。ここからぼくが出られなくなった、いまに。
ここからは、どこへ行っても彼のつくった『廃園地』のなかなのです。歩けども、歩けども、園外と園内を仕切る壁が見えません。延々と続く、植物の海。生きることをあきらめた、緑色の雲海。
怖ろしいとは、感じていません。彼と一緒に作り上げた世界。ここで、枯れゆく花とともに命を終えられるのなら。愛するもの…彼、そして植物…とともに、生涯を終えられるのなら。

どこのどなたかはわかりません。でも、ありがとうございました。
こんな、どこに届くのか、…そもそもどこかへ届いているのかもわからないような…走り書きを読んでいただいたのでしょう。
どなたかがここまでの物語を知るのなら。ほんとうに、ありがとうございます。
この廃園はどうですか?彼が命を削って描いたこの廃園は。
どう映っていますか、あなたの目には。

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【2014/11/04 09:11】 | 廃園設計士
|

あいみさんへ
砂凪
こんにちは、あいみさん。

世界観、と仰っていただけて、ほんとうにうれしいです。
『世界観』と言えるほど立派なものじゃないし…いつもジットリじめじめしたようなお話ばかりで、ニーズなさそうだなぁ…と思っているのですが…(笑)
発想がこういう感じなのは、もとが童話書きだったせいがあると思います。

排他的な雰囲気、出ていました?すごくそれを表現したかったんです。
閉塞的な世界で漂うことしか知らないふたり、みたいな…。
いや、あいみさんのコピーのほうが数百倍素敵ですね!
『いのち』より『愛』を…描くべきなんだ、と言い聞かせているのですが。
どうしても『過去』とか『いのち』しか描けないんですねー。

そうなんです。
この設定を思いついた次の瞬間、『…バッドエンドになるよな』と呟いてしまったわたしです。
せめて、彼の名残のなかに『ぼく』を置いておきたくて、置いてあげたくて…『出られない廃園』で終わらせたら、ちょっとホラーになってしまいました。
愛し合っていた、というだけではなく、相手がままならないものに囚われていく憤りや憎しみ(深澤が『水のように静謐な云々…』といったところで)まで掘り下げられたので、個人的には進歩かな、と思います。
……うん、他に進歩すべき点は多々あるんですけど。
ムフフなシーンがうまくいかない、とか。

はいっ☆いつでもお越しください!
あいみさんの連載も楽しみにしております《*≧ω≦》


とおりあいみ
『廃園設計士』拝読しました。
こういう世界観は、砂凪さんにしか書けないんだろうな、というのが率直な気持ちです。
そもそも自分にはこういう発想がありません(笑)
退廃的で、排他的で、それでも彼らは強く『滅び』に惹かれ。――そして、その世界に囚われていく。
もっと、長く読んでみたいお話でした。
『いのち』に関しての繊細な砂凪さんのセンスが好きです。人も、植物も同じいのち。そんなことをふと、考えさせられます。

できれば二人とも刹那の関係ではなく、ずっと幸せでいて欲しかったのですけれど(あ、なくなってしまったと言う意味もありますが、この世界からいなくなったと言う意味でも)、でもそれではこの話の世界観を壊しかねませんものね。
一時でも確かに二人は愛し合っていた、というシーンがあっただけでもいいのかな。

新作もまたはじまってますね。
また、お邪魔させてくださいね!
では~♪

栞さんへ
砂凪
こんにちは、栞さん。
素敵なお話!褒めていただいてありがとうございます。
嬉しいです《*≧ω≦》

>読みたいと、いつか書きたいと…
そうでいらっしゃるんですか!?
うわぁー、ありがとうございます。
栞さんのお話の心情の行動への反映の描写、あれがとても好きで。
俊くんがかなりお気に入りです(笑)

『ぼく』がかなり強引に「どう見えるんだよ、おいっ!」って言いましたね、すみません…。

つぎのお話は(待望の?)日常ものです。
…いや、だれも待っていないかもしれない感が濃厚なのですが。

わたしも、またそちらに日参させていただきます!

Pearswordさんへ
砂凪
こんにちは、Pearswordさん。

楽しんでいただけて、よかったですー。
暗い話だったので、どなたからも感想がなかったら凹むわー…と思っておりました。

世界を把握できないとおもうんです、どこか出られない場所にいると。

情景描写!うーん、これからの課題にします。
でも、閉塞感の演出に情景描写の削除って役立っていませんか?
個人的にはすごく役立つんだなー…って、自画自賛しているのですが。

次回作は(いまのところ)26000字超の長い作品です。
主人公19歳少年が、動けないままぐるぐる悩む『心情』描写がくどいくらいに出てきます。
くどいってわかってて削れなかったのは、かなり自分の心を抉ってしまい、
それに費やしたエネルギーがもったいないからです。(笑)
あのころはこうだったなぁ…みたいに、懐かしんで読んでいただけたら、と思います。

では、ありがとうございました!

こんばんは。
草木栞
こんばんは。草木栞です。
今回も素敵なお話をありがとうございました。

砂凪さんの書かれるお話は、私が読みたいと、いつか書きたいと思っている世界です。

最後の廃園について、明確なイメージが浮かびました。とても静かです。


次のお話も楽しみにしています。お疲れ様でした。
それでは失礼いたします。

楽しめました。
Pearsword
 出られない廃園というのを、この全世界にしてしまえばもっと面白かったのではなかろうかと……。まあ、それは僕の感覚ですけども。
 でももう少し、やはり、情景描写が欲しいと感じるのは、僕だけではないだろう。いくら短く収めたかったといっても、短すぎるめような……。
 でも、とても面白かったです。次回作、期待しています。

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いつもご訪問ありがとうございます、の方も。
こんにちは、はじめまして!の方も。
今月もお題SSに参加させていただきました、砂凪です。

今月の幹事さまは甘楽さんです。お世話になります。

わたしはお題B、しかも捏造童話で書いてみました!
えーっと、前回の『茶柱信仰』でイメージファイト(笑)を行ったのですが。
変えられるのはイメージだけだ!と痛感しました、本流は変わらない。
というわけで、通常運転にギアチェンジしました。

******

話は逸れますが。
今回のお題SS、課題Bにつきまして。
あの、童話といえば『シンデレラ』だよね!というまっとうで健全な思考のみなさんが、すごくうらやましいなー…、って。
わたし、好きな童話がアンデルセンの『赤い靴』なんですよね。
あれで一本書いたのですが、ホラー小説になったので没です。
仮にタイトルをつけたところ、『足音だけの恋人』でした…(笑)
タイトルだけどこかで使えないかなー…、と思っています。

では、拙作をどうぞ。

☐ ☐ ☐

【more than ever after】

ねぇ あなたは。
ねぇ どうして。
くるくると くるくると
そんなにも休まずに働くの?

わたしは砂時計。
わたしの仕事はときどき
足を頭に 頭を足に
3分の時を告げること。
あなたは置時計。
どれだけの時を告げても
あなたの仕事は終わらない。
いくつもの朝 いくつもの夜
あなたは時を告げつづける。
そのきれいな秒針と長針と短針で。

「ねぇ、疲れない?
そんなにも休まずに働いて」
「ぼくは休めないよ。
ぼくが止まってしまったら、ここの時が止まってしまうもの」

わたしは
くるくると くるくると
回るあなたにめまいを起こしそうで
あなたのことが
心配で 心配で
あなたのとなりで
あなたが刻む時を
しずかに聞いていた。
ときどき
人間の手で
足を頭に 頭を足にされ
3分の時を告げながら。

***

「なにを熱心に読んでいるのかと思ったら」
彼はぼくの手から絵本をさりげなく、取り上げる。
「いいだろ、別に」
「何回目だよ。これ読むの」
「わからないけど、表紙が剥がれそうなんだ。直してきてくれる?」
彼はため息をつく。
これ見よがしにこの童話とも詩ともつかない物語を、幼少期から好きだった本を、読むわけじゃない。読むことで、未来に漂うであろうものを分散させている。それを知っているから、わかっているから、彼もぼくを無理に止めようとしない。ただ、かなしそうな顔をするだけだ。
「続き、読みたい。貸して」
「本を持っているの、疲れただろ」
取り替えたばかりの掛け布団のうえに大判の絵本を置き、彼はゆっくりとページをめくる。
ぼくが頷くと、あたらしい1ページが現れる。

***

あなたは時を告げつづける。
でも わたしは
あなたの限界が 近づきつつあることを知っていた。
だって ほら
その秒針が長針が短針が
あなたのそのきれいな3本の腕が
だんだん ただしい時間とずれてきているもの。

「ねぇ、すこし休んだら?あなたは疲れているわ」
「だいじょうぶ。だってこれがぼくの仕事だもの」

あなたはますます頑張った。
とてもとても頑張った。
けれど
3つの針がただしい時とずれていくことを
どうすることもできなかった。

あなたは自分を責めつづけた。

「ぼくのせいで、ここの時は遅れてしまった」
「ぼくがもっと、ちゃんとしていれば」

わたしはあなたを懸命になだめたけれど
あなたの針の遅れは増すばかり。

そして ある寒い冬の朝。
とうとう あなたが止まってしまった。
かなしかった。
時が止まってしまったからではなく
あなたのやさしい声を
その針が時を刻む音を
もう
二度と聞くことができないと思うと。

だれもわたしをひっくり返してくれないから
わたしは砂の涙さえ流せずに
ただただ
止まってしまったあなたのとなりにたたずんでいた。

***

彼が口をぎゅっと結ぶ。
ぜんぶ、ぼくがわるかったのに。過労気味であったぼくが、異変に気付けなかったこと。誤魔化していたこと。それがすべての原因だったのに。
どうしてこんなに、疲れやすいんだろう。なんでこんなに、だるいんだろう。なぜこんなに、めまいや立ちくらみが起きるんだろう。ぜんぶ、『仕事に追われているから』だと片付けた。気がついたら、ほんとうに『気がついたら』…ぼくの日常は、ドナーだの、移植だの、聞き慣れないことばばかりに囲まれる毎日になってしまっていた。
彼が言う。
「会社側はオーバーワークによる症状の看過を認めないってさ」
「知ってるよ。母親が怒ってた。で、父親がそれを宥めて。いつもと逆だったからびっくりした」
「お前は怒らないの」
「いまさら仕方ないよ」
穏やかで、やさしい時間。ぼくたちが最後に手にしたもの。周囲に関係をカミングアウトし、最後に手に入れたかったもの。だれにも踏みにじられない、ふたりきりで過ごせる、あたたかくて脆い時間。失うために紡ぐ時間。
彼の手がゆっくりと次のページをめくる。物語がつづいてゆく。

***

人間がわたしたちの部屋に入ってきた。
あなたが命がけで時を守ろうとした部屋に。
あなたを見ると
チッ
と舌打ちをして
「なんだ、壊れてら」

ガシャン


あなたを
わたしの目の届かないところへ捨ててしまった。

暗くてさびしい冷たい場所に
あなたは行ってしまった。
逝って しまった。

あぁ
でもこれで あなたは自由になったのだ
やっとやっと 安息を手に入れたのだ
そう
思おうとしたけれど
あなたの刻む音が
せわしくも愛しい音が
恋しかった。

ねぇ
わたしは砂時計。
自分で泣くこともできないの。
人間がわたしをひっくり返したから
わたしは3分だけ
砂の涙を流した。

涙の砂が
永遠を刻んだのならば。
わたしは永遠に泣きつづけることができるのに。

わたしに与えられた時間は 3分。
愛しさに泣き崩れるための。
恋しさに胸を痛めるための。

3分。

たったの。
たったの。

***

「いつも思うのだけれど」
背もたれのクッションに半分埋もれたぼくは言う。随分と薄っぺらになってしまった身体。
「この話、どうしてここで終わりなのかな」
「え?」
ぼくは最後の段落を指差す。自分の腕が重い。
「童話は、happily ever after で終わるべきだよ」
「めでたしめでたし、ふたりは末永く幸せに、か」
彼が言う。ぼくはすこし笑って答えようとする。笑ったせいか、発声のタイミングを逃した。最近、声を出すこともだんだんできなくなってきた。
それでも、絶望の波を何度も乗り越えたぼくたちは、軽口を叩くことも、笑うことさえできるようになっている。ほんとうの絶望の姿は、涙ではなく…それすら乗り越えた笑顔なんじゃないかと最近、思う。数回息を吸って吐いて、ぼくは答える。
「『ふたりは』じゃなくてもいいけどさ、どうして、この砂時計はあたらしい置時計がやってくることに期待できないのかな。そういう展開がないのかな」
「……それは」
「別に、置時計は世界にひとつしかないわけじゃないのに」
解放してあげたい、と思う。別に面会時間に無理してまで、毎日ここに来なくてもいいのに。あたらしい、しあわせを見つければいいのに。だからぼくは言う。もうすぐ、痛みもなにもなくなるのだから、いなくなる前に彼の痛みだけでも払ってあげたい。たとえ、いま、自分の心が捩れて歪み、壊れそうなほど不安で痛くてかなしくても。
「置時計はもういないんだ。いつまでも想っていても仕方ない」
「虚しい考え方だな」
「過去に囚われたままでも、未来は見えるのかな」
彼が黙った。ちこちこ、と秒針の音が響く部屋。いつになったら時計は止まる?

「想う権利はあるだろ」
ぼそりと、彼が言った。痛かった。ぼくが解放してあげようと思えば思うほど、重ねたことばに彼は囚われていく。置時計はどう思っていたのだろう。永遠に続く3分を、望んでいたのだろうか。
「想いを断ち切ってもらう権利はないのかな」
飄々として気まぐれなイラストレーターの彼と、真面目に日々をこなしていくしか知らなかった会社員のぼく。刻む時間の本質がちがっていたのに、どうして惹かれあって恋をしたのだろう。
ぼくたちはもう、お互いの疼痛が相似形をしていることを確認する行為でしか繋がることができない。幸福の形を確かめたり、身体を重ねたりして、愛を繰り返していたころが嘘のように。こんなかなしい毎日でも、朝は裏切りのようにやってくる。
「それは権利じゃなくて、願いだろ。すべての願いがかなうのなら、この世はとっくに楽園みたいな世界になっている」
その言いかたが彼らしく、ぼくは笑う。ほら、笑うことができる。痛みを感じながらも。

ぼくの病気が発覚したのは、もう治療の余地がほとんどなくなった状態になってからだった。彼は言う。どうして俺が気付けなかったのか、傍にいたのは自分だったのに、と。彼のせいじゃない。すべて、ぼくの責任なのに。
ほんとうは、時間を刻むことをやめたくなかった。彼の傍にいるためにも、太陽光で動ける時計でありたかった。それでも、叶わなかったぼくの願い。放射線治療センターに流れていた時の音に疲れたぼくは、一切の治療を拒む道を選んだ。

「止まってしまうことを、置時計は知っていたよ、きっと。砂時計に申し訳ないと思っていたんだ」
ぼくが、緩和ケアのなかで自分が終わっていくことを知っているみたいに。声には出さなかった言葉を、彼は聴いた。
「知っているから、痛むんだろ。わかっているから、つらいんだろ」
いつもの、相手の痛みを感じ、自分の痛みを棚上げしあう会話。棚に積み上げた感情は積もり積もって、崩れ落ちそうになっている。ぼくの口からするっとことばが漏れた。
「more than ever after」
「…え?」
「終わりがないよ、置時計の想いには。だから、砂時計が愛しい音を忘れても大丈夫なんだ」

面会時間の終了を告げるメロディが流れる。場違いに能天気な旋律。ぼくは急いで伝えたいことを口にする。もしかしたら、「また明日」はないのかもしれないのだから。
「砂時計はあたらしい音をさがしてよ。オルゴールでも、からくり時計でも」
「永遠に砂の涙を流していたくても?」
「砂時計は忘れても憶えているはずだから。砂が流れるたびに、思い出すはずだから、それだけでいいよ」
絵本をベッドの傍のラックに戻しながら、彼の涙の気配を感じる。この本を彼に直してもらうのは、やはりやめにしておこう、と思う。

「面会時間、終わりだな」
「そうだね」
「じゃあ、また明日な」
「うん、“また明日”」
この約束はいつ果たせなくなるのだろう。ぼくの電池はあとどのくらい残っているのだろう。もう、考えるのも疲れた。だから、忘れてくれればいい、と思う。忘れてほしい、と。
同時に、ぼくを忘れないであろう彼の心を知っている自分に気がついている。
「more than ever after」
また、呟く。永遠より、ずっとずっと。永久の、その先へ。廊下にたたずんでいたであろう、彼の気配が消えたから、思いきり、泣いた。

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【2014/11/05 09:50】 | お題SS。
|

真雪さんへ
砂凪
こんにちは、真雪さん。
はじめまして、拙ブログの管理人、砂凪と申します。

芸術…芸術ですって…(うわごと)
ありがとうございます!
ことば運びを褒めていただいたのは初めてです。
小説の枠を…飛び越えていて…
なんだか激賞の限りを尽くしていただき、申し訳なくなってきました…。
でも、素直にうれしいです。

引き込まれる、というのが書き手としては一番、よっしゃ!というポイントです。

いえいえ、こちらこそ、読んでいただき、コメントをくださり、ありがとうございました!
ではでは(*^∀^*)

こんばんわ☆
真雪
こちらには初めてコメントをさせていただきます。
もうまさに芸術、という感じの言葉運びでした。
小説の枠を飛び越えていて、私の中にはないものを刺激されたな……と思います。
砂時計と置き時計、ぼくと彼なんですね。
切なくて読んでいくうちに引き込まれてしまう感じでした。
こういうお話しは初めて読みましたが、読めて良かったな~と思いました。
ありがとうございます^^

可賀さんへ
砂凪
こんにちは、可賀さん。
『脳内シンデレラ』…名フレーズです!

『ぼく』がかなしいお話を好きだったのは、わたしが救いようのない物語をよく読んでいたからです。
本文にも書きましたが…子供心に『赤い靴』とか『人魚姫』が好きだったんです(笑)
どんだけ暗いこどもだったのでしょうか。

〉「ぼく」もやっぱり、「彼」と一緒にいるために~…
話が逸れますね、自立とは精神的にも金銭的にも程遠い砂凪ですが、可賀さんのことばでハッとしました。
自由になりたきゃ、あんたの足で歩けよ、っていうことですね。
さて、話を戻して(笑)。
「ぼく」にいろいろ背負わせすぎちゃったなぁ、と反省中です。
職業について、フリーな感じのものを砂時計(彼)に、忙しないものを置時計(ぼく)に、と思っただけでした。
でも『後ろ盾』。全然考えていませんでした。

終わりの見えないところにしあわせはなかった。
この表現がグッサリきました。
そうなんですよね、そうですよね。凹みますね、ホント。

可賀さんのナイスアイディアに脱帽です。
〉なぜなら、この絵本を~…
あぁ、そうか。メッセージとして残しておく。切なくて、やりきれないけれど、まだ救いようがありますね。

いえいえ、この企画は色々な切り口から作品を見ていただけるのが楽しいです。
通常運転はいつもこんな感じなんです。前回、かっとばしすぎました。

いえいえ、こちらこそ、お読みいただき(作者より)考え深いコメント、ありがとうございました。


可賀
こんにちは!脳内シンデレラの可賀です。笑

「ぼく」はなぜこんな悲しみの童話を、幼少の頃から好きだったのかなと思いました。
置時計は「時」を守るため、つまり砂時計と一緒にいられる「時間」を守るために働き続けたんだろうなと思うけれど、「ぼく」もやっぱり、「彼」と一緒にいるために頑張りすぎてしまったのでしょうか。
自由が許されるには自立が必要だから。
とくに、同性同士の恋愛で、彼は自由業でとなると、自分が頑張って色んな後ろ盾を整えなければならない。と無意識のうちでも頑張り過ぎたのかな。
二人にとって、終わりの見えないところに幸せはなかったわけなので、悲しいお話だなと思います。
「砂時計はあたらしい音をさがしてよ」からの「ぼく」の台詞が、彼への願いとしてではなくて「絵本の続き」として語られる。最後の力を振り絞って、書き残して置いておく。とかね。
そうしたら、少し救いのあるラストになるんだろうななんて思いました。勝手な希望ですが。
なぜなら、この絵本をこれからめくり続けていくのは彼なんだろうから。

というわけで、自分勝手に解釈してしまい、すみませんでした。
砂凪さんの通常運転はこちらだったのですね!色々考えさせられるお話、読ませて頂いてありがとうございました。

鍵コメさんへ
砂凪
こんにちは。
お読みいただき、ありがとうございました!
『素敵』と仰っていただけてうれしいです。

その歌は存じ上げないので(すみません!)、『ひまわりの詩』、さがしてみますね。
わたし個人的にこのお話のテーマソングになっているのが…
柴田淳さんの『きみが思えば…』という、ファンの間で解釈がすごく分かれる歌なんです。
わたしの見解では、この歌の『ぼく』は病床にあって…、というもので。
そう考えると、もう歌詞が切なくてですね、どうしようもありません。

童話のほうが書けたら、メインはあまり迷わずに書けました。
というか、迷いようがないですよね(笑)
〉切なくて苦しくて泣きたくなるような…
はい、わたしもそういうお話がすごく好きです。

独特、だと!
うわぁー…、ありがとうございます、うれしいです。

暖かいコメント、ありがとうございました。
これからもがんばりますので、よろしくお願いいたします。

*コメントお返事が遅くなってしまい、すみません。きのうは野暮用で外出していたため…(≧へ≦)

管理人のみ閲覧できます
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矢島知果さんへ
砂凪
こんにちは、矢島さん!

好みのツボでしたか~(*´ε`*)ありがとうございます。
本を読んでいる設定をしばらく隠しておいた方が面白いかな…と思ったのですよ。
擬人化!あぁ、そうか、それがありましたね。
じゃあ、巷の絵本やなんかは擬人化に溢れていると…うふふー…。

そうなんです、本編のベースなんですよー。

『どうしようもなく未来のない』お話。
すごく好きなんです。←このジャンル書きとしてダメっぽい……。
毎日、だれにも立ち入れない時間を持って…というの、たしかにこのお話の唯一の救いですね。

「、」の間。
こういう句読点の使いかた、難しいですよね…。
わたしは日々、改行と段落わけに頭をかきむしりつつ(笑)連載しています。

読めてよかった!なによりの褒め言葉としてありがたく頂いておきます。
読んでくださり、感想をくださり、ありがとうございました!

Pearswordさんへ
砂凪
こんにちは、Pearswordさん。

"more than ever after"。
"ever after"が『ずっと』という意味です。
それにmore than(『~より』)で、『ずっとより』、意訳して『永遠の先へ』。
こんな文法で成立しているはずです。
あー…でも、"forever and more"のほうがわかりやすかったかな。

童話に割いた時間のほうが長かったです、正直。
…っていうか、お題が『童話や戯曲、名言をモチーフに…』というものだったので。
本文にもありますように、『赤い靴』で書きはじめたのですが、どんどん逸れてホラーになりました。

いや、これBLとして成立しておりません!
ジャンルのデフォルトとして『HAPPY』が最終的に求められるのです。
でも、しあわせの意味がわからないわたしにそれを書けというのは…無理がある…。
あと、『ホモ』は侮蔑と差別の含みがあるので使わないほうがいいですよ。

頑張れないです、これがわたしの限界です。
今回はむずかしかったなぁ…。

では。


矢島知果
このお話、どっぷりと、私好みでした。
冒頭で時計のお話部分があって、
(腐の高等技術?)擬人化状態で、これが延々と続くのかしら?と思ったのですが、
きちんとBLに繋がっていて、本編のベースになっていて面白かったです。
どうしようもなく未来のない二人なんだけれど、
カムアウトして、二人だけの時間を持てたというのが救いですね。
ラストなんて、「おもいきり、泣いた」なんて、もう悲しい。
「、」の間がね……。最後の最後まで、私のツボを押してくれました。
なんとも切ないお話なんですけど、
こういうお話、大好きなので読めてよかったです。

more than ever after
Pearsword
 この成句の意味が、わかりませぬ。「後よりいよいよ多く……?」英語力、Lowソクの灯火です。くだらない洒落でした。

 童話になぞらえてBLの二人の仲を書くあたり、技ありでしょうか。その童話世界が上手くかけていたので、面白かったです。
 また、二人が、いかにもホモっぽくなよなよしていて、いかにもBLというような(というほどこのジャンルの小説を知りませんが)感想を持ちました。
 
 僕よりは、上手いと思うので、僕が言う事ではありませんが、がんばりましょう。
 では、また。

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記憶ばかりを積み重ねて、ぼくたちはなにを築こうとしていたのだろう。
サヨナラが言えない毎日を、ぼくたちはどこへ続けようとしていたのだろう。

あすくんまで手の届かない、わけのわからないところに行ってしまわないでね。
母さんがそう言った。
だから、ぼくの時間は12歳の冬のまま、止まってしまった。
かわらないで、ここにいて、どこにもいかないで。
母さんがそう望んだから。
そして、ぼくも喪失のなかで母さんにそれを望んだから。
変わらないということは、変われないということは、とてもかなしいことなのに。

ありがとうございました、またお越しくださいませ。
そう言ったぼくの声より、自動ドアがしゅうっと閉まる音のほうが雄弁に『またお越しくださってもくださらなくてもどっちでもいいけど』とコートを着た背中を押しだしたように思えて、ため息が零れた。
あと15分。10時になればバイトをあがれる。もうひとつふうっとため息をついた途端、閉じたばかりの自動ドアが開いた。
大学入学とともにコンビニでバイトをはじめてから身につけた笑みを貼りつけなおして、いらっしゃいませ、と言って顔をあげると見知った顔が歩み寄ってくる。

「あっすとくーん」

明日都、というぼくの名をこのイントネーションで呼ぶのはこのストーカーさんだけだ。
癖のない黒髪。濃紺のジャケットに黒い細身のジーンズ。
夜がそのまま店内に乱入してきたみたいだ。瀬尾杜人(もりひと)を睨む。

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追記、新連載に当たってのひとりごと。
ぼんやりと、いままで書いたものを読みかえしていて気がついたのですが。
わたし、『設定』だけで読んでいただいているような…風変わりな世界、特異な能力、そういったものばかり書いているような。
いや、まぁ…ストックがそうだったので、しょーがないっちゃしょーがないんですが(←開き直り)

ここで一回、日常ものに挑戦してみようかと、そう思いまして。
これは10月の上旬に一度完成した作品です。
『一度』と言いますのは、完成してしばらくたって大幅改稿を行ったからです。
50000字程度あったものを半分に削りました。
主に、心理描写を。
deleteキーを押すたびに、泣きたくなりながらですね……、
「この子(明日都くん)、くどいし、しつこいわ―…」
と、書いたときには好きだった部分を随分、消しました。
ですが、残った部分だけでも充分、くどくしつこく(笑)思い悩んでいます。

どうぞ、明日都の物語にお付き合いいただければ、と。
よろしくお願いいたします。

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【2014/11/06 09:33】 | かなしい音が聴こえない場所
|

栞さんへ
砂凪
こんにちは、栞さん。
日常もの、たのしみにしていただけて光栄です!

俊くん、ほんとにキュンとしてしまいますね。
あんまり笑わないのに、笑ったところが素敵、とか。
曖昧で掴み切れないところ、とか。

お礼、わたしが言わないとダメなくらいですー。

はい、いつでもまた、いらしてください。

こんばんは。
草木栞
草木栞です。
砂凪さんの日常もの、楽しみにしています。

私のほうのキャラクターを気に入っていただいて、ありがとうございます。
お礼をさせていただきたくて、コメントしてしまいました。

また拝見しに参ります。
それでは失礼いたします。

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「おいおい、神さまをそんな目で睨んでどうするんだよ」
「杜人のどこが神さまなの」
「お客さまだろ、神さまじゃないか」

肩をすくめ、仕方なく、杜人が持ってきたスナック菓子のバーコードを読み取る。
「あと15分でバイト終わるんだろ」
「だから、なに?」
「待ってるし、外で」
「ぜんっぜん、待っててもらう必要性、ないけど。むしろ迷惑」

杜人は、はあっと大仰にため息をついた。
「こんなに誘ってるのに、なんでつれないかなー」
「つれるわけ、ないでしょう」
できるだけ冷ややかに言い放つと、杜人はぐい、とこちらに顔を近づけてきた。抑えた声で言う。

「明日都がゲイだっていうの、やっぱ噂だけなの?」
「火のないところにたった煙でしょう。一点の曇りもなく、噂だけ」
ちいさく笑われる。投げかけられたのは、嘘が下手だね、と言いたげな視線。
「残念だなー。あっすとくん、俺の好み、ど真ん中なんだけどなー」
「それは残念だ。わかったらさっさと店を出ましょう」
杜人が来たところにどうしようもない悪運が重なる。
「おお、瀬尾くん!懲りないねぇ!」と杜人に声をかけて軽く手をあげた店長の「峰岸くん、あがっていいよ」という声が背中にぶつかった。

「じゃあ、待ってるからー」
杜人の弾んだ声にぼくの心は沈んでいく。

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【2014/11/07 09:39】 | かなしい音が聴こえない場所
|
すこし先の暗がりに薄明るい光を纏って自販機が立っていた。
群がっている羽虫と群がってくる杜人とともにその前に向かう。缶コーヒーを買おうと小銭入れを探っていると、じゃらじゃらとコインのぶつかる音がして、がらがらと機械が騒いだ。
杜人がミルクセーキをこちらに差し出してくる。

「はい!バイトお疲れー」
「……コーヒーの気分だったんだけど」
「疲れたときには甘いもののほうがいいって」

無理やりあたたかい缶をぼくの手に押し付け、にこにこと笑っている。この灯りの前で、望まずしてミルクセーキを手にするのは七度目だ。
そういえば、『あたたか~い』という赤地に白抜きの文字を見るのは今年初めてだな、と思った。

「カシオペア座が見えない」
杜人が空を見上げる。
「あの星座は北に昇るでしょう?いま、杜人が見ているのは南の空」
そっかぁ、と杜人は言う。
「星が夜空にあっても見ている方角がちがえば、見えないものなんだな」

なにげない杜人のことばにひやりと胸が冷えた。隠し、なにげない風を装う。
「あたりまえでしょう。そんなこと」

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【2014/11/08 09:30】 | かなしい音が聴こえない場所
|
杜人は空を見上げたまま、言う。
「なんか、笑えてくるよな」
「なにが?」
「自分のいる場所が、宇宙のなかの塵みたいなところだと思うと、不安で笑えてくる」
「そうかな」
「うん。なにもかも大丈夫で、ぜんぶがこわくなってくる」

自販機の横の石垣に身をあずけてミルクセーキの缶を開け、甘ったるい香りにむせそうになる。半分飲み干し、残りを杜人に差し出した。
「もう甘さ的に限界。あとは買ったひとの責任ということで」
缶を受け取った杜人は笑みを深くした。カシオペア座は彼の網膜に映しだされたのだろうか。

「杜人、お前さ、なんでぼくにしつこく絡んでくるわけ?他のひと、いくらでもいるでしょう?」
「へこむわー…。俺は、お前が好きなの。何回言ったらわかってもらえるかなぁー」
「何回言われてもわからない。好かれる理由がない」
「明日都、普段はしれっとしてるくせに、ツボにハマるところでやさしいから」
「それは恐ろしい思い込みでしょう」
「あと、その喋りかたがすごく好き」
まっすぐなことばに動揺し、黙りこんだぼくの顔を杜人が覗き込んでくる。

「どうしてこんなに言っているのに、その気にならないかなぁー…。明日都はなにもしなくていいし、こわくないし、大丈夫、俺に任せておけば痛くしないし、わるいようにはしないから」
「その発言自体、相当痛いけれども」

ぼくは北の空を見上げる。離れた星たちが勝手に繋ぎあわされたW型の星座がぼくを見下ろしていた。
どれだけ時間が流れても、あのころと同じ空を見上げることができる。夜空を見上げると、そのことに、いつもホッとする。おなじ星が見える、だから大丈夫だと思える。
星の配置でさえも永遠に変わらないわけでないことを、知らないわけではないけれど。

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【2014/11/09 09:45】 | かなしい音が聴こえない場所
|
「その気になったらいつでも電話してー!」
という杜人の大声が思いっきり背中に重い。子泣きじじいみたいだ。
諦める、ということを知らない彼にもはや尊敬の念を覚えかねない。断り続ければ続けるほど逆に、杜人はひとり燃えているようだ。難攻不落の城をどうやって攻め落とすかを考える、戦国時代の参謀みたいに。

帰路を辿る。テンキーを押した手をかざし、要塞のようなマンションに潜り込む。ぼくたちの記憶への侵入を阻む、ふたつ目の扉。エレベーターのボタンを押すと、箱が音も立てずに落下してくる気配がした。
暗証番号を入力して玄関ドアのロックを外し、家に入る。いつもの、なにかが足りない空気がぼくを包んだ。

「ただいま」
「おかえりなさい、あすくん」
冷たいものが、またぼくのなかに降る。あの夜の雪。家族の半分を無慈悲に奪われた夜の白い欠片。

「きょう、バイト先にまた杜人が来たよ」
母さんの背中を動揺させたい。それだけの思いで、ことばを投げかけた。

父さんの遺品のオルガンに向けたまなざしの気配も細い後ろ姿も微動だにしない。
この要塞のような部屋。愛情がないわけじゃないと思う。胸の前で両手を広げ受け止めれば、空気よりすこし重たいものが確かにそこにはあるから。
でも、それはどこか歪んでいる。母さんが見ているのは、ぼくじゃないから。帰りを待っているのは、ぼくではないのだから。

杜人からの誘いを断り続けている理由のひとつ。
だれかを愛するためだけの愛を、ぼくは12歳のときから受け取っていない。
幼少期に時間を止められたぼくの心は、他者の受け止め方を知らない。だから。

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【2014/11/10 09:50】 | かなしい音が聴こえない場所
|

鍵コメさんへ
砂凪
こんにちは。

もっと上手な滑り出しがあるのではないかー!と頭を捻ったのです。
でも、これしか書けなかった…、というのが正直なところなのです。

あ、そうですそれそれ。
覚えておいてくださいね。
今回は「水」をモチーフに心情描写をしてみました。
ええ、まぁ…延々と。

そこはあまり、深く考えないでください。
感情移入できない作品ってどうしてもありますから…。

男女は苦手なんですよ。なんでかわからないけれど。
あと、この作品は今後の展開上、どちらかが女性だと救いようのなさに拍車がかかります。
もうちょっと、主人公の年齢がブレても救いようがないのです。

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