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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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《1998年7月》

「……そして、地球からは、地上に溢れた水のせいで生きものがいなくなりました」
語り終えた小学4年生の弟に、加科ちぐさは「あづみのその暗い終末思想はどこから来るのかな、まだ小学生のくせに」と言った。
「だいたいさ、ノストラダムスとかまじでなに考えてんの?って感じだよ。この世が終わるってわかってもさ、だったらお前が黙って死ねよって感じ」
「ちぐさは、来年の夏がこわい?」
「俺さー、今年大学受験じゃん?受かっても、たったの3か月しか通えない可能性がなきにしもあらずってのがさー、こわくはないけどむなしいね」

ちぐさは足でテレビのリモコンを器用に操作し、『終末預言の真偽はいかほど』的なバラエティーを消した。

「だから、勉強しないの?」
「あづみ、お前かーちゃんとおなじこと言うな。まだ小学生のくせに」

あづみは兄を指差して「おい、高校生、小学生なめんな」と言った。
わらった兄は小学生の頭を撫ぜて、頑固で無邪気な弟の、幼い眼に視線を合わせる。
「あづみの予想通りになったらな、俺、お前だけは助かるようにボートを作ってやる」
「そのボートにちぐさも乗る?」
「俺は」
透明な眼差しから眼を逸らし、ことばを切った。
「なに?」
ちぐさは「なんでもないよ」とわらった。
「それよりお前、シャワー浴びてこい。夏休みに入ってから外遊びばっかりで、お前毎日汗臭いから」
はいはい、と返事をする。
「あーちゃん、設定温度気をつけてね」と母親の声が飛んだ。

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【2016/10/01 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
|
いつだって、わたしを責めるのはわたしなのです。
「これでいい」と思おう思おうとして、お願いだからもうなにも思わないで……というのに、頭も心も「本当にそれでいいの?」と言うのです。
これでいいわけないじゃん。もっと憧れたかたちがあったじゃん。知ってるよ、自分のことだから。
だけど、いまは、これで、それでいいと信じさせてほしいのです。
ただ、信じていたくて。

とても、とても疲れます。
憧れることも、それに手が届かないことを知るのも、それでも見上げてしまうのも。
それを繰り返すのです。
DVDの再生みたいに、おなじことを何度もリピートしてしまう。
いいかげん、うんざりしています。それなのに。

根底に自己否定があるから、マイナス評価からはじまる自分をどう頑張ってもプラスにもっていけない。

「これでいい」が思考停止でもいい。
もう、とうに「これ以上」は望んでいない。
どうせ、所詮手に入らない夢見ていたものたち。

秋はきらいです。
余計なことばかりを、考えてしまうから。

【2016/10/01 09:04】 | つぶやきサボり。
|
ちーちゃん、あんた勉強しなさいよー!という母親の声。「たったいま、あづみにも言われたよー…」と返す兄。

あづみは思う。
大丈夫。たとえ水に沈んでもきっとちっともこわくない。みんな一緒なら。わらって暮らすのだ、たとえば天国で。父親と、母親と、ちぐさと、何度か一緒に遊んでくれたちぐさの彼女のまどかちゃんと、自分。世界にはその5人がいれば充分だ。ちぐさの作る天国の筏のうえで、みんなたのしく生きていこう。

『行水』と母親に揶揄される入浴の時間、あづみはぬるい湯の水面に手を滑らせた。
兄が作る筏はこんなふうに走るだろうか。照明の光に、水飛沫がきらきらと煌く。
適当に髪と身体を洗い浴室を出る。帰って来ていた父親にわしゃわしゃ頭を撫ぜられた。

「おい、坊主。きょうも元気に遊んだかー?」

頷く。宿題と自由研究はいつも父親と母親が(最後にはなんだかんだと)手伝ってくれるため、心苦しくならない程度に手をつけるだけで、あとは外をかけずり回る日々だ。順調に日焼けしている。
「あーちゃん、ちゃんとお部屋の窓は開けて寝るのよー」という母親におやすみを言ってあづみは自室のタオルケットに潜った。
夢が、やがて訪れる。

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【2016/10/02 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
|
「ボートには太陽光発電で動くエンジンがついているんだ」
「どうして?」
「全部が沈んだら、石油がないだろ。だから太陽の光で進めるように」
あづみの手を掴んで、駅までの道を歩きながらちぐさは語る。
水で終わる世界を描く弟のために作るボートの話を。何度もせがまれる架空の物語を、繰り返して。

ちらっと時計を見やって「まずい」と言った。
「あづみ、急げ。まどかとの約束に遅れる」
遅れる、と聞くなり手を振り払って走り出そうとした弟のTシャツの襟首を掴んで、引き戻す。目の前の信号は赤。
「お前、信号守らないからさ、ちゃんと目の届くとこにいろよ」

駅前通りの道を陽炎に包まれながら歩く。
あづみは夢想する。一年後にはこの町が水底にあるのだ。
ちぐさが作った筏から、ときどき商店街を魚が泳ぐのが見えるかもしれない。
それはとてもこわくてすてきなことのように思えて、「楽しみだね」と急ぎ足の兄に言う。

「お前、なんだかんだ言って人見知りのくせに、まどかには懐いているよなー…」

『楽しみだね』が、これからの待ち合わせのことをさしているのだ、と勘違いしたちぐさは見当外れの返答をする。
「そうじゃなくて、ちぐさの筏に乗って暮らすのが」
あづみが言うと、ちぐさはちいさくわらった。「俺、責任重大じゃんよ」笑みを含んだ声は夏の風に溶けた。
「ちぐさ」
「なんだよ」
「家族みんなでいこうね。そうしたら、ずっとなにもこわくないよ」
「……そうだなぁ」
あづみは辿り着いた駅前広場で人待ち顔をしているまどかに、大きく手を振った。

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【2016/10/03 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
|
《1998年10月》

「友達が言うんだけど、宇宙人とか隕石とか、幼稚だよね」
あづみは顔をしかめて兄を見上げ「世界は大雨で滅びるのに」と肩をすくめた。
ちぐさは物理の参考書に眼を落したまま、弟のことばに同調する。

「そもそも、お前の友達は隕石がなにかとか、わかってないくせにな」
「……隕石は、石でしょう?」
「ちがうよ。流星の燃え残りのことだよ。流れ星のかけらだな」
「ふうん、物知り……」

あづみはときどき不安になる。ちぐさがたくさんのことを知っていることが。
でも、と自分に言い聞かせる。ちぐさ程度には物知りでないと、やってくる終焉の水に対抗する船は作れっこないんだ。

「物知りじゃねえよ。おとなの望む『こども』をやめかけると、いろんなことをいやでも知らないといけないの」

呟くように言ったちぐさがなんだか暗い表情をしていたので、あづみも悲しくなった。
「ちぐさは、もう『こども』じゃないの?」
「早く『おとな』になりたい、と思わなくなった時点で、人間ってやつは大人なんだよ」
ちぐさの言うことは、ときどきよくわからない。
……という顔を、あづみがしていたのだろう、ちぐさが微笑んだ。

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【2016/10/04 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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「お前は、いつのまにか『おとな』になっても『こども』でいろよ」
「……うん」
「ずっと、この先を見ていたいと思えるような気持ちでいれば『おとな』になんてならないんだから」
あづみは会話を反芻する。
ちぐさは……もう『この先を見ていたい』とは思っていないのだろうか。
ちぐさが作る舟はだれのためのものなのだろう。もしかしたら、ちぐさは終焉の水に沈んでしまうかもしれない。
「大学、受かるといいね」
話題を変えるためだけに、あづみは兄にわらいかけた。
「おーう、任せとけ」と言った兄の合格祝いのために、あづみは毎月の小遣いから500円ずつを貯めている。

「ちぐさー」
しゃらしゃらとシャープペンシルを走らせている横顔が「なんだよ」という。
「ちぐさには将来の夢、ってある?」とあづみが訊ねると、リズミカルで心地よい筆記用具の音がやんだ。先程の陰のある表情とは打って変わった明るい笑顔で言う。
「お前を乗せるボートを作ることだな」
「将来、近っ!」
「だってその後は、全部が水に沈むんだろ。俺、美術館の学芸員になりたかったけど、どうもお前の論だと無理っぽいからなー」

そっかぁ、と頷いたあづみはしあわせだった。だれも、これ以上、あづみから離れていかない。完全な世界がここにある。

あづみがこわいのは、最近、担任の野部先生が急に口にするようになった「あなたたちの未来」とか「将来の夢」だった。
ノストラダムスが終わらせてくれなければ、絶対にやってくるもの。『未来』と『将来』。
いま、きれいに完結しているあづみの世界はきっと形を変えてしまうだろう。
あづみの大切なひとが、そこにいてくれる世界。
たとえ水浸しでも、きっとあづみはそこを愛せる。

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【2016/10/05 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《1998年12月31日》

「はじまりました、世界最後のゆく年くる年!」
テレビを見ている両親には聞こえないように、あづみの耳元でちぐさが囁いた。
あづみはうん、と頷いて画面を見ていたけれど、うつらうつらとしてしまう。紅白歌合戦の賑やかさとこの番組の静謐さのギャップに、いつもあづみはついていけない。正直なところ、つまらない。

「……あづみ、あーづーみ、見ておけって。最後だぞ」
「眠い」
「お前、途中のニュースのときにお夜寝したじゃん」
「ねむーい」

ちぐさは肩を震わせると母親に「あづみが眠いって」とわらった。
母親は「初詣で外に出れば眼がさめるわよ、あーちゃんも」と言いながら、あづみのコートを持ってきた。とたん、ばちんと眼が醒めた。

大晦日の夜は『なんだかものすごく特別』だ。いつもは6時に家に帰っていないと叱られるのに、真っ暗な中を歩いて15分のちいさな神社まで行くのだ。
あづみは、除夜の鐘の音がきらいではない。見上げる星までも、鐘の音にちいさく震えているような気がした。

「ちぐさ」
隣を歩く兄に呼び掛けた。
「なんだよ」
「大雨が降ったあとの夜も暗いのかな」あづみが空を見上げながら言うと、「いーや」という返事が返ってきた。
ちぐさがわらいながら言う「大雨が降ったあとは、水面にも星があるから……いまの明るさの2倍は明るい」。
「大雨って?」母親の声がした。「なんでもないよ」ちぐさが、空を見上げながら言った。

あづみは、兄のジャンパーの裾をぎゅうっと握った。
いま、ちぐさが見上げている空。そこから降り続ける雨に呑まれて、あづみたち家族を残し、あと7カ月で世界は終わる。
ちいさな世界をひとつきり残して。

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【2016/10/06 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《1999年2月》

そこそこ名の通った大学に合格を決めたちぐさの合格祝いは、近所の《ちょっと普段は行かない高級っぽい料亭》に行くことになった。
あづみもきちんとした身なりをしなさいと言われ、一番のお気に入りのセーターとズボンに着替えると母親は顔をしかめた。

「あーちゃん、そのボロボロの服でご飯を食べに行くの?」
「だって、『きちんとし』ているでしょう?これ」
「あなたのお気に入りってだけねー……」

ちぐさが声を出さずに爆笑している。
結局、あづみはブレザーの《きちんとした身なり》に着替えさせられ、「あーちゃん、こぼさないでね」と5分に一度は母親に指摘されつつ、もじもじと居心地悪く食事を終えた。

ちぐさは幼いころから食べ方がきれいだ、あづみはいい加減だ、といつも母親は言う。
あづみに言わせると、なんでも食べられるあづみとはちがい、ちぐさには好き嫌いが少しある。高校生(もう大学生?)のくせに。

大学受験の終わったちぐさは、あづみの落書き帳にボートの設計図を描いてくれた。
ちぐさの腕に額をくっつけるようにして、あづみはスケッチを眺める。

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【2016/10/07 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
|
こんにちは。砂凪です。
完全に更新が停滞していてすみません。
こればっかりはなんと言い訳してみようもありませんが、言い訳させてください。。。

毎日更新ができなくなったころから。
なにもかもがつらくなってしまいました。
なにをやっていても、仄暗い気持ちが晴れないんです。

えーと、やんわり伝える表現が見当たらないのでどまんなか表現を選んで、言うと。
たまに、ときどき、しょっちゅう、人生が水の中にある檻みたいに思えることがあります。
望んだわけでもない、それなのに放り込まれた檻。
手を伸ばして柵に触れればつめたい。
『外』に差し込む陽射しの温度は、なんの計らいかここまでは届かない。
みんなは『外』にいて、いくら柵越しに手を伸ばしてSOSを叫んでも、こちらの声もむこうまでは届かない。
SOSを叫ぶたび、ぼこぼこ酸素が零れて、どんどん息苦しくなってしまう。

気が遠くなります。
どこまで続けるの、そもそも終わりが見えない。
どうやったらもう少しマシになることができるのか考えていたけど。
もがくことに疲れた自分に少しだけほっとするくらい、もうわたしはいびつで。

頭が痛いです。
なにもかもがぼんやりと薄い膜のむこうにあって。
ちゃんと目を凝らしてみようとすると、ぎりぎりと頭が痛みます。

そんなときに思うんです。
「あー…、わたし、まちがっちゃったんだな」って。
どこから、かも。なにを、かも。わからないのですが、とにかく『いるべき場所じゃないところ』にいる。
それはわかるのですが、もう自分を取り巻く環境を変えようとする気力も体力も残っていません。

これじゃ、まるで身の程知らずな溺れたカナヅチ。

わたしがわたしで申し訳ないです。
喜ぶべき、は。
世界が10進法で進んでいること。
もう順繰り3回、10数えるところまで生きて。
目隠しをして、ゼロになるのなら、ちょうどいいじゃない。

どうやったら、檻は壊れてくれるんだろう。

【2016/10/17 12:20】 | つぶやきサボり。
|

るるさんへ
砂凪
るるさん、こんにちは。

じわん、と、しました。
ありがとうございます。
きょうは、少しなにか書いてみようかな…という気分に久しぶりになりました。

冬が来るこの季節は苦手なので、乗り切ったらまた笑えていますように。

小太郎さんへ
砂凪
こんにちは、小太郎さん。

焦っているのにどこかだるくて、思うように動けないんですよね。
いろいろ身辺の変化もあって憂鬱。
いらいらするのに、どこに向けていいのかわからない…という悪循環です(涙)

60進法…一瞬『そうだっけ?』とぽかんとしたわたしを笑ってやってください。
時間はそうだったよ……(笑)

自分を追い込んだところから「なにくそ、えーい!」って頑張れるときもあるんですけどねー。
このエントリのときよりは元気になったのでご安心ください。
コメント、ありがとうございました。


るる
あなたは、あなたのままで良い。
そのままの、あなたで良いのです。
あなたは、ただ一人しかいないのです。

ゆっくり休んで、元気になって帰ってきて下さい。


那須の小太郎
こんにちは(´・ω・`)

多分に砂凪ちゃんは思い詰めすぎでしょう(T_T)
焦りの募る歳頃だと思います(-_-;)

世界は60進法でもありますよ(。・_・。)
自分を追い詰めずに居てほしいです(;_;

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SSです。
ひさしぶりにものを書きました。

◇ ◇ ◇

【空の色】

水たまりを見て、空の色を知る。
いつも僕はそんな感じだ、と瀬田有(ゆう)は思う。
俯いた有の足元で、きょうは空が晴れている。未明に降った雨はとうに上がり、児童公園の金木犀がくらくらと眩い香りを放っている。
ひとり暮らしのアパートの玄関の鍵をていねいに閉めて振り返ると、恋人は「晴れたー!」と全力で喜んでいた。
「ここんとこ、ずっと雨やら曇りやらだったから、植物レベルでうれしい」
「……植物」
「そうそう、光合成できるぜ!みたいな」
有はすこしわらって、晴れた日を最後にうれしいと思ったのはいつだったっけ、と考えた。答えは、大学入試の合格掲示の日に晴れていたな、と引きだされる。歩きがてら振り返ると、てんてんと錆びついた階段に水滴が並んでいた。

植物みたいに健やかな恋人は、晴れの日をうれしいという。
有は、静かな雨がそぼ降るような天気を好む。
たぶん、とちいさく笑顔を作った。このひとの持っている、残酷なまでの健やかさに惹かれたんだな。
そして。静かな雨に似た自分にどうして気付いてもらえたのかな、といつもどおりふしぎに思った。

「有のおかげで前期の成績がすごく改善されてさ、母ちゃんが不気味がってる」
「そんなに1年次の成績がひどかったんだ……」
「言ってくれるな」
キャンパスまでの道を、足はもう自然に辿っていく。隣を歩くひとは、全科目の教科書を大学のロッカーに詰め込んでいる。曰く、「お前みたいにさ、その日の教科書や図書館で借りた資料を鞄にぎゅうぎゅうに詰めて歩くのは野暮」で、彼は青いブックバンドで最低限の資料を小粋に束ね、キャンパスを闊歩する。
「きょう、一限なに?」
「一般科目の、社会学」
「俺、ゼミ見学で研究棟。東と西に泣き別れかー。きょうはさびしい一日だよ」
「おおげさな……」

口数が少なく、それに比例するように存在感が希薄な有に軽口を叩いてくる稀有な存在だった元・友人、が、現・恋人、になった経緯は『空気感のなんかじゃね?』(彼語りき)によるものだ。空気感、の意味するところが有にはいまだにわからない。
でも、晴れた日が好きな彼を好ましく思うし、彼に「好きだ」と言われ、求められることは素直に喜ばしい。
水たまりでは、秋の陽光を受けた水面がひらひらと光を躍らせている。

昼休みに学食で落ち合った恋人は珍しく翳りのある表情をしていた。
「なんか、やなことあった?」
有の会話アビリティーではこの程度の質問しかできない、ことを知っている彼は「んー」とゆらゆらと顔の影を滲ませた。
「ゼミ見行くっつったじゃん」
「うん」
「でも、俺に岸ゼミ向いてるかなーって思うと微妙で」
「なんで」
「先輩の研究、すげえ細かいの。俺にあんなちまちましたことができんのかな、って若干の不安がだな、あるわけですよ」
とんとん、と箸先で白身魚のフライが載っていた皿を叩く。
「そっか」
箸の動きを眺めながら、有は励ましたらいいのか慰めたらいいのか途方に暮れてしまう。安易な「大丈夫」は有の最も嫌いとするところだ。
「……やってみないとわかんないけどな」
何も言えない。とんとん、をやめて軽い口調に戻った恋人の不安や懸念が消えていないことを知っているのに。
もっと喋り上手だったら、なにか言えるのに。
でも、喋るのが得意だったら、きっと見つけてはもらえなかった。

数日後。深夜、雨の音で目が覚めた。
細く開けられた窓から、雨音が流れ込んでくる。傍らで眠っていたはずの恋人の名を呼ぶ。
「どうかした?」
「んーん、ちょっと眠れなくてな」
おくるみの要領で器用に裸に毛布を纏ったまま戻ってきた彼は、これまた器用に布団に潜り込んできた。そのまま、素肌をたぐられる。一瞬、抗おうとした手は、相手の手のつめたさに気付いて動きが止まる。ぐるっと背中に回された手のひらは、けれどそれ以上の行為に及ぼうとはせずに、あやすように背を叩いた。
「ゆう」
なに、と訊ねると頬に額が触れた。
「俺、有とこうしてるのが一番好き」
それはどうも、としか言いようのないことばに黙っていると含み笑いが聞こえた。
「するのも好きだけど、こうやって有に触りながらあったかいなーって思うの」
「ほんとに、どうしたの?」
「だから、傍にいろよってこと」
一瞬間をおいて「はい」というと、「ありがとうございます」と生真面目に返ってきてたじろぐ。
「俺さ、いま、有のこと好きになったことに気付いた次に、怖い」
「……え?」
「望むものが、これでいいのかどうかわからないのが一番苦手で。ゼミのこと、悩んじゃって」
同性に好きだと言われたとき。有は少なからずとも混乱し、相手のほうの苦悩や葛藤まで慮れなかった、ようだ。
「僕は、見つけてもらえてうれしかった」
「うん」
「だから、やってみないとわかんないと、思う」
「ありがと」
肩に移動した額は、ややあって静かに眠りに落ちる。ぼんやりと豆球を見上げていた有も呼吸を聞きながらあわあわと目を閉じた。

淡い意識のなかで、思う。
手を引こう。どんなに拙くとも。このひとに、迷いがあるときは、自分のぜんぶを使って。
苦手な「大丈夫」を言おう、抱きしめよう。
水たまりから見える、空の色を伝えよう。

あした、晴れているといいな。
ひさしぶりに、やわらかな願いが心に満ちていく。

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【2016/10/28 11:08】 | お題SS。
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