FC2ブログ
秩序のとれた海 例えば君とふたりで
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【てのひらのお城】

シンデレラ城がほんものの城ではない、と知ったのは浅木葵衣(あさぎ・あおい)が5歳の春だった。
地元の観光名所…世界遺産でもある…の城の名をあげ、
「ぼく、あのおしろのほうがすき」
と、葵衣が迷子にならぬように息子を胸に抱えていた父親に告げた。
「あおは、ばかだなぁ」
と、父親は言った。
「あれは、ほんものの城じゃないんだぞ」

葵衣は幼いなりの頭で考えた。
どうして、『すき』に本物か否かが重要視されるんだろう。
きれいなものを、きれいだと、『すき』だと言ってはいけないのだろうか……それが、たとえニセモノでも、贋作でも、まがい物でも。
それをことばにして伝えきれるほどに葵衣の言語はまだ発達しておらず、5歳児は許される感情表現として、身をよじって泣いた。
あの日の夕焼け色の城はきれいだった。
だれが、それを否定しようとも。

それから、10年後の春。
葵衣は自分のなかに本物なのか偽物なのか判然としないものが存在しうることを知る。

伊瀬由芽(いせ・ゆめ)が葵衣の胸に絡まってほどけない糸のような存在になったのは、入学式直後の席順で彼が葵衣の後ろ席についた瞬間だった。
「あさぎくん、」
ぎこちない、『あさぎくん』と読み上げるための教科書をごく不器用に読み上げるような声に、葵衣は振り返った。
「って、文系理系どっち?」
名を呼ぶはいいものの、その後の話題に困ったのだろう。この場合、『猫派犬派』とか『目玉焼きにはソースか醤油か』とか、二択質問は何でもよかったに違いない、と葵衣は後々思うことになる。
「……理系だけど」
不愛想な、平坦な声になったのは、由芽のこちらをじっと見るまなざしに半ば気圧されたからだった。
「物理ってむずかしい?」
「伊瀬くんは、文系?」
質問に質問を返したのは、その教科がかなりの割合で『個人の持ちうるポテンシャル』に左右されるものだと、シンデレラ城が偽物だと教えた父親に聞かされていたからだった(ちなみに葵衣の理系ポジションは父親譲りだ)
伊瀬由芽は、恥ずかしそうに「うん」とわらった。
初春の、淡い日差しが由芽の髪に揺れていた。
ごくごくあっけない、一目惚れだった。

「あおい」
肩を軽く揺さぶられ、世界が一枚ひらく。由芽の部屋だった。
「ごめん、でも俺バイトの時間だから、行かなきゃ」
「……なつかしい夢、みてた」
茫洋とした頭のまま葵衣が言うと、由芽が「なつかしい?」と首をかしげた。
「うん、高校の、入学式のあとの、オリエンテーションが始まる前の、時間の夢」
ピンポイントだねぇ、という彼は全身鏡のまえで身なりを整えている。
「俺、あのとき由芽をすきになったから」
由芽は困ったようにこちらを見ると、「臆面もないなぁ」と恥ずかしそうにわらった。夢で見た、4年前の笑顔と重なる。
ベッドから身を起こした葵衣は、シャツを頭からかぶる。

由芽を手に入れたいとまだ願っている。
抱きしめても、キスをしても、なんど抱いても。どうやったらこのひとを手に入れられるのだろう、と考えている。
どうすれば、手のひらのなかにあると言い切れるのだろう、と。
そして、自分は独占欲と支配欲を、恋や愛にすりかえているのではないか、と時に思う。だれかおしえて、と思う。
自分は由芽にただしいことをしているのか、どうか。

先のない付き合いだということは割り切って、『その先』を見ないようにしながらそばにいる。
もしも、由芽が異性だったら紙切れや宝石でつなぎとめて、『手に入れ』ることができるのかもしれない。
自分の気持ちでいちばん大事なひとの未来を踏みにじっているのではないか、想いかたを大幅に踏み誤っているのではないか、本当に由芽を思うのなら「もういいんだ」と告げるべきではないのか。

だって、由芽は、葵衣をいちばんにしてはいないのだから。

「葵衣?」
数時間まえ、背中に縋り、切なげに自分の名を呼んでいた声がふっと心に影をつくった。
「どうしたの、暗い顔して」
なんでもない、というと反動をつけて立ち上がった。
由芽のアパートの最寄り駅に向かって、ふたり連れ立って歩く。
「夏休み、どこに行こうな」
横にいるひとは、そっと造りものの暖かさを差し出してくる。あたたかい。だから、葵衣はそこから動けない。
「どこでもいいよ、由芽がいっしょなら」
触れる肩がかすかに揺れて、笑いを伝えてくる。

シンデレラ城だけは、由芽とともに見るまい、と葵衣は思う。

見せかけだけの愛でいい。
造りものでできたぬくもりでいい。
手のひらにある、と時々錯覚さえ、させてくれれば。
本物だけを『きれい』と言うべきなのだ、というこの世の法則に、もともと葵衣はいないのだから。シンデレラ城をきれいだと泣いたときから。

まがい物だと知っていて、なお、うつくしい。
それが本物に劣る、という定理はどこにある。
だって、だれしも、夢の国にいるときには、あのお城が偽物だなんて気にもかけないじゃないか。
葵衣は由芽の手を取った。


******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

【2017/02/01 11:25】 | お題SS。
|
※前SSのジ・アザーサイドです。

【まぼろし】

葵衣、という字面がきれいに見えた。だから、呼びかけた「あさぎくん、」の発声はおどおどと宙をさまよった。
無視されるかもしれない、と思ったのは由芽の臆病だ。受けつづけてきた静かな拒絶。
案に相違し、呼ばれた背中は振り返った。だから慌てて「って、文系理系、どっち?」と心底どうでもいい疑問を投げた。
びっくりした。こんなふうに、他者にわらいかけられるなんて。
しげしげと顔を見てしまったのだろう。相手は若干たじろいだようだった。

それが、由芽の記憶だ。
「あさぎくん、」はのちに、この瞬間に由芽に恋をしたと語る。

葵衣の好意にじょうずに応じられない。
由芽だって、葵衣を厭うているわけでは決してないのに。傷つけたり、悲しませたり、突き放したりしたくない。
きっと、愛せだってするだろう。由芽の、脳だか心だかの肝要な部分が壊れさえしていなければ。
その理由を由芽は葵衣に話せない。
まぼろしでいてほしい、と言えない。まぼろしなら、手放す時も傷まないから、と。

たったひとり、由芽が傷つけた、近しくて大切だったひと。

じゅんくん、と呼んでいた。本名は淳だったかもしれないし、潤一だったかもしれない。
それを記憶できないほど、遠いむかし。
さらさらと砂場に照りつける白い日差しが暑かった。手のひらで汗をぬぐいながら、お城をつくっていた。ふっと、バケツやスコップに囲まれたふたりの上に黒い影が差した。
そこからの記憶は、実に途切れ途切れだ。
じゅんくんの悲鳴、ぎらりと光ったなにか、叫び声、ひとの倒れる音、救急車のサイレン。
母親に、抱きしめられながら、言われた。
「由芽のせいじゃないの。だから、忘れてしまいなさい」
それは、由芽にとって『忘れるな』という呪いと同義だった。
刺されるのは、自分でもよかったのだ。もう、両親に会えないのも、幼稚園に行けないのも。
大事な近しいひとに遺されてこんなに痛いのに、痛いと言えない。だって傷められたのはじゅんくんだから。

日差しの季節が巡るたび、忘れるな、と突き刺さる記憶。追憶。
葵衣に話せば、困らせるだけだ。
そばにいるのに寂しがらせていることは、わかっているのに。
記憶は4歳で立ち止まったまま、進みも戻りもしない。

まぼろしのように、大事なひとは笑う。
「由芽がいっしょなら、どこだっていいよ」
こんなにも、許されているのに。

もうすぐ、日差しの季節がくる。
大切なひとがいる。せめて、一緒に記憶をつくろう。由芽にとって、それが更新されない記憶だとしても。
心のなかのいちばん大事な機能が、壊れたままでも。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2017/02/02 07:30】 | お題SS。
|
【よるのとなりですれちがう】

いつからそこにいるの、とよく訊かれる。
どうしてそこにいるの、とはたまに訊かれる。
たとえば、身体中にたくさんの眼のついた女の子に、のたりのたりと廊下を這っている男に、上半身だけで器用に歩いている(果たして彼女は『歩いて』いるのだろうか)女に。
夏埜(かの)にもわからない。むしろ教えてほしい。自分がいつからここにいるのかを。
『見える』姿を失い、『生きて』いたころにはおそらく『見え』なかっただろう仲間たちに問うてみたい。
どうして、東京近郊のマンション3階廊下に佇んだまま、動けないのか。
(ちなみに自分のいる場所について、夏埜がなんとか知っているのはそれだけだ)

夏埜の両足(だったもの)がべたりと貼り付いているのは、マンションの非常階段の踊り場ちかくだ。
だから、流れ落ちる空や息吹く窓の明かりを眺められる。
もし、そうでなかったなら、夏埜は退屈のあまりもういちど死んでいたにちがいない。もういちど、のその先になにが待っているのかはわからないけれど。
夏埜の無聊をなぐさめてくれるものはもうひとつある。
夕陽がなだれくるような宵の色に呑まれる頃合い。背後にその足音が聞こえれば、夏埜の身体はわずかに動かすことができるようになる。
3階の住人だろう、背後の廊下をゆっくりと歩く、ダークブルーのコートを羽織った足音の持ち主を夏埜はぼんやりと眺める。夏埜と(おそらくは)そう年代の変わらない男性。いつも彼は夏埜のいるあたりで漫然と足を止め、近視のひとが遠くを見るときのように目を眇める。
「……かの」
そして、夏埜の名を呼ぶのだ。心底、いとおしそうに。まるで、夏埜がそこにいるのを知っているかのように。
―……俺はいるよ、ここに。こんなに、すぐそばに。
彼はだれなのだろう。どうして、こんなふうに夏埜の名を呼ぶのだろう。
そして。
どうして、彼の声を聞くと後悔にちかいような気持ちになるのだろう。恋しいのでもなく、切ないのでもなく、ただただ心を埋めるタールのような黒い後悔。
「かの、ごめん、かんにんなぁ……」
夏埜にしか聞こえないボリュームの声で彼も呟くので、おなじタールをダークブルーのコートも抱えているのだと知る。
なにがあって、なにがなくて、なにを得て、なにを失って。
なんとなく夏埜にわかるのは、自分が生きていたころには『ふたり』だったのかもしれない、ということだ。

その日。雪が気分屋に舞っていた。目を射るような白とは真逆の黒をまとった彼は、ちいさなおひさま色の花束を抱えていた。
―……あ、ひまわり。
夏埜の脳裡にわずかになにかが蘇りかけて、消えた。
「かの、七年、経ったな」
なにから?
「ごめんな、俺、結局なにもできなくて」
なにに?
「かんにんなぁ……」
『もういいよ』
かくれんぼのおしまいの言葉。は、かってに夏埜の口からこぼれた。
うなだれたコートの背中がしゃんと伸びる。
「かの?いるのか?」

いつのまにか、複眼の少女が廊下の向こうでわらっていた。赤い半袖のTシャツ。
夏埜にむけて言う。
―……そう、あなた、いくのね。

そう、かくれんぼはおしまい。いかなくちゃ。

夏埜は名を呼んだ。何度となく呼んだ、いとしい名前。
『さよなら』
ありがとう、をひとつ遺して、いくよ。
サンキュ、そして、こんどこそ、バイバイ。
また、生まれてくるから。こんども、あなたに寄り添える生きものになって。

そして。
さよなら、
こんなにそばにいたのに、夜の隣ですれ違い続けた七年間。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村




いつか、ちゃんとこれを長編にしたいなぁ、と思っております。

【2017/02/03 07:30】 | お題SS。
|

Pearswordさんへ
砂凪
こんにちはー☆
コメント、ありがとうございます。
また、久しぶりに足を運んでくださって、うれしいです。

あはは…。
さいきんは、なぜか『生きたり死んだり』にキョーミがあって、そんなのばっかり書きそうな予感です。
文章力あるのなら、いいんです、けど……。
ことしの七夕には短冊に『文章力』って書こうかな(気が早いにもほどが、)

むむうー、文学フリマたのしそうです。
が、先立つものがないので(たぶん『楽しいことにはお金がかかる』のでしょうから)わたしはちまちま、ここで書こうかな。
趣味で書くのがいちばん楽しいです、わたしにとっては。
プロを目指すぜ!とか思ったら、しんどくて死んでしまうでしょう。

がんばる…うん、まぁ多少なりともがんばって、皆さまに足を運んでいただけるサイトを細々続けていきたいです。

また遊びにきてください。門扉はいつでも全開ですので!

お久しぶりです。
Pearsword
久しぶりに砂凪ちゃんの小説を読みました。これは、BLではないのですか? 砂凪ちゃんは、文章力あるので、普通に純文学を書けると思うのですが、いつまでたっても何一つ受賞出来ない僕が言っても、説得力がないですね。
僕も、なかなか受賞出来なくて、思うようになりませんが、文学フリマに出て楽しんでます。受賞も出来ないのに楽しんでいたら、プロにはならないかもしれませんが、現実はなかなか厳しいです。
今後も、頑張って書き続けて下さい。また、そのうち遊びに来ます。


コメントを閉じる▲
その朝、携帯の着信音に叩き起こされるまで見ていた夢を明治は思い出せない。そもそも、深い眠りから突然ぱちっと目が覚める体質なので、夢をみていなかった可能性もある。とにかく、エスカレーティングトーンに設定している『新世界より』が最大音量になるまでスマホを放置し、折れたのは明治だった(電池が切れることを期待したのだが)。
発信元は孝弘だった。時刻は7時半。ちなみに休日たる土曜日、つまりはきょう、は8時に起きるのが習慣だ。
『……メイちゃん、出動だ』
「えー…」
寝ぼけて半生の頭で応答する。ふわふわと宙を漂っているかのような思考はそれでも恋人の異変をとらえた。
「ていうか、お前、声変じゃね?」
『だから、出動だ。来るときに買ってきてほしいものリストはあとでメールするから』
「えー、面倒くさい、寒い、いきたくない」
『まはるが、』
「まはるちゃんが!?そりゃたいへんだ!」
『なんの呪文だよ』

早朝から開店しているスーパーの持ち重りする袋を携え、孝弘のマンションのドアを開けた。中身はポカリスエット2リットル2本、ウィダーイン6パック、熱さまシート大箱、カロリーメイト。かくも病人見舞いは大層だ。
「メーーーイちゃーーーーん!」
部屋の奥から突撃攻勢をかましてきたまはるを、額を押しやって止める。
「まはるちゃん、熱あるんだろ。寝てなきゃだめだよ」
「やだ!メイちゃんきたもん。あそべるもん」

電話越しに孝弘の語るはこうだ。
孝弘姉一家がインフルでダウン、唯一無事だったまはるを孝弘が預かる運びに。
しかし、『無事』は『潜伏期間』に過ぎず、きのうからまはるともども孝弘まで高熱、たすけてくれ。

ガスマスクを装着したい気分だったが、ドラッグストアでいちばん高価なマスクを購入するにとどめ(お値段が張るほうが効果がありそうだったので)それを二重にかけた。
「メイちゃん効果は絶大だなぁ……」
まはるを落ち着かせようと四苦八苦していると、いつのまにか廊下によりかかるように恋人が立っていた。
「さっきまで腹が痛いって泣いていたのに」
スーパーの袋を足元に置くと、明治は腰までの身丈の幼児の頭を撫ぜた。
「そうかそうか、かわいそうになぁ、まはるちゃん」
「俺はどーなる!」
「お前も、まぁ、災難だな」
「軽っ!」
病人ふたりを屋内に押し込み、玄関を施錠し、これからはじまる混沌としたいちにちに想いを馳せた。

まはるはすぐに布団から這い出そうとするので、枕もとでできる遊びの類(腹這いの姿勢でお絵かきに1時間半没頭できるのは幼児の謎だ)をするしかない。隣に寝そべってときどき、その向こうのベッドでこちらは深刻にだるそうな恋人の様子も見つつ、5時間あまりが経過した。ひとつだけ言える。心から言える。この部屋のなかで、いまいちばん大変なのは間違いなく俺だ。

まはるがうとうとと瞼をふにゃふにゃさせはじめた。これ幸いと布団を叩く。
口から歌がこぼれた。ゆりかごのうた。
懐かしい、と笑みもこぼれる。明治が熱を出すと、母親は家事の合間合間にこの歌をうたってくれた。
ベッドの主も眠っているようだ。まったりとした時間が流れていく。
明治は次々にうたう。木村弓の『いのちの名前』を皮切りに、ゆったりとした曲調の歌をえらぶ。
バンプの『花の名』にさしかかったあたりで、爆睡しているまはるのむこうで恋人が身じろいだ。

「起きたか、めし、つくるか?」
「いらない。うたってて」
意味を理解するのに数秒かかった。
「……聞いてたのか!?」
まどろみのなかで孝弘はかすかに笑った。うなずく。幼いこどものようなしぐさと表情。
が。
「変人!いや、変態!」
「なんで」
「いや、ふつーに恥ずかしいから!」
「なんで、『恥ずかしい』ならほかにたくさんしてるだろ」
「知るかよ!もう一生お前のまえではうたわないからな!」
ちいさく息を吐いて、孝弘は言った。
「しんどいときに、だれかがうたっててくれるって、いいもんだな。どこに重心があるのかわからない、雲の上を歩くみたいで」
「……懐かしい感じ?」
先刻までの羞恥に裏付けられた怒りを忘れて、問いかける。
恋人はかすかに、首を振った。
「懐かしくはないよ。俺、具合のわるい時に、だれかにうたってもらったことなんてなかったから」
なにも言えなくなった。なにを言っても傷つけてしまいそうだった。
その代わり、もういちど、『いのちの名前』をちいさな声でうたいだした。孝弘は眼を閉じる。

「メイちゃん、ばいばい、またあそぼうね」
まはるがこちらを見上げてにこにこしている。熱はだいぶ下がり、反比例してテンションが上がっている。
「ありがとな、明治」
マスク2枚の下から恋人になにか言いたかったが、まだ、なにを言っていいのかわからない。
このひとは、と思う。このひとは、こどものころ熱を出したとき、だれにそばにいてもらっていたのだろう。
しらなくていい。
わからなくてもいい。
これからは、こいつがノロウィルスや、新型インフルエンザや、エボラ出血熱に苦しむようなことがあれば、そばにいてやろう。俺が。
どんな歌でもいい、うたっていよう。

冬の夕暮れが背中を押す。
本日3回目の『いのちの名前』をうたいながら、恋人の部屋を辞した。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2017/02/04 07:30】 | まはるシリーズ
|
【鍵がえし】

闇のなかに死者の気配を感じるようになったのは、いつからだろう。
夜、たとえば喉が渇いて目が覚める。だれかがいた気配がある。感覚を研ぎ澄ますまでもなく『彼』だとわかる。
夕方、たとえば早めに仕事を切り上げる。帰宅すれば、陽炎のようにコーンポタージュのにおいがする。『彼』が得意だった。
こわい、とはふしぎに思わなかった。
ただ、どうして今更、と思う。忘れかけていることも忘れそうないまになって、気配だけで。
思い出させるな。ゆっくりゆっくり、砂がこぼれるのを見るように、やっと薄れかけているのに。

「どうした?」
恋人が怪訝そうに、僕の顔をのぞきこんだ。
はじめて彼を自分の部屋にあげたその日、部屋には僕にしか感知しえない気配が行き場をなくして漂っていた。
いっしょにわらって夕飯を摂り、抱き合い、交わる。
気配との記憶と現在の感覚が入り混じって、軽い吐き気がした。
「俺、帰ったほうがいいか?疲れてるんだろ、顔が真っ青だ」
首を振って、しぐさで室内に促す。恋人は戸惑ったような足取りで1DKの部屋に足を踏み入れた。軽い深呼吸を繰り返し、彼のあとにつづく。

キッチンのテーブルをみて、胸が凍った。
銀に、鈍く光を跳ね返す。
鍵。
そうだ、『彼』に渡したきり、どこにもなかった。見当たらなかった。
金属を凝視したまま固まっている僕に「どうした?」と再度声がかけられた。

どうしていま。
どうしてこのタイミングで。
これはないだろう。
こんなのは、ないだろう。
いま、「忘れていいよ」だなんて。

鍵をつかんだ。黙って恋人に差し出した。
恋人がわらう。僕の大好きな笑顔。腕のなかにすっぽりと僕は収まる。
生きているものの音が二重に重なるのを聞きながら、心のなかだけで『彼』に呼びかける。
戻れないドアなら、もう二度と開かないドアなら、あたらしい扉を。いかなくちゃ。それでいいんだろ。背中を、押してくれたんだろ。

さようなら。
記憶が薄れていくのを、もう寂しがったりはしないから。
だから、「ありがとう」じゃ追いつかないほど、伝わらないほど大好きだったと。
ちゃんと自分の幸福を許すから。また、しあわせになるから。
だから、またね。足りないけれど、ありがとう。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2017/02/05 07:30】 | お題SS。
|
【幽霊のなまえ】

名前を与えられれば、消えることができる。
それが、この幽霊屋敷のルールらしい。『らしい』というのは、このルールが伝聞の伝聞の伝聞、というもはや伝説なのではないかというレベルの信憑性だから(『信憑』ということばも、いかにも幽霊っぽい)。俺の知る限り、この屋敷から消えたやつはいない。なにに縛られて、なにを遺して、なにが恨めしいのか、みなとどまっている。
「そろそろ、つぎに行きたいなぁ」
隣で、ぼやぼやと魂の幻を光らせている恋人がいう。
「このお屋敷にもずいぶん長いしなぁ……」
俺よりだいたい5年先輩だ。ということは、呆れるほどの時間を、ここで過ごしてきたのだろう。
「『あの世』ですか……俺は実在しないと思ってましたけど」
「長いことこのままでいると、魂が摩耗するから『あの世』へも行けなくなるしな」
顔を見あわせる。ため息が漏れた。

「お前、自分がこうなるってわかってた?」
先輩が寄り添って座る俺の髪をわしゃわしゃかき混ぜながら言った。屋敷の回廊には埃が時間を可視化したみたいに降り積もっている。
「……『視えるひと』だったから、なんとなくは」
生きていたなら、あの埃をぶわーってやって遊ぶのにな、と思いながら俺は答える。舞い上がった埃は時間を遡るだろうか。俺が生きていたころまで。
鶏と卵だな、と思ってとりとめのない思考を中断する。幽霊になってから、諦めがよくなった。
「そうか」
「先輩は『視えないひと』だったんですか?」
「うん。だから、いるんだ!って割とまじでびっくりした」
「そうですか」
先輩が、長い髪の女の子(むろんこいつも幽霊)に手を振る。俺もそれに倣った。
「まぁ、お前がいるならここにいるのも悪かないわな」

外は吹雪だ。珍しい。かなりの雪が積もり、屋敷は格好の自然発生的な探検アトラクションになっている。
先輩と俺が吹き抜けの玄関でつぎからつぎから降ってくる白い空のかけらを眺めていると、不意に背後の玄関扉がぎーっと、開いた。
雪にまみれたこどもが持った懐中電灯が2本、サーチライトよろしく屋敷の闇を切り裂く。ふたりいる。両方とも小学生男子。赤いコートと黒いコート。
思考が断絶的になり、起きていることが、理解できなかった。先輩も隣で固まって、手だけが俺の手をぎゅっと握った。
「……逃げたほうがよくないですか?」
「立場が逆じゃねえか?」
小声でやり取りしていると、赤いほうが、俺をまっすぐとらえた。こいつには『視える』のか。赤いのが、訊ねてくる。
「おに?」
「……は?」
「おにはそと。の、おに?」
「……ちがうわ!人間だっての」
人間であったことに、『否』の烙印を捺された気分で反駁すると少年はわらった。
「おなまえは?」
『視』なれているから、怖気づかないのはわかるが。
「ねーよ」
「じゃあ、『ふゆ』でいい?」
「名前?」
「そう」
あっけらかんと、にっこりと、赤いコートの口が動いた。ザ・名前、『ふゆ』。
消えられる!と思った。『あの世』へ逝ける。お屋敷生活ともサヨナラだ。しかし。
「俺のほかに、もうひとりいない?」
訊ねると、首を横に振った。「ひとりじゃないの、ふゆ?」とさえ言う。ほかの幽霊はいっさい『視え』ないと。

青いコートのほうは、懐中電灯をぶんぶん振り回し、屋敷の奥へ奥へあるいていったのか、姿がみえない。

「お別れだなー、『ふゆ』」
先輩が言う。「いやですよ」と泣きそうになった。
穏やかに、ここにきてからの記憶が巡る。走馬灯って、これだろうか。
堆積する埃と時間のなかに、先輩ひとりを置いては逝けない。
でも、だけど、それなのに。
消えかけている。意識も、存在も、このひとと一緒にいたいという願いも。

「また、生まれてくるから。ごめんなさい、先に逝きます」
最後の声は、先輩にきこえただろうか。

―……随分と、こわい思いをしたのね。
―……もう、だいじょうぶ。
―……おかえりなさい。

あたたかい。『あの世』だ。
光に抱きしめられた俺は、ふゆ。
先輩が最後に呼んだ俺の名が、消えませんように。
ほかにもたくさんの祈りたいことはあったけれど、俺は屋敷から遠のいて、逝く。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村




いつのまにか、過去作にたくさん拍手をいただいていて感謝至極です……(*^(∞)^*)

【2017/02/06 07:30】 | お題SS。
|
【星々ディスタンス】

僕たちは『仰げば尊し』をうたわない世代だ。
なぜだかはわからないけれど『大地讃頌』を、卒業式でうたう。嫌いではないけれど、やっぱりなぜかはわからない。
全3回の全校練習が終わって、椅子を教室に運び戻しながら哲孝が僕の隣で言う。
「受験受験で、歌練習どころじゃないからじゃないか?」
「まあねー…」
「なに?『仰げば』をうたいたかったの?」
「そうじゃなくて。きのう、母さんに平成っ子をばかにされたからね」
哲孝がかろかろとわらった。

難関大学への進学が学校推薦で決まった僕はもう呑気なもので、図書館から借りた本を部屋でゆっくり読んでいる。
スマホがぽよぽよ、とメッセージの着信を告げた。ひと段落するまで放置して、パラグラフのあいだにさしかかったところで糸しおりを挟み、電子機器を手にする。
哲孝から。
どこだろう、痛むのは。春にはもう、離れてしまう感傷か。告げるはずも、はじまることもなく終わる恋の悲しさか。
『赤本まじつらい』
ちょっとわらった。なんだよ、ひとの気も知らないで。がんばれ、とスタンプだけで応援する。
ふたたび、本の世界へと。宙で足がたたらを踏んでいるような、ふわふわ心許ない物語。
行き場もない想いに似ている。

いつか僕が死んだら、哲孝をすきだった僕の気持ちは、だれが憶えているのだろう。
土に還ったら、土壌に染み込んで地球いっぱいにひろがるのだろうか。
どこかで、哲孝はそれを知るだろうか。たとえば、雨が降って髪が濡れたときなんかに。

いくつかのまいにちを繰り返した午後、哲孝から『サクラサクサク北海道!』とメッセージが届いた。『おーめーでーとー』と返す。『センキュー』と投げ返される。みえないキャッチボール。
獣医師になるために北海道の私立大を受験した彼と、東京を離れずに(たぶん)公務員志望で生きていく僕と。
「まぁ、人生は無難第一だよな」
ひとりごちる。この世は万事、事なきをよくする。
『空港まで迎えにこいよ。久しぶりにあそぼー』
『ほいな』
命令とお誘いのメッセージに本を机の上に重ねて、ジャケットを羽織り、家を出た。

先ほどまで読んでいた本に書かれていた。
銀河系は延々と膨張をつづけ、星々はものすごい勢いで引き離されていると。時間が流れるとは、そういうことだ。距離は変わり続ける。
ひとだって、きっとそうなのだろう。近くにいることだけがしあわせじゃない。遠くても、離れても、変わらず変えずつづけていく。
途切れたり、途絶えたりしないのならそれでいいし、生きる道と道が交差したなら、どんなに頼りない糸でも切れてしまうことはないのだろう。
賛美されるのはそばにいることだけじゃない。離れても、両手できらりと光らせることができるもの。

叶わない恋を抱えて、僕の銀河はひろがる。
何度でもきっと、いくらでも、たぶん。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2017/02/07 07:30】 | お題SS。
|
【糸つなぎ】

僕はどうにも玉結びと玉止めができない。
小学校の家庭科で運針の授業を受けたとき、配られた手ぬぐいをさいごまで縫えなかったのは僕だけだった。いや、縫うには縫えた。玉止めをするために引いた糸があれあれと抜け、呆然とする僕の手には布と糸にばらけた『雑巾』が残った。家庭科の先生は「小野瀬くん、玉結びがじょうずにできていなかったのね」と青い糸の一端を手にしていった。屈辱と赤恥の記憶だ(むろん、その頃はそんなことばをしらないけれど)。

人生ぜんぶ、僕にはなんだかそんな感じなのだ。
人間関係にかぎって言えば、完全にこの事象に一致する。最後の一歩を踏みだしたつもりが最初がそもそも成り立っていなかったり、引っ張ったらするするとほどけ残るのはただの糸だったり。
齢17にして断言できる……この世に、赤い糸は、存在しない。
僕の左胸から伸びている(はずの)糸は、手繰り寄せて期待した挙句に、きっと何の前触れもなくぶつり、と途切れているのだろう。

と、滔々と人生観を語ってみせた相手に、先刻僕は告白された。
相手はあっけにとられている。無理もない。恋を告げて、その相手からほの暗い厭世観を聞かされたのだから。実に気の毒だ。
しかし、気の毒なのは僕もイコール。目の前でぽかんとしているのがついさっきまで友人だった(はずの)男子なのだから。
「……で?」
ようやく相手が放った濁音に、「だからさ」と言いかけた僕を遮って、きゅうきゅうと上靴の底で床を擦りながらことばがつづいた。
「やっぱ、俺、むり?」
「べつに、お前だからむりってわけじゃなく、僕の人生ぜんたいを見直してみるとお互いのためにもやめといたほうがいいと思う」
断った、つもりだ。しかし、相手は爆笑した。あまつさえ「やべーな、お前おもしろすぎる……」と言われる。
「おもしろくは、ないと思うよ」
遠慮しいしい見解を述べる。齢17年、僕は自分を『つまらない人間』だとジャッジしている。
相手は「んーん?」と半笑いでいうと、くらりと真顔になる。
「お前の糸がどこにつながっていても、どこにもつながらなくても、片側がまだ空いているのなら俺のと結んでほしい」
「はぁ」
「ほどけたら、途切れたら、何度でも結びなおすから。ちなみに俺、運針得意だし」
「まぁ」
「ということで、ひとつよろしく」
てきぱきと述べると、相手は軽やかに屋上へとつづく風防室から階下へ降りる階段を駆け下りていった。
軽やかな口笛の音をききながら、頼りない吹き流しのようにぶつりと途切れた先で風に煽られているだけだった自分の糸が、だれかの手に掴まれたのを感じていた。ひどく安心する感覚で、息をひとつ、ついた。
乱射する光が風防室を満たしている。

ひとりのまいにちの、おわりだった。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2017/02/09 07:30】 | お題SS。
|
【みずうみの雪】

―……たとえばね、雪になれたら君の待つみずうみの底でうたって生きて

まばたく街灯が息をひそめるなかに、雪が舞う。
よわい黄色の輪の中にふたりで並んで、そのさまを眺めていた。
まるい光に飛び込んでは、ふわふわと地面に影を落とし、やがて影とおなじ場所にばさりと落ちる。
「おかえり」
思わず地面にむかって僕がつぶやくと、彼がわらった。
「……おかえり、はお前だよ」
「……そうだね」
夜行列車に揺られて、ふるさとの村に帰ってきた。列車だけじゃない、バスに随分ながいこと乗っていたので、軽い車酔いだ。
深夜。村はそれがこの世の決まりであるかのように寝静まっている。都会であるならば、ネオンやイルミネーションがまだまだこれから、ひとびとから活気をあつめ、そのちからで輝き、尚ひとを呼ぶ。そんな時間だ。
「ここは、しずかでいいねぇ」
「じいさんみてーなこと言う」
「ほんとうのことだもの」
「朋(ほう)」
名を呼ばれて顔を上げると、旧友は微笑んでいた。
「朋、あいかわらず、きれいだよ」
「変態みたいなこと言う」
「ほんとうのことだろ」
愛おしげなまなざしから目をそらした。

大学進学とともに上京、そのまま就職して3年。
なんど目を覚ましても、どれだけ瞼を開けても、ほの暗く悲しい朝を迎えるようになった。
理由もないのに突然涙がとまらなくなって、リフレッシュブースに逃げ込むことが増えた。
ぱさぱさと口の中で味をなくしていく日々、その無味のにがみ。
ふつうのまいにちさえ、僕を脅かした。
『帰ってくれば?』
だれかに、背中を押してほしかったのだろう。彼のそのひと言に縋って、ふるさとの雪を踏んでいる。

「どうしよっか」
「え?」
「これから、お前、どうしような」
『どうするの』ではないことばに、ひどく救われる。無言で伝えてくる。お前は、ひとりじゃない。
「……むこうと、似たような仕事をさがすよ」
「うん」
もしも。もしも僕のこたえが、『口利きして』とか『養って』とか(まぁ後者はないけど)だったとしても、彼は同じトーンで同じ返事をくれただろう。だから、大ぶれにぶれている、絶望要素しかない『仕事をさがすよ』がすこし輪郭をもった。

彼にすきだ、と言われたのは上京する直前。
びっくりして首を横に振って、傷ついた顔をみた。しかたないとはいえ、僕も悲しかった。傷つく義理は、僕にはないのに。
けれど。
彼は僕の傷をみて手を差し伸べてくれた。手ひどく悲しませたのに、もう僕にはその記憶しかないのに。
そこにすこしも下心やいやらしさがないのは、旧知の間柄だからわかりすぎるほどわかる。
『どうしよっか、僕』
さきほどの、問いかけ以上にこたえが出ない。
無傷で帰ってきているのなら、こんなに難しくはないだろうに。
へんに僕が疲れてしまったから、僕も彼も、彼の気持ちをどうしていいかわからない。

ちぎれそうな悲しみを、どうかいっときでいい、雪が隠して消してくれますように。

まごまごと母親が待っているだろう実家にむかおうとボストンバッグを揺らすと、彼の手が伸びてきて僕の肩から荷物を奪った。
「重いだろ。顔色もわるいし」
「え、あ、うわー…ごめん、ありがとう……」
光のなかで、振り返ってわらった彼の肩に、雪がうっすら積もっていた。

―……たとえばね、雪になれたら君の待つみずうみの底でうたって生きて

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

【2017/02/10 07:30】 | お題SS。
|
【連理の星】

―……億光年、距離があるのがうそのよな並びがあると星酔いの君は

天文学部の最大にして唯一の全員参加イベントは夏休みも終盤の『星合宿』。
「まー内容は、ふつうに天体観測会だな」
プリントをひらひらさせながら、部長が言った。
「プラネタリウムを貸してもらって、光学望遠鏡を使わせていただく」
顕微鏡で世界を覗こうとしているような君が、隣でちいさく歓声をあげた。「あれですか、なんですか、ばか高い望遠鏡ですか」と真顔で部長にいう。ので、慌てて僕は「『額面が高い』じゃなくて『光』に『学ぶ』のほう!」と小声でたしなめた。並べたプリントに『光学』と書いてみせると、「げ」と言って肩をすくめる。
幽霊部員どころか、怨霊部員みたいな君のことを、それでも誰も厭わない。
天文学部唯一、惑星と衛星と恒星との区別をしらない君を。

「夏の大三角形をまずみつける自信がないな」
帰り道にゆらりと影をかえしながら、君は自信ありげに言う。ないものあります。
「あー……」
大胆不敵な予測発表に僕は息を吐き出した。
「プラネタリウムで予習しておこうかな、一緒にきて、解説員の説明の説明をしてくれ」
「はいはい、仰せの通りに」
理解能力はわるくない。ただ記憶力に問題があるのか、そもそも記憶しようとしないのか。
君は、とてもふしぎなひとだ。

緑地公園に隣接するまぼろしの星をみせる施設は、おととし大幅リニューアルされた。
それまでは、小学生の遠足くらいしか用途のなかったものが、いまでは大人がたのしみに通うほどのみごとな設備を備えている。
受付で貸し出しの双眼鏡を受け取って、中段の席に陣取る。君は双眼鏡を目に当てて「ピントが合わない、これどうすればいいの」とまるで小学生だ。
僕がピントを合わせた自分のほうを渡すと、君は「サンクス、お前のそういうとこ大好きだ」とわらって、いままで覗いていたほうをこちらに渡す。入れ替わった双眼鏡は、お互いの体温をゆらしただろうか。
まもなく上演がはじまり、僕は同時通訳よろしく、ちいさな声の君にだけきこえるトーンで『説明の説明』をする。小一時間えんえん星の通訳をしていた僕は、室内がゆっくり明るくなるころにはぐったり疲れていた。
「覚えた?」
君は悪びれずに答える。
「覚えたよ、俺には大三角形はみつけられないという事実を」
疲労が徒労に終わったことを知り、ぐったりは乗算される。

「そもそもさー、俺はお前のいる部活に入りたかっただけなんだよね」
緑地公園でサンドイッチをほおばりながら、君は言う。
「天文学ってなにがおもしろいの?星なんて、月があればもう充分だけどな」
遥かなる銀河以下、太陽系さえすべて否定してみせる発言に理論は通用しないのだろう。たとえば、月は地球の衛星だとか。それでも、考えた。
「時間も距離もとおく離れたものが、同時にみえるのが、僕にはふしぎでこわくて、心魅かれる……かな」
つながりあうはずもないものが、自分の網膜の上で鮮やかにとなりあう。その魔法にすっかり夢中になったのは、中学校にあがるまえだ。
「同時にみえてりゃ、時間も距離もどうでもよくね?」
「でも」
僕が言い募ると、めずらしい反応に君がまばたきした。
「いまみえてる星が、もうないことがままあるんだ。自分も世界もなにもかもの境界があやふやになりそうで」
「あー…、そのくらいは、しってる」
君の歯切れがわるくなる。『ないもの』の話。足元に底のない空洞ができて、問答無用でそこに落ちていく感覚。
「けど、いまみえてれば、それでいい」
きっぱりと言い切って、僕にわらって。
「どんなに距離があっても時間を隔てても、いまみえてるなら、それがいい」
夏の風。ここにいるよ、と君がいったような。

たぶん、この恋は『ないもの』にちかいのだろう。
抱きしめたり、「すき」といいあったり、キスしたり、温度をおしえあったり。いくつもの『たり』を重ねても、『ある』を証明できない。
可視化できるのなら、ちゃんと矢印は互いを向いているのに。みえないものはかくも不安だ。
でも、君がみえて動いてそばにいる。
この現実は、たしかに『ある』から。

「レタスツナサンド、チーズハムと交換して」
君が緑と黄のあざやかなサンドイッチを差し出して言う。そう、こんなふうに。
稀に衝突しあう隕石みたいに、出会った僕ら。きっと世界はみえない奇跡でいっぱいだ。
野菜と魚を味わいながら、僕は恒星の光に目をほそめた。

―……しっている?億光年距離を隔てても君からだけは『ハロー』が届いて

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村




管理人はときどき妙な短歌を詠みますですよ。

【2017/02/11 07:30】 | お題SS。
|
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。