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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
《(株)アミュー 最高経営責任者 鈴野夏澄》

差しだされた名刺をまじまじと見た。
自分の視線で名刺に穴が開くんじゃないかと思い、慌てて顔をあげると名刺の差し出し主、鈴野夏澄が和晃を見ていた。
鈴野は黒髪をまっすぐ腰まで伸ばした、ふわりとした半袖ワンピース姿の柔らかい印象の美人で、和晃は肩書をまた見てしまう。

結局うまくいかなかったのだとしても、と思う。彼女が高校時代の新崎を知るのであれば、ものすごく複雑なんですけど。
軽やかな笑い声がして何事かと顔を鈴野に向けると、きれいな形の眼を三日月型にしてわらっている。

「みなさん、もうほんとに、まるきりおなじ反応をされるので、わたし可笑しくて……すみません」
「はぁ」
一瞬、間の抜けた返答をした和晃はゆうべの新崎の『CEO?お前が?』という声を思い出していた。同感だ。
「そして、こちらにはどういったご用向きで……」
「こちらで、この村で、弊社のあたらしいスマートフォン向けアプリを作成したいんです」
「……えーっと、アプリとおっしゃいますが」
「見ていただいた方が早いですね」

鈴野はタブレット端末(棺入村役場に導入したい)を起ち上げると、何事か操作し画面をこちらに向けた。
『むしさがし』という木を模したロゴの背景にのどかな田舎の風景が映し出されている。
「未完成の原型ですが、これです」
「これですか」
沈黙。正直、この手のものは苦手だ。

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【2016/08/01 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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「操作してみてください。まだまだ、全然できあがってはいないのですが」
和晃が付属のマウスを画面上で走らせると、急にふきだしが飛び出してきた。
かぶとむし、という太いフォントの下部に『かんぜんへんたいでせいちゅうになるよ。あしにぎざぎざがあるよ』などと虫の特徴(らしきもの)が端的に書かれている。

「へぇ、バーチャルな虫採り遊びといったところですか?」
「はい、都会のこども向けに再来年度にリリース、配信開始しようと、スタッフが現在鋭意開発中です」
「それで……これと棺入村にどういう?」
鈴野は、そこです!というなり常駐室の机をドン、と叩いた。熱血だ、と和晃はやや気圧される。

「必要なのは、きれいな田舎のうつくしい環境なんです!」

鈴野の(熱く)語るところはこうだ。
このアプリ開発が始まってから、正確性と娯楽性の向上のためにフィールドワークが必要なのではないかという話が浮上した。
CEOたる鈴野が故郷の棺入村での現地調査を提案、社員が何度か棺入村を訪れ案が通ったところで村の空き家を利用し、サテライトスタジオを棺入に作りたいという。
動画や虫の鳴き声などを録画録音し、アプリに載せたいとも。

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図らずもポケモンGOみたいな話になっておりますが、管理人はGOしてないです……。
(『みたいな話』というのもあくまでもイメージの問題)
このあいだ遊びにきた妹がおうちで「でたー!」というので「やっつけろー!」と応援したところ、白い眼で見られました。
……倒して遊ぶゲームじゃなくて、集めて育てる平和なゲームなんですね。。。

【2016/08/02 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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サテライトスタジオ、スタッフによる調査。
岡原のばーちゃんの『ここんち、知らねえひとが来てっが、どうなっとるかねぇ?』という先日のことばを思い出し、手を叩きそうになる。ばあさん、ボケたわけじゃないんだな。

「万歩計アプリと連携させていって、あるいた歩数ぶんだけこの架空の田舎町のなかを歩きまわれるっていう設定にする予定なんです。ゆくゆくは鳥バージョンの『とりさがし』も開発しようと考えていて」
「でも、どうして《再生事業推進課》なんです?」
「村長さんとお話させていただきました。これを契機にベンチャー企業の誘致を図っていきたいとのことで、地域活性化担当のこちらの課をご紹介いただきまして」

内心で、『そんちょー…いまさら村おこしとか考えてるのか……』と呟いていると、がらがらと騒がしい音を立てて、常駐している部屋の扉が引き開けられた。引き戸に手をかけているのは。

「こず!?」
「梢さん!?」
「久しぶりだね、カスミ。これ、差し入れだから」
食べやすいようにカットされたすいかがタッパーに入っていた。
鈴野が嬉しそうに、胸元でふわふわと手を振った。
「こずー、元気だった?すいか、一緒に食べようよ」
「俺、まだ牧場で仕事」
「そっかー、残念だね」
完全な、『再会した元同級生の会話』に和晃は呆気にとられた。
つきあって、こじれて、だめになった男女の会話ではないだろう、これ。

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【2016/08/03 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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親しげに交わされる会話のどこにもほころびを見いだすことができない和晃は『このふたり、ほんとにダメになったんだよな』と疑惑の眼差しを(主に新崎に)注いだ。
その視線を受けて新崎が軽やかにわらって、言う。
「カスミ、そいつならちゃらいって思ってるかもしれないけど」
「いや、全然?ぜんっぜん、そんな失礼な眼では見ていません」
「あ、そうなの?でも、一応言っておくけど、そいつ、俺の彼氏だから」

鈴野がぎょっとしたように和晃を見た。
逃げたい。脱走したい。「じゃあなー」と言い残して帰っていく新崎と一緒に、新崎の牧場へとんずらしたい。
願いは儚く、だしゃんと閉まった扉に断ち切られる。

「……すいか、食べましょう?」
耳が痛くなるような沈黙に先に負けたのは、驚いたことに鈴野だった。
「あー……、はい」

牽制の仕方ならほかにあるだろう。とがっくりしつつ爪楊枝ですいかを口に運ぶ。
鈴野はしゃっと音を立てる勢いで、肘をついて行儀わるくすいかを食べている和晃に向き直った。

「それでですね、サテライトスタジオの建設許可は出たのですが、どこも似たような空き家ですよね?《再生事業推進室》なら適切な物件をご案内いただけるかと思いまして」
先程の驚愕の眼差しが嘘みたいに、何事もなかったように話を進める鈴野。
オンオフの切り替えが秒単位でできるらしい。仕事モードとそうでないときがちがいすぎる新崎に似ているな、とちらっと思った。

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【2016/08/04 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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鈴野夏澄を助手席に乗せて棺入村の村道を行く。
窓にへばりつくようにして外を見ている鈴野は視線は窓の外のまま「韮野さんは、昆虫にはお詳しいですか?」とたずねてくる。
「まぁ、そこそこ。昔は虫捕り小僧でしたからね」と言うと、わらった。
「わたしはクラスの女の子たちとふつうにこっくりさんとかゴム飛びとかしてましたねー」という台詞に、『本当にあった怖い話』と『日本むかしばなし』を同時に聞いているような気持ちになった。

女子が威張り散らしていた小学校の古い教室の香りをひさしぶりに思い出す。

「詳細は、協力者の昆虫学の教授にデータを送ったり助言を仰いだりするんですけど、さすがにどこにどういう虫がいる、とかは地元の方のほうがご存知ですよね」
一軒の古民家の前に車を停める。
「ここはだれも買い手がつかなくて、村が買い上げた……まぁ、見ての通りの建物です」

鈴野は引くかもしれないと危惧したが、「あらー」とかなんとか小声で呟き、地主だった者が建てた広いことは広いけれども、相当な廃屋である建物に歩み寄った。
「いいですね」
「……あ、え?」
一軒目でよもや決定?と呆気にとられる和晃をよそに、鈴野は家のなかを覗きこんだ。

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【2016/08/05 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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このままあがっていいですか?と訊かれ手で促す。
彼女はヒールのある細いミュールを履いたまま、元・縁側に飛び乗り、危なげない足取りでそこここで床が抜け落ちている元・茶の間を歩く。
あちこち見上げたり、柱を叩いたりしてから、にこにこして「いいですね」ともう一度言う。
両腕を広げてその場でぐるぐる回った。ワンピースが花のように広がる。器用だ。

「梁なんかもしっかりしていますし、床と壁を張り替えて雨漏りを塞げば住めますね。それで、茶の間と台所をぶち抜いてからガラスのパーティションで区切って、スタジオにできます」

スマホを取り出し、スタジオ候補の撮影をするのかと思いきや、和晃に向かい「すこし電話させてくださいね」という。

「もしもし、あゆか?うん、わたし。変わってないわー…実家があったほう。うん、いいと思う。いまサテライトスタジオの候補物件も見つけたし、ここをリノベーションして、そうだなぁ、スタッフ5人くらいに募集かけて仕事しましょ。うん、わたしもこっちを拠点にするつもり」

ものすごい勢いで、というかぱっと見の独断でさばさばと物事を決めていくあたり、ものすごく行き当たりばったり気味だけど大丈夫かな、と一抹の不安を覚える自分はもしかしたら冒険の許されない役場の仕事にすっかり染まっているのかもしれない、と和晃は思った。

「韮野さーん!」
電話を終えたらしいロングヘアに呼ばれ何事かと顔をあげると、そっと手のひらに包むようにゴマダラカミキリを乗せていた。
昆虫の名を教えると、素直に感心する。昆虫女子って世の中にどのくらいいるんだろう。

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【2016/08/06 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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「カスミは性格変わったのか、それが素なのかわからんな。そんなてきぱきしたしゃきっていうタイプじゃなかったのに」
「カスミ、ちゃんと最高経営責任者やってた?」と訊ねられたので、きょうの様子をかいつまんで話すと、新崎が縁側でごろごろしながら言った。
「大学で上京したらしいし、都会はひとを変える」と感慨深げに続けるので軒に転がっている頭を軽く蹴るまねをした。
「梢さん、まさか、まだ鈴野さんが好き……はないよな」
確認のために口にしてみただけだったのだが、帰ってきたのは意外なことばだった。

「恋愛感情はないよ。そりゃあ、ある意味での『特別』ではあるけど」
「なんだそりゃ」
「うん、いろいろあったけど……いろいろあったんだよね。一緒に青春時代を過ごした知り合いって、すごく少ないから」

その『時代』に和晃はもちろん、いない。
新崎と鈴野がそれぞれその時代に乗り越えてきたものの重さも推し測るしかできない。
新崎の口調からして、『いろいろ』がなんなのかを話す気はないということもわかる。

鈴野がやってくる前日にぐらついた地盤がさらに頼りないもののように思えた。

「俺、梢さんのこと、ぜんぶは知らない」
ぽつりとこぼれた弱音はあまりに愚かでこどもじみていて、惨めになった。
わかっているのに。頭ではわかっているのに。新崎にちゃんとことばで好きだと伝えられているのに。

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【2016/08/07 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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お互いが出かたを窺ったためにしばらく途切れたことばは、新崎の妙に明るい「そりゃそうでしょ」という台詞で繋がった。

「ひとりの人間のこと全部知って、それでも好きだってのはありえない。嫌なところも見せたくないものもあるのに、そこに踏み入られてその相手がそれでも好き、っていうのもありえない」

笑顔で、やわらかく、目の前で扉が閉じられる。やんわりと拒まれる。
堂々巡りになるとわかっているのに、ことばは口からこぼれた。

「知りたいなーって思うのが人情でも?」
「そうだねぇ」
「俺がもし、梢さんになにか隠したり知られたくないと思ったりしていたとしても?」
扉を閉めるのが自分でも?記憶や感情の攻防が逆転しても?
「それはニラさんの陣地だから。守りたいなら守ればいいんだ」
いっそ潔いほどの新崎の台詞に、諦めている、と思った。
なにを、というのはうまく指摘できない気がしたので黙っていた。

転がっている新崎のとなりに座ると、手が伸びてきてわしゃわしゃと風呂上がりの髪をかき混ぜた。
「心配しなくても、俺が好きなのはニラさんだから」
「うん、知ってる」
それなのに。
それなのに、どうしてこんなにさびしいんだろう。

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【2016/08/08 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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リノベーション工事はわずか1カ月で終了した。
水回りからガス・電気まで配線をすべてとっかえたことを考慮すれば、驚愕の速さだ。

「見違えるようですね。というか、見違えます」
古民家にふしぎとなじんでいるガラスのパーティションを見上げる和晃のことばに、鈴野は嬉しそうにわらった。
「あしたには、こちらで働かせていただくスタッフも一緒に、改めてご挨拶に伺うと思います。よろしくお願いします」
「その、スタッフの方々なんですが、お住まいの提供だけでなんの歓迎もできずに」

いーえー、と髪を風になびかせながら、鈴野はひらひら手を振った。
「こっちで仕事したい!という者が多くて、社内選抜しなきゃいけないくらいでしたよー」
「こんな限界集落ぎりぎりの村で?」
「単なる田舎への憧れじゃなくて、アプリへの思い入れの深さでしょうね」

機材を運び入れる業者に「お疲れ様ですー」と声をかけながら、役場の車両に戻った。
「韮野さん」
「はい」
「こずと、うまくやっています?」
長い髪の先を弄る細い指を眺めながら、もう開き直るしかないと観念して正直に「ええ」と言った。

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【2016/08/09 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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助手席で「よかった」と柔らかく微笑んだ彼女は静かに語った。
「彼といると、わたしはときどき怖かった。好かれているいないのレベルじゃなくて、なんだろう……恋愛というものの実験としてスライスされて顕微鏡で観察されているみたいで。全部見透かしたみたいな眼で、見られているみたいで」
「えぇ!?」

それは和晃の知っている新崎じゃない。
整った横顔に「梢さんは、他者をそんなふうに扱うひとではないです」と思わず反駁していた。
鈴野の笑みが深くなり、「よかったねー、こず」と小さな声が呟いた。その声の温かさは、鈴野のなかで新崎への想いがもう終わっていることを告げていた。

「高校時代の彼は、だれのこともなんのことも、信じていませんでした。自分のことも。あのころ起きたいろいろなことが本当の意味で大丈夫になって、こずもちゃんと立ち直って……別れるときに、こず、初めて誠意をみせてくれたんです。どうして、わたしと付き合ったのか。どうして、別れるのか。ちゃんと話してくれました」

「それなのに、わたしは自暴自棄になって責めて、いらない傷を自分だけでなく、こずに負わせてしまった」
ちらりと左手首を見ると、そこだけ白い痕が見えた。
「あのことで本当につらかったのは、彼だったのに」

湿っぽい話はやめ!とわらう彼女は、わたしがはじめたんですけどねー、と言う眼差しは、昔を『昔』にできたものだけが持つ強さを持っていた。

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【2016/08/10 07:30】 | 天国からいちばん遠い村
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