FC2ブログ
秩序のとれた海 例えば君とふたりで
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

しずかにしてくれない、こころ。
たたかいかたがわからない、あたま。
やりたいんです、やりとげたいんです。
でも、どうしてもできない。

それに。
これが正しい船なのか。
途中で櫂を放したくならないのか。
そもそも、どこまで行ったら新しい岸部なのか。
なにもかもわかりません。

朝起きると頭が重くて涙が止まらなくなって
「無理しないで」って言われても無理のやめ方がわからなくて
腕が、足が、身体中が比喩でなく痛いのに
それでもシャーペン握ったり
元素周期表とにらめっこしたり。

だいじょうぶ、ってもう言えない。
もうきっと、だいじょうぶなんかじゃないから。
だけど口はさらりと音声にする。

守りたいだけなのに。
破りたくないだけなのに。
どうしてこんなに難しいの、重いの。

自分で描いたはずなのに。
自分で手を伸ばしてるはずなのに。
あれも、これも
「したいこと」なのか「しなきゃなならないこと」なのか
わからなくなってしまいました。

四つ葉のクローバー。
しあわせの象徴は
摘んだ瞬間から萎れていく。
そのままに、遠くから、「道端にあったから」って
手にしないで《心の支え》で終わらせるべきだったのかな。

すこし休みたいけれど、立ち止まりかたがわかりません。
それに、立ち止まるのも怖いです。
止まったら
心が渋滞になったまま、抜け道のないまま、ガス欠になりそうで。

考えてもいい答えがないのはわかっています。
バカバカしいのもわかっています。
自分が愚かだというのもわかっています。
でも、もう少しだけ、あと少しだけ、「自分はそこまで弱くない」って買いかぶってた。

もう、守れないかもしれません。
ごめんね、育つことのないもの。
わたしが、育てられなかったもの。

手が痛い。足が痛い。身体中が痛くて痛くて仕方ありません。
スポンサーサイト

【2016/02/04 14:19】 | ゆめなかば
|

小太郎さんへ
砂凪
こんにちは。

どうしたらいいのかを一番知っていそうな主治医には「ここで諦めたら、自分の人生を自分で閉ざすことになりますよ」って言われました。
ほんっとーーーーーに、闘うべきか逃げるべきかわかりません。
闘わないといけないから闘うのか、闘いたいから闘うのかもわかりません。

完璧なんかじゃないです。程遠いです。
ただ、もっと強いんじゃなかったっけ?と自分に思うだけです。
休んだら休んだままになってしまいそうで怖いし(苦笑)
ほんとにどうしよう(笑)

まさかの展開!にわたし自身が一番びっくりしています。
いつもお気遣いありがとうございます。


那須の小太郎
(>_<)なんかなぁ~(-_-;)
事情が分からないからなんて声掛けていいのやら(*_*;

完璧な人間なんていないんだから
辛い時には投げ出しても休んでも
自分を責めることはないと思うんだけどな(T_T)。

コメントを閉じる▲
「赦されたい」
人生に残された音声という音声を掻き集めて作ったような声で彼は言った。
ぼんやりと暮れていく夕空を見ていた。茜色のグラデーション。
ほら、夕焼けがきれいだよ、と僕は言った。でも聞こえない。届かない。彼には見えていないから。とりどりのオレンジも、どれもこれも、僕のことも。なにもかもを見ているような眼には、なにも映っていない。

3日ぶりに口をきいた、とほっとした次の瞬間、その呟きの落ちた場所の途方もない救いようのなさに慄然とした。
背中を向けたまま僕は訊ねた。重くならないように、さりげなく聞こえるように、表面だけを撫ぜた形に響くように。

「なにに?」
返答は期待していなかった。さっきの音波でようやく、生きていたのだ、と彼を認識できていたくらいだから。

「……赦してほしい」
会話としては破綻している。けれど、その破綻ぶりが彼の姿を影絵みたいに浮かびあがらせている気がした。影の源が幻のように消えてしまった気がして、僕は振り返る。
ほつれた人影は部屋の隅にいる。薄暗い室内をあざ笑うようにオレンジが綺麗だ。素知らぬ風。
「志生(しお)はなにも悪くないだろ」
何十度目になるかわからない、救いにならない救いの台詞。荒波の中に投げ込まれる穴開きの浮き輪は、たぶん投げたものの自己満足の気休め止まりだ。
「でも、だれもなにも悪くないのに……」
志生も黙った。
だれもなにも悪くないのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
最後まで口にされることのないSOSは、助けてと縋られるよりつらい。

彼の眼がなにも映さなくなったのとたぶん同時に、僕には見えないものが見えるようになった。
例えば、暗室のような心に不安の種がとめどなく広がるさまが、その種が息吹くさまが、青白い植物が宿り木のように禍々しく、宿主を終わらせようとしているさまが。

神様、と僕は茜色のカーテンを握った。でも、なんと続けていいのかわからなかった。
助けて、でもない。どうしたらいいですか、でもない。

志生の様子がおかしいことに気づいたのは、3か月前。ゼミ発表のペアだった彼。調査資料の分析をしている途中、突然、顔を歪めて「怖い」と鉛を吐き出すように言った。ペンを持っていた手で頭を抱えて「怖い」と繰り返した。
最初はひたひたと足元を濡らすだけだった不安の影はいつしか海になり、成す術もなく3か月。
ネットで調べても、本を読んでも、本人が頑として拒むスクールカウンセラーの助言の語るところも、『決して本人から目を離さないように』。両親が海外赴任している志生の傍には、僕のほかにだれもいなかった。

鉛の振り子に揺らぐ毎日、に疲弊している。だれよりもきっと志生自身が。
暗闇に差し込む光さえ、映らなくなった眼をして。五感のすべてを遮断したような世界で、息を続けたものかどうか、毎秒毎秒迷いながら。
時間は残酷だ、と思う。もう取り戻せないものばかりを、手の届かなくなったことばかりを、きれいに照らし出すから。

さらさらと流れつづける救いようのない時間のむこうにはっきりとうつくしく映るのは、聡明で怜悧だった志生と、そんな志生をひそやかに好きだった僕だ。

静かな音楽が流れる寝室。僕がプラスミドと制限酵素、RNAポリメラーゼの話を終えるころに、ようやく志生は睡眠導入剤が効いたのか、眠りについたようだった。
眠っている気配を何度か確認して、そっと寝室を抜け出した。僕が「眼を離すな」ミッションを開始して間もなく、志生が言ったのだ。眠れるまでなにか喋っていて、と。
なるべくこの世に厳然と存在する事実だけを話した。曖昧なものは、志生を不安にさせるから。必死に毎晩考えてみたけれど、この世の『絶対』の少なさときたらどうだろう。この世で絶対と呼べる数少ないもののうちのひとつ、1+1=2、をどこかで疑ってかかっている僕にとっては特に。

ちいさく口ずさんだ。

I wish I could be the one that can save you
I wish I were the one that can fix you
If something that I have could make you feel better
You can take everything from me without saying a word

神様、と僕はまたなにもない天井を見上げた。志生はどうして、どうして―……。
どうして、あんなに苦しいのですか。

「きょうは3限目と4限目だけだから」
光がむなしく溢れる大学の付属図書館で僕は志生に含めるように言う。
「すぐに戻るから、ここで待ってて。どこへ行っちゃダメだよ」
鞄を両胸に抱えるようにして俯いている彼を置き去りにするのは気が引けたけれど、僕には僕の日常がある。毎日は回る。望まなくても朝は来る。勝手に流れて夜になり、また朝が来る。あぁ、これも絶対、か。この眼で見ることは、保証されていないけれど。

自分の分と志生の分。二枚の学生証をパスケースに戻した。志生の学生証を僕が持っていくのは認証式のゲートから彼が出られないようにするためだ。
閉じ込める、本の籠の中に。まだ元気だったころ。無類の本好きだった志生はわらって僕に言った。資料を館内検索しいていたときだ。
「一生ここで暮らせたら、天国だな」
「僕がおもしろいと思うのは、地下にある電動式書架だけだよ。しかもそこの資料が必要になってくるようなややこしい調査はできればごめんだ」
しかめ面をする僕を、わらっていた。でも志生の笑顔はここにない。もう見ることはないのかもしれない。
細く息を吸って、これも何十度目かわからない根拠のない『だいじょうぶ』を心の中で唱えた。
なんとかなる、どうにかできる。まだ、僕は志生を好きでいられるから。

4限が終わって図書館に戻った。夕暮れの光がひとしく館内を照らしている。
「慧(さと)」
エレベーター横の椅子から、志生が僕の名を呼んだ。精一杯の笑顔で歩み寄った。
夕方は随分と痩せた彼の影をフローリングにそっと伸ばしている。
「ごめんな、疲れただろ。帰ろうか」
パスケースから取り出した学生証を受け取った志生は、静かに頷くと、極力地球上に音を立てまいと努力しているかのようにゆっくり立ち上がった。
キャンパスを外れる道をゆっくり歩く。隣の影は、つぎの一歩が奈落に続いていないことを確認するような歩きかたをしている。

僕は、なにをしているのだろう。
苦しんでいるひとにそれでも傍にいてほしいと願うことは、相手の両手両足を縛って生温い願望の海に沈めることと同義だろうか。
いつか、守りたかったはずのものは、守ろうとした祈りのなかで、音もなく朽ちてしまうものだろうか。
僕は、なにをしているのだろう。
志生を失いたくない。それだけ、なのに。
失いたくないのだとまっすぐに告げることもせずに、優しさのかたちをした手で、いったいなにをしているのだろう。
僕は。僕は、神様にはなれない。志生の、神様にはなれない。この手じゃ志生は救えない。

夕空を見上げた。
神様、の次に続けたかった言葉を僕は見つける。
―……お願い、お願いだから、神様、ここにきて。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/05 08:43】 | お題SS。
|
「和葉(かずは)くん」
夕食の席で、渡良瀬さんがニュース番組を漫然と切り替えていた僕に言う。
「なんですか?」
「すまないが、テレビ番組を戻してくれないかい?カズハがさっきのペンギンの特集を見たいと言っていてね」
「あ、いいですよ」

僕はリモコンに手を伸ばし、8チャンネルに番組を戻す。
テレビのなかでは、ペンギンがのんびり散歩を始める。アナウンサーが動物園のペンギンが人気を集めているという。

なにげなく訊ねた。
「カズハさんは……嬉しそうですか?」
自分からカズハのことに触れたのははじめてだ、と思いながら。
「あぁ」
渡良瀬さんはテレビの前のなにもない場所を見て、微笑む。
「子供みたいにテレビの真ん前に座って、笑っているよ」

その眼差しは気持ち悪いとか気味が悪い、というには余りに優しくておだやかで僕はことばを失う。
カズハ、と渡良瀬さんは呼びかける。
渡良瀬さんはカズハだけを見ている。僕には見えない彼女を。
「お前は本当にペンギンが好きだなぁ」
返事はない。
雨が降っていたら、笑い声が聞こえたかもしれないけれど、夕方の雨はさっきあがってしまった。ぼんやりと、僕は彼の横顔を眺める。

この構図を例えればなにになるのだろう、と思う。自分の存在を忘れてゲームに没頭する夫に憤慨する妻、とか。
でも、僕には憤慨する権利も立場もなにもない。
僕はもちろん、渡良瀬さんの妻じゃないし、僕がどれだけそうであればいいのにと望んでも恋人でさえもない。彼のリハビリのための同居人。《こちら側》に彼がいるための最終手段。僕の立場は、それだ。
―……渡良瀬さんは、本人の言によると、死んだ婚約者の幽霊と暮らしている。僕と一緒に。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/06 08:14】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
渡良瀬さんと僕の奇妙な同居生活が始まったのは、彼が僕のフルネームを知ったことに端を発する。
バイト先の喫茶店。文筆家の渡良瀬さんは、そこの常連だった。ここで仕事をすると筆が捗ると言って。
そして、僕は一回り年上の渡良瀬さんに恋をしていた。

その日。彼のほかには女性3人グループが静かに話しているほかにお客さんはおらず、沈黙がざらついた埃のように床に降り積もっていた。

「コーヒーのお代わり、どうぞ」
パソコンに向かって顔をしかめている渡良瀬さんに僕はカップを差し出した。
「マスターの奢りです」
笑いかける。軽く手をあげた渡良瀬さんはカップを手に取ると一口飲んで、あれ?と首をかしげた。
「いつもと、味がすこしちがわないかい?」
僕は首をすくめた。
「……すみません。僕が淹れたんです。マスターが練習させてくれるんですよ」
そのとき、カウンターのむこうからマスターの声が背を叩いた。
「どうですか、渡良瀬さん。和葉には素質がありますか?」

コーヒー通の渡良瀬さんは、質問に答えなかった。

「……かずは?君の名は、かずはというのかい?」
「えぇ、和風の《和》に、葉っぱの《葉》です、それで、和葉」
「苗字は、瀬賀(せが)、だった……よな」
同姓同名?と微かなつぶやきが鼓膜を打つ。え?と首をかしげる。
「君は、瀬賀和葉という名なのかい?」
「えぇ、そうです」
僕が淹れたコーヒーが湯気をあげていた。
「和葉くん」
僕を座ったまま見上げた渡良瀬さんは、しばらく言い淀んでから、言った。眼の奥に不思議な影が宿っていた。
「私と一緒に、暮らしてはくれないだろうか?」

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/07 08:12】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
―……私と一緒に、暮らしてはくれないだろうか。
咄嗟に返事ができなかったのは、あまりに突拍子もない事態に困惑したからだ。
僕は、このひとが好きだ。傍にいられるのであれば、嬉しい。
けれど、この申し出は恋心とか下心とはかけ離れた……どこかとんでもないところからきている。
直感にすぎない。けれど、直感は馬鹿にはできない。
マスターに助けを求めてカウンターを振り返る。気の毒そうな眼差しを、なぜか僕ではなく渡良瀬さんに注いでいた。

「私の婚約者が、セガカズハ、君とおなじ名前なんだよ」
「それは…、そうなんですか」
微かに傷つきながら、そうとしか言いようがない。
「ただ、彼女は死んでしまってね」
「……ご愁傷様です」
どれだけの月日が流れたのかは定かではないけれど、この返答が妥当だろう。いったい、この話はどこに流れているのだろう。

渡良瀬さんはそっと言った。
胸のなかの大事なものを、ほら、と差し出すように。
「それでも、いまでも私は彼女と一緒に暮らしているんだ。だれにも信じてはもらえないけれど」

ことばを耳が受け、ゆっくりと理解する。眩暈がして、テーブルに手をついた。
渡良瀬さんと……それから、カズハと……一緒に暮らし始めるようになって最初のころ、何度も繰り返すことになる動作。

僕の背を押したのはマスターだった。
「渡良瀬さんのためにも」重いため息とともに吐き出される台詞。「君は彼の傍にいてあげてくれ」。
「……どうしてですか?」
「セガカズハさんが亡くなってからね、渡良瀬さんはもう本当に《あちら側》が絡んだ小説ばかり書くんだよ」
「それは、そういうフェーズもあるでしょう?」

「俺は思うんだが」
愛煙家のマスターは煙草に火をつけた。
「《あちら側》にばかり気を取られていると、危ない」
死んでしまう?渡良瀬さんが?セガカズハに引きずられて?
……背が高いわりに、存在感の薄い彼にはありえる話のような気がした。

「君は、もしかしたら渡良瀬さんが《こちら側》にいる最後の理由になれるかもしれない」

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/08 07:41】 | 彼と、僕と、もうひとり
|

ぶれこみさんへ
砂凪
おはようございます。

どうもどうも、お立ち寄りありがとうございます。
そうなんです。結局、ここに逃げてきてしまいました。
この先どうしたらいいのかも、ちゃんと考えなくてはいけないのに、考えることにもう疲れました。

アイディア、褒めていただけて光栄です。
なんか、「ありがち」感漂う…とご指摘されるんじゃないかと怯えておりました。
この先が楽しみ、と仰ってくださって、嬉しいです。
ご期待に負けるかもしれませんが、精一杯がんばります。

小説は小説家が書きながら成長できるもの。
すごい☆かっこいい☆胸に刻んでおきます。
成虫が蛾かもしれませんし蝶かもしれませんが、気味悪がらずに可愛がってやってください。
ちなみにわたし、蝶々も蛾も苦手です。

毎日読んでくださるとのこと。
励みになりますっっ☆頑張ります!

それではでは~~~。


ぶれこみ
 ひさしぶりに立ち寄ってみたら、小説再開されてました。おめでとうございます。ファン待望だろうな。
 今度の話は、のっけから興味を引くアイデアだね。幽霊の奥さんと暮らす小説家。良いじゃないですか。なんか、僕の入院隔離室時代のようだ。統合失調症っぼくみえて、鬼才にもなり得るキャラで、今後のストーリー展開が期待できます。
 保坂和志の小説入門に書いてあったけど、物語と小説とは違って、小説は小説家が書きながら成長できるものでなければならないらしいですよ。さなちゃんも、どんどん書いて脱皮繰り返して美しい成虫になるんだよ、がんばってね。
 また、毎日読んでみるよ。応援します♡

コメントを閉じる▲
喫茶店のバイトをしていた高校時代を終え、無事に地元の大学に合格した僕は、それと時を同じくして渡良瀬さんとの暮らしを始めた。
……厳密には、渡良瀬さんとカズハ、との。
暮らし始める前、渡良瀬さんは僕にカズハの写真を見せてくれた。涼しげな眼もとの綺麗な女性だった。
そして。そのとき、僕はたしかに聞いた気がしたのだ。尚樹(なおき)さん、と渡良瀬さんを呼ぶ、彼女の声を。

「和葉くん」
「はい」
「カズハが、君の写真も見たいと言っている」
口ごもる僕に、慌てたように渡良瀬さんは言った。
「気が進まないなら、もちろんいいんだよ。カズハの我儘なんだから……」
そんなふうに、気を遣えるひとなのだ、渡良瀬さんは。
「いいえ、いま、部屋から持ってきますよ」

渡良瀬さんの家。僕の《自室》としてあてがわれた部屋。そこから、高校の卒業アルバムをリビングに持っていく。
このアルバムのなかの自分自身の写真を、僕は気に入っていないのだけれど。

「懐かしい、と言っているね」
「懐かしい?」
「これ、この君の出身高校、カズハの出身校でもあってね」
「あぁ…」

渡良瀬さんの斜め後ろから、カズハはアルバムを覗きこんでいるのだろうか。
渡良瀬さんの視線がもうページを見終わったのに次のページが捲られなかったり、まだ半分しか眺めていないだろうに次に進んだりする。
ちょっと待って。次を捲って。カズハの声が、聞こえるようだった。

「和葉くん、部活動は?」
「……帰宅部で、それであの喫茶店で働いていました」
「だってさ」
僕には見えないカズハを見つめて、渡良瀬さんは笑う。
「その喫茶店に行ってみたかったー、ってむくれているよ」
カズハのことを僕に実況する彼は、このうえなくしあわせそうだった。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/09 07:31】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
カズハの存在を否定するのは簡単そうで、この上なく難しかった。
雨の日は、カズハの気配が濃くなる。だれもいないキッチンから調子外れのハミングが聞こえたり、シンクを流す音が聞こえたり、リビングの紅茶がいつのまにか半分減っていたり、する。
つまりはあれこれそういうことをすべてひっくるめてしまうと、この渡良瀬さんとの暮らし、プラスアルファの彼女が実存するのだ、と信じるのが一番合理的だった。

渡良瀬さんが好きなものと嫌いなものがわかったことは、同居生活のもたらした思いがけない収穫だった。
好きなもの。白、麻の布、古い本革の鞄、風の音。
嫌いなもの。合成繊維の服、新聞、洋楽。
僕は合成繊維の服を着なくなり、大学受験の小論文のために読んでいた新聞を読まなくなり、英単語を覚えるために聴いていた英詩の楽曲を聴かなくなった。

……その代わり、白い服ばかりを着るようになった。麻の布でできたシャツは着心地がよかった。

季節は巡り、初夏。ふたりで、ではなく……僕と彼ともうひとり、で暮らし始めてから、はじめて台風がやってきた。大雨の、警報が出ていた。
「カズハさん、今夜あたり気配が濃くなりそうですね」
「和葉くん」
渡良瀬さんは申し訳なさそうに言った。
「今夜だけでいいよ、ご実家に戻ってはもらえないだろうか?」
「え?」
「警報が出るくらい雨が強いと……私は、その……カズハに触れられるんだ」

あぁ、と思った。そういうことか。
吸い込んだ空気が、みるみるうちに肺のなかで結晶化していく気がした。なにもことばを発せられなくなる前に、僕は微笑む。

「いいですよ」

電話を入れ、電車で8駅ほどの自宅に戻ったその夜。
眠れずに、渡良瀬さんに抱かれる幽霊の彼女を、カズハを思った。
僕がどれだけ望んでも、手に入れられない立ち位置にいるのに、死んでしまった。不本意だったろう。どれだけの心を残したのだろう。だから、いまでも彼の傍にいて……。

僕のためでなく、カズハのために泣いたのは、その夜だけだった。嫉妬や羨望ではなく、はじめて彼女に、同情を覚えた。

そのころから僕も、すこしおかしくなりかけていたのかもしれない。
報われない恋と、それでも一緒に暮らしているしあわせと、それなのに触れられない苦しさに。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/10 07:25】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
渡良瀬さんとの暮らしは―…カズハというプラスアルファの存在を含めたうえで…―うまくいっていた。
僕は最初から諦めていたし、渡良瀬さんは僕が諦めていることにさえ気がつかない。
カズハは雨の日になると歌をうたい、それが音痴だと僕がわらうと渡良瀬さんは彼女が怒っている、と僕に言う。何度か台風や前線が通るたびに僕は自宅で夜を過ごし、渡良瀬さんはカズハだけと一夜を過ごす。

ライフサイクルは確実にできあがりつつあった。とんでもなくいびつで、この上なく非科学的で、それでもしあわせな暮らし。

シンデレラ城のプロジェクションマッピングが見たい、とカズハが言いだしたのは秋の終わりごろだった。
「カズハさんは、その……幽霊なんだから、入場無料で見放題じゃないんですか?」
「それが、カズハはひとりではこの家から出られないんだよ」
即物的な見解を述べた僕に、渡良瀬さんは言う。
「和葉くんと私の間に挟まっていれば、外に出られるかもしれないと言っているのだけれども」

カズハの願いが実行されたのは、その2週間後の金曜日だった。
渡良瀬さんと僕は、むろん僕には見えないカズハをディズニーランドに連れて行った。
傍目には一体全体僕らがどう映っているのか、園内で気にならないと言ったら嘘になる。カズハに語りかける渡良瀬さんは、微塵もそんなことを気にしていないようだったけれど。

「和葉くん」
「はい」
シンデレラ城を指差して、渡良瀬さんは言った。
「あの、城のなかを冒険するというアトラクションは怖いのかい?」
「いいえ、ちっとも」
僕は笑った。
「全然、怖くなんかないですよ。むしろ、大きな音や演出に驚いて、ちいさな子は泣いちゃったりしていますけど」
「そうか……約一名、顔が引きつっているひとがいるけれどね」
傍らを見て、微笑んで。渡良瀬さんは言った。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/11 07:30】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
顔が引きつっている約一名。カズハのことを言っているのだろう。
でもきっと、彼女はこわがっているのではない。むしろ、積極的に楽しもうとしている。
ここまで思考を巡らせ、静かに驚いた。
僕は、カズハの存在を、そこに思考があることを、いつの間にこんなに自然に受け入れられるようになっていたのだろう。

《こちら側》に渡良瀬さんをとどめておくための僕が、最終手段のはずの僕が、渡良瀬さんと似た世界を見ている。

思えば、幽霊というものはひとの想いが作りだす幻なのだろう。遺した者の、遺された者の感情が作る幻影。
渡良瀬さんを想う僕が、彼の信じるものを壊せるわけがないのだ。
カズハは日々、僕たちの暮らしにより濃い影を落としている。幻を見る目が多ければ、幻そのものが増えるのは道理だ。

カズハが見たいと言った光と音の演出劇をぼんやり眺めながら、僕はそんなことを考えていた。

「ごめんな、和葉くん。忙しいだろうに、カズハの我儘につきあわせてしまって」
帰りの電車内で、渡良瀬さんが言った。この、頭がおかしくなりそうな会話にももうとうに慣れている。いいえ、と僕は笑顔をつくる。
「大学の課題もいまは暇で。どうしてレポートって提出期限が重なるのか本当に不思議なくらいですよ」
「でも、私なんかと一緒に遊園地に行ってもつまらなかったろう」
「あ、そういえばはじめてでしたね」
ふたりで、を飲みこんで僕は言う。
「……暮らし始めてから、こういうふうに出かけるの」
あぁ、と渡良瀬さんは笑う。僕を傷つける笑顔で。
「カズハも、とても喜んでいたよ」
それはよかったです、と僕も笑う。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/12 07:30】 | 彼と、僕と、もうひとり
|

ぶれこみさんへ
砂凪
こんにちは。

自然な流れのお話になっていればいいなぁ…と思います。
順調な展開って、そういうことでいいのかな、と勝手に取ってしまっている次第です。

いや、こんなもんじゃなかったかな?ひと記事だいたい700文字くらい。

……なんだか、リアルに怖そうなお話ですね(-_-;)
わたし、ホラーはどうも、切な怖い系統(朱川湊人さんとか)しかダメです。
先日、生首が出てくる小説を読んだところ、3日くらい怖かったです。

まとまった感想をくださるとのこと、ありがとうございます。

それではではー☆ミ


ぶれこみ
 こんばんは。
 順調にストーリーが展開していますね。
 でも、今回の話は、1記事ずつが短めなような気がして、本調子ではないのかな? と少し心配です。
 幽霊が、人の想いによってできるものかどうかはともかく、ぼくも幻像の女性と山寺の裏でバーベキューをやる話を、前回書いたところです。「仏化の劫火」という話で、文学フリマに出店しました。結果、2冊だけど売れました。アマゾンでもキンドル化しましたが、まだ表紙がついていないし紹介文が少しおかしいところがあるので、早く直さねばなりません。
 こちらのストーリーのほうは、今はまだ何も言わずに、傍観していようかと思います。全部おわったら、まとまった感想書きます。
 では、また。


コメントを閉じる▲
家のなかの雰囲気の、空気の変化に気がついたのは、時は流れ、渡良瀬さんとの暮らしが1年半に及ぼうとしたころだった。
玄関を開けると、ふと懐かしいような記憶を刺激するような……香りというか、匂いがする。首をかしげてなんだろう、と思うとそのにおいは冬の日のため息のように儚く散り消えてしまう。
あえて言うと……酸のような、悪臭に分類されるような、それでも不思議と不快感はない別のにおいを嗅ぐこともあった。
懐かしい、とただ思っていたけれど。

極めつけは真夜中にちいさな声で目が醒めたことだった。
僕が起きた気配でその声は消えてしまったけれど、室内履きをつっかけ、僕は渡良瀬さんの寝室に向かった。
寝室の下からは灯りが漏れていて、彼とカズハが起きていることで僕の疑惑は確信に近いものに変わった。そっとノックをしてドアを細く開く。

「すみません……いま、ひょっとして……」
「あぁ、和葉くん。起こしてしまったかい?」
「いいえ。あの、もしかして……」
渡良瀬さんはこの上なくしあわせそうに微笑んで、言った。
「カズハが赤ん坊を産んだんだよ」
「それは」
完全にことばを失くした僕から簡単に視線を逸らし、渡良瀬さんは傍らのちいさなベビーベッドに柔らかな眼差しを向けた。
渡良瀬さんとカズハの赤ちゃんが眠っているはずの、木製の揺りかご。横顔が父親の顔をしていた。

カズハは生まれた女の子に……赤ん坊は女の子だ、そうだ……みやび、という名をつけた。
みやびはすくすくと育っている、らしい。僕の存在にも気がついている、らしい。
「みやびは私とカズハだけでなく、君の子供でもあるようなものだな」
渡良瀬さんはベビーベッドたる藤の揺りかごを揺らしながら、誇らしげに僕に微笑んだ。

僕には、だれもかれもが愛おしかった。渡良瀬さんはもちろん、カズハも、みやびも。
カズハもみやびも、僕を家族と認識していると渡良瀬さんは言う。
愛は完全に家のなかで完結していた。スノードームのように。だれひとり欠かすことのできない、だれがいなくなっても壊れてしまう、僕たちは絆で確かに結ばれた家族だった。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2016/02/13 07:30】 | 彼と、僕と、もうひとり
|
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。