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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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来年は受験。
そうか、国立大や有名私立大に合格することがほぼ当たり前とされている僕の高校。
進路希望アンケートのことを思い出した。母に干渉されるのが煩わしくて、きっと僕のかわりに『僕』を望まれるであろう事実から逃げたくて、『特になにも望みません』と書いた。
それが、きっかけだったのだ。先生が僕を気にかけてくれたことは、すべてそこからはじまった。

『いらない記憶』。
僕にとって大切な記憶でも、海馬操作装置の処理機能に理解されない煩瑣な記憶であれば、ごくあっさりとデリートされてしまうだろう。
先生を好きな気持ちも、あの風の朝の出来事も、温室前でキスしたことも、きっと波線上だかスペクトログラム上だかでは『不必要』。不必要どころか、体系だっていない記憶は、絶対に残らない。

光はどこから与えられ、どこからすこしずつ奪われるのだろう。

気がつくとなにもことばを整理しないうちに、携帯を取り出していた。
一番新しく登録した番号、先生に繋がる数字を選び、発信する。3回目のコールで電話越しに声がした。
『はい、森橋ですが』
「……先生?」
零れた声は震えて掠れていた。
忘れてしまうかもしれない、この声が教えてくれた大切なことば。
それひとつだけで、生きていけると思ったあのことば。

―……『生まれてきたら、必死に生きるしかないだろ』。

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【2015/08/01 08:15】 | そこは命のあるところ
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先生が驚いたように僕の名を呼ぶ。
途端に混乱をきたし、おろおろと問いかける僕のことばは我ながら筋道だっておらず、主語がない。
『辻本、落ち着け。なにがあった?いまどこにいる?』
「自宅です。あの、母から聞いてどうしていいのか……」
『なにを聞いた?落ちついて話せ。聞くから、ゆっくり説明してくれ』

僕の海馬拡張操作に関する話を繋ぎあわせ、先生はしばらく黙りこんだ。
受話器のむこうから重い沈黙が流れる。
人格や性格の破綻が起きる可能性、それも考え合わせての母の結論なのか、とだけ先生は聞く。言いたいことは、それではないのに。

「だけど、なにも起きなかったとしても、僕は忘れてしまうかもしれません。いえ、絶対に残してもらえない記憶です、先生のことは、全部」

電子機器を握った手が細かく震える。
忘れてしまったら。どうしたらいい?

落ち着け、とまた声がした。そうだ、いま一番しなくてはいけないのは、冷静な思考。
先生の優しい声が鼓膜に触れる。
『簡単に生かしたり葬ったり、記憶はそんなに簡単じゃない。お前が忘れても俺は覚えているから。お前がそうしたいのなら、思い出させてやるから』

携帯端末のむこう側にはきっと届いていないだろう涙が溢れた。
どうして、どうしてこのひとはこんなにも、僕の心に柔らかいのに力のあることばをくれるのだろう。

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【2015/08/02 08:15】 | そこは命のあるところ
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鍵コメの、tさんへ
砂凪
こんにちは、はじめまして。
拙ブログの管理人、砂凪と申します~~(そうです『砂凪=さなぎ』です)
リアルブログよりいらしてくださったとのこと……ありがとうございます。
でもちょっと恥ずかしいです(*mym*)

うきうき……わ、わたしの小説でうきうき……。
ありがとうございます、本当にうれしいです。
わたしは腐女子歴2.5年くらいのまだまだ精進せなならんな!みたいなやつでございます。

心に響いた……なんだかもう嬉しくて頭のなかでハッピーなムンクの叫びみたいなことになってますよ!
キャーーー!)゜0゜(←『叫び』のつもり。。。
『ひかりのひと』は、はじめて描いたBLの世界で……大事な作品です。
不思議な設定、と仰っていただけて光栄です。
この世界は「最初の小説になるんだから……」と一生懸命捻くりだしましたシロモノです。

わーーー!
もの書きさんですか、しかも同志さんですか!
二次創作できるかたってすごいと思います。
わたしは二次しようにも、そこまで『思い入れのある作品』に出会えなんですよねー。
ええ!これもなにかのご縁です。大事なご縁ですーーー。

番地(?)教えてくださってありがとうございます~。
ぜひ、足を運ばせてください!
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします!
ご足労いただけると、めっちゃ喜びますので(*´▽`*)

コメント、本当にありがとうございました!

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辻本が落ち着いた頃合いを見て、通話を切る。
『思い出させてやるから』。
海馬の拡張操作はなにも頭蓋の下を弄ったりするわけではない。
電子操作でニューロンの纏う記憶を整理し、いらないと機器に判断された記憶は意識下に沈められるだけだ。
辻本が望む記憶を呼び戻そうとすれば、できないこともないはずだ。

ただ、二重否定と『はず』が示すとおり、おそらく前例はない。無意識のなかに抹消された記憶をわざわざ呼びもどした事例は。

どうしたらいい?
辻本が俺との間にあったことを忘れたくないと願い、思い出すことを望むのなら…。
キーワード、という単語が浮かぶ。辻本のなかに刻まれている、俺に関するなにか。

まだ梅雨が明けきらない放課後、温室を見つめて呟くように言っていた。
『植物は、いいですね』
あのとき、俺はなんと声をかけた?
『生まれてきたら、必死に生きるしかないだろ』
あのとき、辻本の瞳の奥に大きく揺らいだもの。大きな変化。
たぶん、そこから彼は生まれてきた重みを受け入れ、自分を生きようとしている。

温室の前でキスをしたこと、風の朝に車で迎えに行ったこと。キーとなる記憶ならここにある。
幾重にも鍵をかけられ封じられるであろう、辻本の記憶を開く鍵。

携帯をもう一度、眺めやる。待ち受け画面は初期設定のまま、どこかもわからない街角の風景を表示している。相手には届かない声で、言う。
「大丈夫。時間がどれだけかかっても、思い出させてやるから」
そして、俺もお前が好きだよ、と。

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【2015/08/03 08:15】 | そこは命のあるところ
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Pearswordさんへ
砂凪
こんにちは、Pearswordさん。
通勤、ほんと暑くてうつろになりがちなので気をつけてくださいね(≧へ≦)

わたし、結構難しいことばをどこかで見聞きするとメモリます。
語彙リストみたいなものができるので、文章を引き締めたいときにリストをめくるんですね。
(こんなふうにわたしの物質的重量も引き締められればいいんですが)
『煩瑣』はつい先日、『ラジ英』に出てきた『red tapes』の和訳。
英語だけでなく日本語のベンキョーもできるラジ英。オーイェー!
ちなみにわたしの広辞苑さまさまは、大学入学時のものなので10年前ですね。。。
ぶるぶるぶる、全然、新出語彙が載ってないです。
カタカナ語にすごく弱いんですよね。。。

>『生まれてきたら、必死に生きるしかないだろ』
このことば、短歌より短いフレーズ。
キーワードなんで、随分と気を使いました。捻りだすのに3日かかりました。
このことばはベースストリームになってくるので要チェックですよ!

科学が苦手で…科学が苦手で……。
記憶を無意識に沈めるとか、どうやってやるんですか?(←夏休みこども科学電話相談室風)って訊かれたら返答に窮します。
まったくなくしたら、これから先のお話に困っちゃうんですね。

出勤、ほんとに気をつけてくださいね。
暑さでうつろに…(以下同文)。
毎日微熱world!でなんとか元気にやっていきましょう。


Pearsword
 おはよう、さなちゃん。
 通勤前の暇時間に、64話から66話までを読みました。
 
 「煩瑣」って難しい言葉を使うんだね、この言葉、僕は初見です。辞書繰ってようやく意味がわかりました。
 ぼくの「広辞苑」も相当古いので、そろそろ新しいものを買わねばなりません。なかなかその金が出てこないけど、この前も筆者のプライドで、一太郎2015を買ってしまったし、文筆愛好家としては大切な商売道具であるので、やはり買わねばならないだろうと思う。
 
 余談はさておき。
 「生まれてきたなら、必死に生きるしかないだろう」この言葉、なかなか印象的に響いていますね。このように、大切な言葉を繰り返し出して印象づける辺りの手法は、さすがさなちゃんの才能の噴水のようにあふれ出ているところだな……。(←顰蹙発言)
 まあ、でも僕も学ぶところが多分にあるわけで、あまりおろそかにも出来ないです。

 記憶を無意識に沈み込めるというアイデアは、なかなか現実味があるようにも思えるけど、全く無くしてしまった方が、残酷で面白いかもしれない。人間性や性格が変わってしまった、とかいう筋にして、現代の精神医学に対する批判めいたものを暗喩的に表現できれば……ていうか、それは僕のテーマであって、さなちゃんのテーマではないかもしれないけども。

 ちょっと、余計なことを書きすぎました。
 では、もうそろそろ出勤なので、こんなところで。

 

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心地よい声をいつまでも聞いていたかったけれど、そういうわけにもいかない。
もう大丈夫です、ありがとうございます。電話のむこうに何度かそう告げると、きょうはなにも考えずにもう休め、ということばを最後に通話が切れた。

大丈夫。大丈夫。何度も言い聞かせる。
先生がいれば大丈夫。記憶のもう一端を握っていてくれる。きっと、離したりせずに、ぎゅっとしっかりと。

電話越しに先生に告白してしまったことに気がついたのは、もう眠ろうと布団にくるまったときだった。確か、こう口走ってしまった。
『きっと消去されてしまいます……先生を好きなことも、あの日のことも』
「どうしよう…」
呟いた声は空気に吸収されずに、天井や壁に反射し、僕のうえに降りかかってくる。
降りかかってきたことばを全身で受け止める。拒絶も指摘もされなかった。
受け止めて、もらえた?
『思い出させてやるから』。あのことばは、先生の僕への好意を暗に伝えてきてはいないだろうか。

嫌になるほど単純に、口元が緩むのを自覚した。大丈夫。絶対に。すべてを委ねてしまえばいい。
―……両想い。
そのことばを頭に浮かべ、何度も繰り返し、微笑んでいるはずの顔に触れた。

やっと辿り着いた。想いあう世界に。
僕はひとり生きていくつもりで、ひとりには慣れているつもりで、それでも孤独はこわかった。ルーツのない命はあまりにも頼りない。こんな僕でも、辿り着くことができた。

わかっている。この先、先生と僕はきっと茨の道、つらいことが山積するルートを辿る。
世のなか、そんなに甘いものではない。わかってはいるけれど。いまだけは。ただ、いまだけは、世界の優しさを信じてみたい気がした。

あした、また生物準備室に行こう。先生に、ちゃんと告白しよう。

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【2015/08/04 08:22】 | そこは命のあるところ
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立花さんへ
砂凪
立花さんっ!
ようこそいらっしゃいませ~~~♪
おひさしぶりのコメント、とてもうれしいです。

ここまで一気に……ここまで一気に……!
じゃあ、温室前のチューも読まれたのですねっっ☆
(ミラクルフルーツどこ行った/笑)
砂凪としてはかーなーり、頑張って書きました!

『思い出させてやるから』
そう言われてみれば、殺し文句♡ですねっ!
書いている間は全然気がつかなかったのですが、気づくとこっぱずかしいです。

もう67話、まだ67話。
これからどんどんいきますよー(どこへ?)
あ、『そこいの』(←略称)も100話くらいで終わる……予定です。

というか、立花さんから頂いたリクエストが《短編》だったのに。
それなのに。
今までで一番長い連載になっております。
すみません……。

暑くて死なないように頑張ります(笑)
ホント残暑が熱帯夜とかどーなってんの地球?という感じです。
いまBL小説は『ふったらどしゃぶり』をのんびり読んでいます。
そして、家族親友全員ドン引きされる勢いで大好きEテレの特番がたくさんあるのでしあわせです~~~(*´▽`*)ノ

それでは、立花さんもどうぞご自愛くださいー。

こんにちわんこそば☆
立花
砂凪さんどうもどうもーお久しぶりです♬
久しぶりにあそびにこれて、うれしいですーー(⋈◍>◡<◍)。✧♡

ここまで一気に読ませて頂きました!
とっても面白かったです٩(๑^o^๑)۶
海馬拡張がとても印象的で…
『思い出させてやるから』
キャーーーーせんせいーーーー♡
殺し文句ですな₍₍ ( ๑॔˃̶◡ ˂̶๑॓)◞♡

もう67話だなんて、びっくりですが、まだまだ続きそう♡
今後の展開が楽しみです!!!
…私は、自分のやつは100話ちょっとで終わらせたいです……

ではでは、死ぬほど暑いですが、残暑を少しでも涼しくお過ごしになれますように〜
やっぱりクーラーきかせた部屋でBL小説BLアニメを見るのが1番かと!(笑)
純情ロマンチカの3も始まりましたしね〜♬
ではでは☆ミ

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***

辻本から取り乱した電話があった翌日。
授業と会議を終え、準備室に戻ってしばらくするとドアが蹴られた。続いてガラガラと引き戸を開ける音。
尾田も会議から戻ってきたのだろうと向けた視線が、聡明さと理知を湛えた瞳にぶつかった。
室内に足を踏み入れ後ろ手に扉を閉め、立ち止まった彼。

「辻本!」
立ち上がり、急ぎ足で歩み寄っていた。
「お前、大丈夫か?ニューロン操作はいつなんだ?」
ふたつの疑問符は、静かな仕草に封じられた。辻本が俺の背に手を回し、抱きついてきた。
「……先生、好きです」
むしろ静かに穏やかに、辻本は言う。そのことばの一音節ごとに、心が震えた。
彼のゆっくりとした呼吸の音、春の木漏れ日のような体温。そのすべてが愛おしい。
「大好きです」
もう一度、繰りかえす。俺は黙ったまま、辻本の頭を撫ぜてやる。
それが答えだった。

回された腕に力がこもり、躊躇うようなちいさな声がした。
「じゃあ、このあいだみたいに……キスしてください」
シャツの胸のあたりに押し付けられていた顔が離れ、静かな湖を思わせる瞳が俺を捉える。

白い頬に顔を寄せるとその瞳はゆっくりと閉じられた。
先日の、衝動に任せるようなものとは別の感情をこめて深く唇を重ねる。舌を絡めとり触れあわせる。ゆっくり、何度も。
辻本の甘やかな声も息遣いもささやかな濡れた音も、今度はふたりを動揺させない。

これが愛でないのなら、なにが愛だというのだろう。

唇を離した辻本の瞳が潤んでいた。
「ラボには、来月一週間、行ってきます。先生のことは、忘れて戻ってきます」
「あぁ」
触れようと思えばすぐそこにある目が、笑みを形作る。
「でも先生がいるから、大丈夫。そうですよね?」
「お前が俺を忘れても、どれだけ時間がかかっても、思い出させてやるから…」
「約束、指きりですよ」
笑って身体を離し、欠席届を差し出した手。包み込むと、俺の手のひらより随分小さい。
この手にどれだけ過酷な運命が握らされているのかと思うと、泣きたくなった。

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【2015/08/05 08:15】 | そこは命のあるところ
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立花さんへ
砂凪
こんにちうわわーーー!
大学時代の旅行で、浦和への長距離切符を買うとき。
みどりの窓口で
「《うわわ》までお願いしまっす!」
と、元気いっぱいに申し上げたことを思い出しました……。
うわわ、ってどこだよ。ハワイあたりにありそうですが。ありませんね。

ふむふむ、あたらしいことばをひとつ覚えましたぞ。
《両想いベロチュー》……大爆笑。
ももゼリーいいですね!わたしは暑さにとうとうやられ、食事が困難になりました。

眞琴は愛に関して天然です。
これから先、だんだんわかってくるのですが《まっすぐに愛された記憶》が皆無なんです。
だから、はじめて手にした愛というものを手放さないように必死で……。
無意識小悪魔になっちゃいました(笑)

今日のエントリは、眞琴の方からのベロチュー描写ですが、どうぞ呆れずお付き合いくださいませー。
ではではっ☆ミ

あああーーー!
立花
ここここんにちは=͟͟͞͞٩(๑☉ᴗ☉)੭ु⁾⁾
あ、あ、ああ〝ーーーーー!!!ちゅーした!!ついにちゅーしちゃいましたね!!!しかも両思いちゅー!!!(なんじゃそりゃ)

いや、あ、両思いベロチューか(゚∀゚(。_。(゚∀゚(。_。(゚∀゚(。_。(゚∀゚(。_。(゚∀゚ )ソウソウナットクナットク

ドッキドキのシーンにスプーンを落としそうになってしまいましたよ!!(桃ゼリーうまうま!)さっきまで返されたフランス語の微妙すぎる点数にブルーだったのに…一気に滾りました٩(๑^o^๑)۶ワッショーイ

ちょっとマコちゃん(すいません勝手にあだ名…汗)にあざとさが見えるようになったというか、センセイより一枚上手に見えるというか(笑)

きっと愛されて自信がついたんですね!!やっぱ愛は偉大だー!ドキ(✱°⌂°✱)ドキ

無意識にちょっと小悪魔なマコちゃんがより魅力的で好きです♡

ホント暑いので、体調にだけはお気をつけてくださいませ…明日も楽しみにしてます٩(๑′∀ ‵๑)۶•*¨*•.¸¸♪



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***

いつも通りに生物準備室のドアを開けると、森橋先生がこちらを向いた。僕を捉えた目が見開かれる。
後ろ手にガタつくドアを閉め、微笑んでみせる。僕なら、大丈夫。
先生がなかば叫ぶように僕の名を呼ぶ。こちらに歩み寄ってくる。

「お前、大丈夫か?」

その問いかけには答えず、僕より背の高い身体に腕を回す。
きのうの夜、何度も練習した台詞。たった一言は、自然に滑り零れた。
「……先生、好きです」
意識してゆっくり息をする。顔を埋めているシャツから、先生のにおいがした。
相手の微かな動揺を鎮めるように、もう一度言う。
どれだけ知能指数が高くとも、ほかのことばはきっと見つけられない。

「大好きです」

沈黙。
ややあって先生の手のひらが僕の頭を撫ぜる。これが、先生の返事。
聞こえない声が、聞こえた。柔らかに頭に触れる手に幸福感が満ちてゆく。

白いシャツを抱き締めている腕にそっと力を込めて、キスをせがんでいた。
顔をあげ、先生を見つめる。逆光の影が頬に触れ、僕は目を閉じる。重なった唇の隙間で柔らかな器官が触れ合う。
先日と似て非なる快感に、僕はため息を漏らした。後頭部に添えられた先生の手がさらにキスを深める。湿った音。

離れた唇が濡れているのがわかったけれど、そのまま、先生に事実を告げる。
来月、一週間、郷田さんのラボに戻ること。きっと先生のことは忘れてしまうこと。
「でも、先生がいるから大丈夫。そうですよね?」
肯定の返事に約束を求めた。

母親に今朝渡された欠席届を差し出すと、先生の大きな手のひらが僕の手を包む。自分の手が随分小さく思える。
顔をあげると、触れ合う手を見た先生の顔は、痛々しいものを見るような表情を浮かべていた。

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【2015/08/06 08:10】 | そこは命のあるところ
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辻本はそれから欠席する一週間までの間、毎日、放課後の準備室にやってきた。
俺が温室の緑の説明をしてやると、興味深そうに嬉しそうに、聞いている。時折、的を射た質問をするのがTBの知能指数を語っているようで、嬉しいような虚しいような複雑な気分だった。
そして、尾田がいないときに繰り返し、繰り返し告げられた。
好きです、と。
辻本がラボに行くために欠席したのは、7月下旬の一週間だった。

***

温室の前で衝動的にキスをしてから、あれだけ足を運びづらかった生物準備室。一週間の欠席の前に、毎日訪れた。
先生は温室の植物を本当に大事にしているらしく、ひとつひとつ鉢植えを取り出しては僕に見せてくれた。ときどき質問をしたけれど、そのすべてにわかりやすい答えが返ってくる。
7月下旬。生まれたラボに戻るため、僕は一週間の欠席をした。

***

持て余す、がしっくりくる時間を過ごすのは、いつ以来だろうか。物理的にも精神的にも。
3年の受験に向けたひっきりなしの模試や夏特講があるとはいえ、夏休み期間中はそれでなくとも普段よりは時間にもメンタルにも余裕がある。
そのはずなのに、辻本がラボに戻って1週間後は夏休みだということをすっかり失念していた俺は完全に時間を持て余し、8月中旬からはじまる2学年向けのハイレベル補習を心待ちにしている。
そして反面で、どこか怯えている。補習希望調査で、辻本は生物と英語を選択していた。
生物の強化補習で、ラボから戻ってきた彼と顔を合わせることになる。

俺に関する記憶がどのくらいデリートされてくるのか、まったくわからない。
辻本のいない夏休みの生物準備室。温室でてんでばらばらな色の花を咲かせる亜熱帯植物の手入れをしながら、記憶が夢や幻のように遠ざかっていくことをどうしようもできなかった。
俺が覚えているから大丈夫。そう、辻本に言ってやったのに。

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【2015/08/07 08:12】 | そこは命のあるところ
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ゆりさんへ
砂凪
ゆりさん、こんばんは。
お返事が遅れてしまってごめんなさい(≧へ≦)
リアルがもうめっちゃバタバタしておりました。
やっとひと息ついているところです。

そうです!ふつうに挨拶している場合じゃないんですよっっ( ̄^ ̄)
今日のエントリで忘れちゃいましたね。

さてさて、これからどーなるでしょうか(*´艸`*)
いままで築いてきたものと、これから積み重ねるもの。
眞琴が自分のなかで、どうバランスを取っていくかをこうご期待!

純粋な気持ち。
作者もほしいです(笑)

コメントありがとうございましたっっ☆ミ


後藤ゆり
こんばんは^^
・・・って、普通に挨拶してる場合ではないです!
忘れちゃう?忘れちゃってるの?
ちゃんと思い出せるのでしょうか。
いや、思い出さなくてもいいのかな、また改めて先生を好きになれば・・・。
きっと好きになるはず、それが運命のはず!
そんな純粋な気持ちを信じたくなります。


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携帯を取り出し、辻本に繋がる番号を表示させる。
発信ボタンに何度も指を乗せ、その都度ため息とともに待ち受け画面に戻した数字の羅列。視覚記憶となり、覚えてしまった。
電話をかけてもかまわない、まったく問題ない。
わかっているのに、記憶に焼きついた080からはじまる数字はどうしても、辻本に繋げなかった。

「あー…」
思わずあげた呻き声に、背後でパソコンに向かっていた尾田が反応した。
「どうしたんですか?」
声とともに椅子ごとこちらを向く。
「あの、ほら、辻本。あのTBの生徒が海馬拡張でラボ入りしてね」
「あぁ、あの温室通いくん」

脳の記憶領域を操作されると知ってから足しげく、この温室を見に来る、という名目で俺に会いにきていた辻本は尾田に妙な通り名をつけられてしまった。
この、と俺は温室を示す。
「植物のことも忘れて戻ってくると思うと、やりきれないですよ」
俺のことも、のかわりに緑を見遣った。尾田が首をかしげた。
「森橋先生が励ましていたことも、忘れちゃうのかしら?」
「え?」
長い髪の彼女が微笑んだ。
「だって、辻本くん言っていたじゃないですか。先生の『生まれてきたら、必死に生きるしかないだろ』ってことばで頑張れる、って」
「あ、まぁ……」

俺のうつろな返事には頓着せず、尾田は事務作業に戻っていく。
尾田がいるとき、辻本はここでそんなことを言っていたのか。

植物たちが跳ねかえす光が、本格的な酷暑を告げるころ。
リアルに具合がわるくなりそうな高温多湿の日々のなか、ハイレベル補習が始まった。

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【2015/08/08 08:15】 | そこは命のあるところ
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人工生命ラボは、いつも骨のにおいがする。
もっとも骨のにおいなんて知らないけれど、そんなふうに僕は思う。
行き交う研究者たちの足音は血流の音。血液を送り出す心臓は、新生児や胎児がいる一番奥まった完全殺菌室だ。

つらつらとそんなことを考えていたら、白衣をはおった郷田先生が僕の術後安静室のロックを外側から外した。白いから、白血球。

「気分は大丈夫かい?海馬拡張の結果、25%の雑記憶をデリートしたよ」
「そうですか、お世話になりました」
軽く頭を下げる。
「勉強道具を持ちこむ被操作者ははじめて見るな」
肩が笑って、こちらのテーブルの上の参考書を視線で撫ぜた。
「生物と英語、か。知能指数がすごいことになっているけど、目指している大学はどこなのかい?」
「特になにも希望はないんですけど……」
「まだ2年生の夏だろ?ゆっくり決めればいい。なんなら卒業後、このラボの見習い研究者になってほしいくらいだな」

僕は曖昧に微笑んで、この無神経、と内心で罵る。
生まれるときに命を踏みにじった者が、自ら命を摘む側に回る?コメディーを通り越してもはやホラーだ。
この話をしたら、もしも冗談めかしてホラーですよね、と言ったら……どんな顔をするだろう。
でも、だれが?こんな話を苦笑しながら聞いてくれる相手はどこにもいない、はずだ。

とりとめのない会話を交わし、郷田先生の大きな背中が部屋を出ていく。
たった少し話しただけなのに、とてつもない疲労感に襲われた。
たった少し話せるだけでも、しあわせに胸が塞がれそうになった背中とは大違いだ。
……だれ?
しあわせが心に溢れた、あれはなんだった?

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【2015/08/09 08:15】 | そこは命のあるところ
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ぼんやりと視線を参考書に戻した。
生物の問題集はクエン酸回路の生みだす物質とその働きに関する問いを、僕に投げている。解いた問題は全正解。

『生体のエネルギー源になるんだ』
不意に、担任の生物教師、森橋先生の声がよぎる。郷愁にも似た感情が、うすいスープのような色合いで胸をかすめた。
……僕も《生体》の定義に当てはまりますか?
わらった。ずっと、ひとりで思い詰めてきた。ずっと前から、孤独だった。

「学校、かぁ……」
チャイムの音。教室の埃っぽい空気。窓から差し込む独特の光の色。
僕が大勢のなかに紛れられない場所。自然命のなかにひとり紛れ込んだ異物。疎外感。

連鎖のように次々と記憶を呼び出していく。寂しい記憶ばかりだ。
高校は僕にとって、自然命で生まれたクラスメイトを羨む場でしかない。
ふと、そのなかに濃い緑を見たような気がしたけれど、それがなんだったのかまでは、思い出せなかった。

あさって、退院してしばらくしたら、ハイレベル補習が始まる。英語と生物を申し込んだので、きちんと予習をしておかないと。
骨のにおいを巡るつまらない空想に放り出したペンを握り直し、今度は英語の参考書を開き、イディオムの暗記を始めた。

******

駄々をこねて親友に品川のアクアパークに連れて行ってもらってきました。
リアル“aquarium”。
……すごい人波だった。。。
あと、クラゲがかわいかったです。

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【2015/08/10 08:25】 | そこは命のあるところ
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