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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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場面は3シーンぶん戻ります。
今度は森橋センセ側からの《朝のお迎え》シーンでございます。
管理人のこだわりのせいで、このへんしつこいです。ごめんなさい。

***

カーナビに辻本の自宅の住所を入力し、発進する。
30分ほど車を走らせると、ナビが目的地周辺であることを無機質に告げた。ゆっくりと住宅街を走らせながら、表札を確かめていく。
しかし、大層な高級住宅街だ。そのなかでもひときわ大きな家に『辻本』とある。思わず、まじかよ、と呟いていた。

こんな広い家にひとり、不安定な気持ちを抱えたまま過ごしているのか。

クラクションを鳴らそうと手を伸ばしたところで、玄関の扉が開いた。
扉のすぐ向こうで待ってくれていた、と思うと心の奥でなにかが蠢く。
辻本がどうにかこうにかドアを閉め、車に乗り込んでくる。一瞬、ほのかな笑顔をのぞかせたがすぐに申し訳なさそうに言う。

「本当に、すみません。でも…あの、ありがとうございます」
「いいんだよ、気にするな」

それだけ言うと、風に煽られハンドルを取られそうになる運転に集中する。
正直なところ、運転には自信がない。事故ったら冗談ではすまされない。すまされないのだが……、落ち着かない。
辻本がちらちらとこちらをうかがってくるからだ。

なにか言いたいことがあるのか、また感情が溢れるのか。赤信号で停車するたびに辻本をさりげなく見た。
助手席の彼はなにか納得しているような顔で、かすかに微笑んでいるので安心する。

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【2015/07/01 08:25】 | そこは命のあるところ
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辻本が音で空腹を訴えたのは、3回目の赤信号にひっかかったときだった。
助手席を見ないまま、訊ねる。
「朝飯食ってないのか」

きのうの晩から食べていないと言う。ちらっと見た辻本は恥ずかしそうにうつむいている。
……可愛いな、と思った後ろめたさ。
気がつくと、コンビニの駐車場に車を入れていた。辻本の夕食兼朝食を買ってやろうと思った。
疾しい気持ちがそうさせるのかどうかはわからないけれど。

待っているように告げて、ぽかんとした表情の辻本を残し、車を降りる。
店内で朝飯なのだからパンがいいだろうと思い、適当に選んだ菓子パンと牛乳を購入する。
コンビニを出ると、フロントガラス越しに助手席でまだびっくりしたような表情を浮かべている。

たいしたものではないのに、辻本はえらく恐縮して袋を受け取った。車が発進すると同時に隣から甘い香りが漂ってきた。
また盗み見るとやたらうまそうに菓子パンをかじっている。パンを持つ細い指を、投げた視線で穢した気がして目を逸らした。
それでも、幼いこどものような無心さに笑ってしまう。
それを指摘すると、またもや恥ずかしそうに俯く。

……次の台詞に他意はなかった。絶対になかった。
「なんだよ。俺、うまそうに食う奴、好きだぞ」

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【2015/07/02 08:27】 | そこは命のあるところ
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辻本は菓子パンをまじまじと眺め、固まっていた。
ちょうど信号が赤になったので、また辻本を見やると、赤らんだ頬が眼に映る。
薄い唇の端にカスタードクリームがついていた。
可愛いな、と思う気持ちを咎めた心はどこかで緩かった。強風に微かに車が煽られる。
完璧な普段の姿やことば遣いとのギャップに微笑んで、言う。

「口にクリームついてるぞ」

次の動作はごく自然だった。辻本の口元からカスタードを人差し指で拭うと、それを舐めとっていた。
隣からひどく動揺した声がして、自分の所作を認識し啞然とした。

「……あ」

こちらを見る真っ赤な顔から視線を外せない。動揺の後ろにあるものを、どこかで都合よく解釈してしまったから。
辻本も視線を逸らそうとはせず、まじまじと俺を眺めている。

後続車からクラクションを鳴らされ、我に帰る。車を発進させると沈黙が流れた。
押し黙った辻本の頬の赤みがすこしも引かないことに、俺まで恥ずかしくなりそうだ。
職員用の駐車場まで辻本も俺もなにも言わなかった。
辻本は沈黙の意味を読みとろうとしているようだったけれど、俺にはその無音の音の理由がわかった気がした。
停車し、ぼんやりとフロントガラスを見ていると、礼を言う辻本の声がした。
「あぁ」
困惑した表情に返した声は、我ながら上の空だった。

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【2015/07/03 08:26】 | そこは命のあるところ
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安全保障関連法案。
「それでどうなるの?」きっと答えは返ってこないでしょう。
「その先になにがあるの?」だれにも答えられないでしょう。
だけど……だから、不安で仕方ありません。
この先に待っているものが、なんの益体もなくひとが傷ついていく世界のように思えて。

平和国家に生まれてきたという感覚。
正直、この問題が取り沙汰されるまではあまりありませんでした。
戦争も徴兵も、ないのが当然であたりまえ。
空襲なんて想像もできない。
『平和ボケ』もいいところの頭。
でも、そんな頭でも、そろそろ警鐘に気付きはじめました。

セイジカさんたち。
オエライさんたち。
本当に、民意を汲み取って国民の声に耳を傾けていらっしゃいますか?
わたしたちの声が届くところで、ものごとを決めていらっしゃいますか?

祈りの声は猛々しい争いの音に消え
笑い声ではなく銃声が聞こえてくる。
これからが、歴史の教科書にそんな時代だと記載されるように思うのです。

銃の感触を覚えるひとをこれ以上増やさないこと。
戦禍のなかで心が壊死していくひとをこれ以上増やさないこと。
機械のようにひとを殺める感覚に慣れきったひとをこれ以上増やさないこと。
どうして。
どうしてこんな簡単な善悪がわからないのでしょう。

お隣さんからミサイル飛んできちゃったり、
『仲良く』しているはずの国から圧力かけられちゃったり。
そういうことが起きているのは、重々わかっています。
それでも、平和を貫くことが唯一の被爆国としての使命なのではないでしょうか。

目には目を。
歯には歯を。
そう唱えた法典は、もう大昔のもの。
破って棄てて燃やしてしまってもいいでしょう?
報復は憎しみの連鎖しか生みません。
繰り返し繰り返し、ひとの血が流されて。

あたらしい法典を作りましょう。
あたらしい未来を描きましょう。
できないことではないはず。
だれしも大事なものを失いたくて、生きているわけではないのだから。
傷つきたくて悲しみたくて、生きているわけではないのだから。

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【2015/07/03 10:43】 | つぶやきサボり。
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Pearswordさんへ
砂凪
……気がつきませんでした。
戦後70年、長いのか短いのか迷いますね。
いえいえ、ほんとにいつもご丁寧にありがとうございますー。

Pearswordさんへ
砂凪
こんにちは、Pearswordさん。

平和ボケ…している場合じゃなくなっちゃいました、ね。
そろっと本気で大変なことになろうとしているのでは、と思っています。
星新一はショートショートしか読んだことがありませんが、『白い服の男』興味深いです。
(『おーい、でてこーい!』…だったかしら…を英語の授業でやりまして、ぎょっとしてからしばらくハマったんです)

ひょっとしたら『正義』もなにも生まないのかもしれません。
自分に正義があると認識したひとは、それを盾にして矛にしてひとを傷つけるから。
ひとを酩酊させ、自分の思想を全肯定させてしまうものが『正義』なのかもしれませんね。

すみません、が。
被『爆』国であっているんです。
わたしも自信なかったので調べてみたところ。
被曝:放射線にさらされること
被爆:原水爆の被害を受けること…だそうです。広辞苑さまありがとう。
ですので、『唯一の』とつけると原爆を落とされたただひとつの国、被爆国、となりますね。
被曝ですと、アメリカのスリーマイル島とかいろいろ出てくるので……。
(奇跡的にメルトダウンが停まった事故があった場所です)

わたしのなかでは被爆と被曝は明確に線引きされていて…。
福島の事故は戦争とは別件なのでは、と思います。

主権者である国民にできることが『限られている』こと自体、民主主義が揺らいでいますよね。
政治がざわざわしているといいますか。

いいえー、わざわざご丁寧なコメント、ありがとうございました。

訂正とお詫び。
Pearsword
 上掲のコメントの、戦後80余年は、戦後70年の間違いでした。ここに訂正して、お詫び申し上げます。

Re:たまーに、政治の話でも…その2。
Pearsword
 平和ボケ、なかなか難しい問題ですね。
 そういえば、星新一の小説に「白い服の男」だったかな、戦争の無くなった時代のことが書いてあった中編小説が有ったな。あらすじすら忘れてしまったけど。もう一回読み直してみようかな。
 
>>報復は憎しみの連鎖しか生みません。

 これは、仰る通りですね。法然の伝記など読むと、必ず出てきますけども、この思想自体は、鎌倉以前から、多分仏教の生まれた時代からすでに、あったのではないかと思われます。
 
>>それでも、平和を貫くことが唯一の被爆国としての使命なのではないでしょうか。

僕が言うことでもないですが、被「曝」国ですね。更に言うなら、原爆被曝国です。いまや、チェルノブイリも被曝地域ですので、唯一の被曝国ではないですが、放射能の被害の悲惨さを一番知っているのは、日本国民でしょうね。でも、戦後80余年経ってしまって、すっかりその平和の大切さが、忘れ去られようとしているのは、本当のことでしょう。
 フクシマの被曝も、そういう意味では、平和の心を忘れるな、という天罰なのかもしれません。
 それなのに、原発は再稼働し、集団的自衛権は行使容認されようとしている。一時は、老朽化しているから広島の原爆ドームを撤去しようなどと言っていた人もいるらしいですから、恐ろしいものです。

 我々にできることは限られていますが、安倍政権にブレーキを掛けるくらいの批判的精神を、せめておのおのが持って世論に反映させるくらいに、しなければならないと思うものです。
 いろいろな情報が錯綜する中、どれを信じるかは読者次第、砂凪ちゃんもいろいろ研究してみてください。

 長コメ失礼しました。
 
 
 

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***

現代文の時間、片手が自然にノートをとっていく。もう一方の手は自然と唇に触れてしまう。
その度に授業がはるか上空で聞こえる気がしてぶんぶんと首を振る。
集中、と言い聞かせるもむなしく、伸びる左手は何度となく口元をなぞる。……先生が、したように。

別になんでもないことなのだ……少なくとも、先生にとっては。
それでも口元に触れた指の感触は消えてくれない。
消えてくれないのは、なにかを期待する僕の心も一緒だ。
指からはなんの嫌悪も感じられなかった。むしろ、昨夜、涙となって溢れだし、空洞になった心のどこかを埋めてくれるような温もりがあった。

放課後になったら、生物準備室に行こう、そう思った。
改めて、お礼を言いに行くだけ。そう言い聞かせながら。

そわそわしながら放課後を待つのは、なんだか新鮮な感覚だった。
こんなときに限って水曜日でLHRがある。教壇の上の森橋先生に視線をあてたいのに、なんだか妙な感覚でろくに視線をあげられない。
左手はすっかり唇に触れることが癖になってしまったようで、俯いたままで指先は口元に触れる。

生徒を解放するチャイムが鳴ると同時に、賑やかになる教室。
日直が球技大会の種目とそれぞれに出場するクラスメイトの名が書かれた黒板を消していくのにハッとした。
……僕はなにに出場することになったのだろう。自薦他薦を問わず、少なくともひとつには出場するはずなのだけれど。

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【2015/07/04 08:22】 | そこは命のあるところ
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完全に上の空だったことに慌てつつ、隣の席で鞄に教材を突っ込んでいる男子に訊ねた。
なんという名前だったか、新学期にカラオケ会に行かないかと僕を誘ったのが短髪の彼だったことは覚えている。
困ったことに苗字さえわからないので、あたりさわりのない呼びかけをしてみた。この場合はごめん、からはじめるのが妥当だ。

「ごめん。僕、なにに出ることになったっけ?」
「辻本は、バドミントンだろ。運動神経いいみたいだから、がんばってくれ」
「……ええーっ。そうなの?」
バドミントンは花形種目だ。できるだけ、教室の隅の白い世界にいたい僕なのに。
同時に相手が僕の苗字を知っていたことを申し訳なく思う。僕は彼の名前を知らない。

「そうなの?ってお前、自分で引き受けといてなに言ってんだよ」
男子は不審そうにこちらを眺めやる。
「お前、今日なんかおかしいよな。いっつもなんでそんなに、って思うほど真面目に授業聞いてるくせにさ、俯いてなんにも聞いてないみたいだったし」
「そんなこと、ないよ」
「そういえば遅刻してきたし」

おろおろと弁解する僕に、まぁいいけどバドミントンは任せた、と言い残し教室を出ていく。
生物準備室に行こうと思っていたことを思い出し、僕も問題集と教科書を鞄につめて立ち上がる。
森橋先生に、お礼を言いにいくだけ。
そう、言い聞かせながら。

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【2015/07/05 08:30】 | そこは命のあるところ
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無理だ。絶対に無理だ。
昼休み、生物準備室で購買の弁当をつつきながら俺は頭を抱えたくなる。
3限目で受け持ったクラスで、青い黒板消しのプラスチックの感触も、教科書の紙触りも、辻本の唇の感触を指先から消してはくれなかった。
疾しさや後ろめたい気持ち抜きで、彼を救済することは絶対に無理だ。

無意識にとはいえ、感情が行動に出てしまった。いや、無意識だから逆にまずいのか。

指先に覚えた感触は、2者面談の日に覚えた手のひらの温度とは正反対に温かく、柔らかだった。唇に触れた指先を握りこむ。
震えるような痛切さとともに、ごく控えめな万華鏡のように表情の変わる辻本をいつのまにか好きになっていたことを知る。
そこには、恋に落ちたときのときめきや高揚が確かにある。

抱き締めてみたい、髪や顔に触れたい、キスしたい、それから。

それから、と考えた脳がささやかに高揚した気持ちを途端に失墜させていく。
辻本は受け持ちのクラスの生徒。
それ以上でも以下でもないはずなのだ。
それ以上でも以下でもあってはならないのだ。

……たとえ、唇に触れた俺の指に、こちらを見上げていた彼がなんの嫌悪も覚えていない表情を浮かべていたにしろ。
頬を赤らめて、動揺を露わにしていたにしろ。

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【2015/07/06 08:25】 | そこは命のあるところ
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なんとかその日の授業を終え、担任クラスのLHRに向かう。
今朝、学校に送り届けてからはじめて、辻本の姿を見ることになる。
どこかで仄かに『会える』と思ってしまった自分がばかばかしくて、すこし笑った。

LHRの内容は1ヶ月後に迫った球技大会の出場種目決め。自分の運動神経の鈍さを日ごろ疎んじているのも手伝って、半ばどうでもいい、と教室を眺め渡す。

一般的に思われているより、教壇の上は風通しがいい。
……だから、気がついてしまった。
辻本が俯いて、指先を唇に添えかすかに微笑んでいることに。

ひそやかになにかが身体のなかを巡る。
慌てて背後の黒板に向かい、球技大会の種目を書きだしていく。
汗ばんできた右手のなかにあったチョークが鈍い音を立てて折れる。
種目が羅列されたプリントを持っている左手はまだ、辻本の唇の感触を覚えている。

辻本は完全に上の空の様子で、他生徒が敬遠する花形種目のバドミントンに出場することになった。TBである彼は、運動神経もいい。

LHR終了のチャイムが鳴り、そそくさと教室を後にした。
準備室に戻り、ミラクルフルーツの生育状況を確認していると、ドアの下が蹴られる音がした。
尾田が戻ってきたのかと思い、温室ブースから覗かせた顔がほんのりと頬を赤らめた辻本を捉えた瞬間、ぐらりと地面がかしいだような錯覚を覚えた。

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【2015/07/07 08:30】 | そこは命のあるところ
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準備室のドアが開かないのはきのうの2者面談のときと同じで、ドアの下を蹴ると軋む音と一緒に開いた。
中を覗き込んだ途端、森橋先生と目があった。心拍数がみるみるあがる。顔が赤くなるのがわかって恥ずかしくなる。
先生は僕の性的指向を知らないから、赤面症かなにかだと誤解してくれていますように、と願う。

先生の視線に、ことばが迷子になって口ごもる。
それでもやっと零れたことばは、呆れるほどに平凡なものだった。
「あのー…あの、今朝は本当にありがとうございました」
「……あ、だから気にするなって」

なぜかぎこちなく笑った先生が手招きした。なんだろう。
失礼します、と言って足を踏み入れた準備室は当然きのうとおなじ古さで、雨漏りの心配はないのだろうかと思う。
歩み寄ると、むわっとした空気が押し寄せてきて、え?と思う。

「ほら、温室があるんだ」
先生が指差したほうには確かに、透明なガラスで区切られた一角がある。
いろいろな植物が野放図に葉を広げ、照明の光を受けている。
「植物は、いいですね」
気がつくと、そんな台詞が口をついていた。ん?と続きを促すような声がして、ふるいにかけないことばが零れた。
「なにも考えなくてよさそうだから」

沈黙が漂った。
辻本、と呼ばれ温室を見たままだった視線を先生に向けると、真面目な横顔でガラスを見ていた。そのまま、呟くように言う。
「生まれてきたら、必死に生きるしかないだろ」

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【2015/07/08 08:19】 | そこは命のあるところ
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必死に生きるしかないだろ。先生のことばにしなかった声が聞こえた。
……TBであるにしろ、自然命であるにしろ。

「そうですね」

答えた声が笑っていることに安心した次の瞬間、どっと涙が溢れた。
どれだけ、どれだけ必死に生きても、僕はどこからも繋がっていない。どこにも繋がらない。僕が消えた未来には僕の欠片などなにもない世界が待っている。
握り締めた拳が、軽く温室のガラスを叩いた。そのまま、手のひらを透明な板に押しあてた。
きのうしがみついた大きな手がゆっくりと背中を撫ぜてくれていることに気付いたのは、溢れる涙をなんとか消したころだった。

***

辻本は俯いたまま、礼のことばを口にした。
ややあってこちらを見た顔はほんのりと紅潮していて、優しげな風貌と相まってまるで少女のように見える。
ふいに、辻本に温室を見せてやりたいと思った。遠ざけなければならないと、近づいては…近づけてはいけないと、どこかで警鐘がなっているのには気がつかないふりをした。

我ながらぎこちないとわかる笑みを浮かべ、手招きすると素直に歩み寄ってくる。
温室を示すと、辻本は興味深そうに緑の塊を眺めている。
辻本の後ろから覗きこむ。ミラクルフルーツの実は着々と成長しているようだ。
「植物は、いいですね」
そのことばには植物が好きというニュアンスよりも、どこか緑の葉を広げている存在を羨むような響きがあった。
本音を引き出すつもりはなかったが、続きを促すような相槌を打ってしまう。

「なにも考えなくてよさそうだから」

続けられた辻本のことばに、苦しみが滲んでいた。
逃げ出したい、考えたくないことばかりなのだ、と。
ひとつの『考えたくないこと』から気を逸らすため、別のなにかを手にし、でもそれは手のひらの上のものがふたつに増えたに過ぎずやがて身動きが取れなくなる。
自分を振り返ってみてもそんな道のりはあった。慎重にことばを選んだ。

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【2015/07/09 08:21】 | そこは命のあるところ
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