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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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【春に降る】

「―……なんだって、ハルル、きいてる?」
外は淡く灰色と桜色にけぶっている。
眠たげな風景からゆっくり春唄(はるた)が音声に目をやると、声の主…海月(くらげ)…はたいそう気分を害した表情でこちらを見下ろしていた。
「なにを?……ごめん」
不機嫌な顔はいつも長続きしない。眇められた眼はすぐに笑いをかたちづくる。
「え?うわー…いまハルル、ごめんって言った?言ったよな?ううん気にしないで、でもなんで?」
あんまり…めったに…『ごめん』を方便に使わないほうだけど。でも、そこまで意外か?ワンテンポ遅れて、腹が立ってくる。
「くーちゃんがたのしそうだったからです」
意趣返しにむかし(幼稚園時代だ)の呼び名を使っても、海月は「なつかしいねぇ」と意に介さない。ほら、と車窓を指さす。
「あの公園、さくらの時期になるとお堀に幽霊が出るんだって」
「ふーん」
「で、ハルルと俺はいまからあの公園に行くんだってさ」
「……なんで!?」
春唄が座席からずり落ちんばかりにのけぞると、海月が名前を彷彿とさせる笑みを浮かべた。
「俺のねーちゃんからのミッションで、お堀沿いの和菓子屋の桜餅を買いに」
LINEの会話画面を突きつけられる。両手で赤十字を抱える、長い髪の女のアイコン。
「わかばさん、まだよくならないのか」
「そうだねぇ」といった海月の顔が桜色から灰色に変遷するように曇る。
「でも、起きてるときは、わらってる」
「そうか」
「わらってるから、こっちもかなしい顔できなくて」
春唄は無言で窓のむこうに目をやった。自分の名の季節のころには、海月の姉は元気になるだろうか。

海月がその答えをくれたのは、帰路、残高の足りなくなった春唄のICカードのチャージが済んだときだった。
「……ねーちゃん、もう夏は越せないって」
春唄は手を伸ばす。たった一音でもなにか言えば、傷つけてしまいそうで。
だから、海月の両手を黙ってつつんだ。震える指がぎゅっと握り返す。
「ねーちゃんだけなのに、な」
「なにが?」
「俺とハルルに『よかったね』って、言ってくれたの」
きれいな光の注ぐ、海月の家のキッチン。思い出せる、忘れられない。適切なのは、どちらだろう。
―……ねぇ、海月とハルくんって、つきあってるの?
沈黙がやわらかく肯定になった。斜めに差し込む光とおなじくらい透明に、わかばはわらい「よかったね」と言ったのだ。

なんて。
なんて優しい季節が、いとおしいひとの大切なひとを、うばっていくのだろう。

「ハルル」
「んー…?」
「……かなしいよ」
うん、としか言えなかった。
「くやしいし、なさけないし、こわいし、いやだよ。ねーちゃん、どうしていなくなるの」
むかいあって手をつないだまま、黙って、桜餅が行儀よく納まっている紙袋をみた。
「どうして、いなくなっちゃうの」
手の甲に落ちる水滴。かすかな春唄の手の震えに歪んで、さらに下の地面に落ちた。
わかばのしろい腕の点滴の雫を思わせた。ひとつひとつ、彼女の時間を削る滴下。
「……そうだなぁ」
吐いたことばが苦かった。「そうだなぁ」ともういちど苦いことばを繰り返す。
「……泣きたくなったら電話しろ」
おまえはきっと、わかばさんの前ですこしも泣けないだろうから。
海月はぐしゃぐしゃと春唄の肩に顔を押し付けた。接点からじょわじょわと涙が沁みてくる。
「泣きたくなったら、会いにいく」

こらえきれなくなった灰色の空から、空そのもののかけらみたいに、春に雨が降ってきた。

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【2017/04/08 21:01】 | お題SS。
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【架空の星をあつめる】

画面を暗くして眠っていた朔弥(さくや)のパソコンが、りんっとちいさな音を立てて目覚めた、その音で琉生(るい)も目を覚ました。
パソコンの所有者は傍らでこんこんと眠りつづけている。
いま、何時だろう。カーテン越しのごくうすい光。
ナイトテーブルでゆうべのふたりの姿を沈黙とともにみていた時計を見遣る。06:35。
ぜろ、ろく、さん、ご。
この時間まで眠っていても、ばたばたしなくていい土曜日であることを脳内で確認する。
「さく」
壁にへたりと貼り付くようにしているすべらかな背中を叩いた。
心から言える。この背中にすがって、なかで気持ちよくなっているときが、単純な毎日の彩りだと。水墨画のようなまいにちに、さっとひと刷毛はくような、そのときによってちがう色。
きのうは、橙のような、紫のような。
そこまで思いを巡らせても目を覚まさないので、もういちど呼びかける。
「……どうした?」
目を開けたばかりのあたらしい眼が自分をみるのがうれしい。春の浅い空気越しにパソコンを指さした。
「パソコンの、音がした」
「うん」
生返事で琉生に覆いかぶさるので「どうしたの」と問う。
「るい」
『そういうとき』にしか呼ばない声で名前を呼ばれた。ちいさく返事をして、肌に唇が触れる感覚にほのやかに喘ぐ。

二度、いかされたあとの、うつらうつらとしたまどろみの靄をただよう。朔弥が机に向かってなにごとか綴っているのを、打鍵音できいていた。
「……なんて?」
「3次の、因数分解のときかたを聞かれた」
「そう」
「楽勝」
「うん」
数学科から大学院にすすんでわりと常になにやら数式のようなものを操っている朔弥には、中学数学など口頭問題だろう。
打鍵音がやんでしばらくして、琉生を眠りから引き戻した音が、また、きこえた。

朔弥は、ネット上のサイトで塾講師のようなことをしている。
質問に対する回答に生徒が納得すると、星のマークといっしょに、あのかろやかな鈴の音がもらえる。

豆から挽いたコーヒーを机に持っていくと、恋人は「ありがと」とわらって、ふうっと滑らかな漆黒の水面に息を吹きかけた。眼はじっとパソコンを見つめている。
琉生も画面をのぞき込んだ。画面右上のボックスに、578という数字がみえた。朔弥がここ1週間であつめた星。
膝をついて椅子のそばに陣取り、勝手にマウスをいじってボックスをクリックする。
星の所有者は咎めるでもなく、琉生の髪をいじった。
こんぺいとうみたいな、様々な色の星。琉生にひととき見せてくれる快楽といっしょだ。色とりどりの。
1週間で578個の星。多いのだろうか、すくないのだろうか。どんな星座が描けるのか。わからない。
すこしこわくなって、ボックスを閉じた。
「……さく」
「どうした?」
「けさ、どうしてすぐにパソコンみなかったの?」
「こんな星よりおまえがほしかったからだよ。なんか、さっきはしたかったんだ、すごく」
こんな星。だけど、このひとは。このひとは、この架空の星で星座をつくりたがっている。自分の存在価値とか、意義とか、そういう名前の。
僕では、それをわからせてあげられない。お互いの気持ちが唯一の糸のような、こんな恋では。
「ごひゃく、ななじゅう、はち」
たしかめるように、かすかな声で読む。頭上から「うん」という声が降ってきた。

僕もこんぺいとうをあつめている。
甘い、色とりどりの、それなのにかなしい、星。
このうえなく大切なのに、ときに投げ出したくなる、星。

ぼんやりと考える。
腕が伸びてきて、かすかに頬に袖が触れた。パソコンの電源が落とされる。
「どこか行く?」
「どこか?」
「きょうはすこし、時間があるから。研究室にも出なくていいし」
わらって、3つ先の駅にある海沿いの公園の名前をあげると、いいね、とうなずいた。

星をありがとう。
たくさん、両手にあまるほどの、きれいな。
これからの道がやさしいひなたの日々じゃなくても、名前もない星をひろって生きていく。

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【2017/04/09 09:44】 | お題SS。
|
こんにちは!当ブログ管理人室からお届けします、砂凪です。

もうほんとに途絶えがちな更新ですみません。どうお詫びしていいものやら…。
ご心配をおかけしていたらすみません、が、心配してくださりありがとうございます。

雨が降ろうが槍が降ろうが体調がわるかろうが、書く!
……っていう意気込みがわたしにはないのね~と痛感しました。
コンスタントに書きつづけていらっしゃるみなさまには地面にめり込む勢いで頭が上がりません。

で。
すこしは体調もよくなってきたので、これからはがしがし書いてみる所存であります。

で、『がしがし』書くにあたり。
読者のみなさまからご希望を募ろうと思います!
「こんな作品が読みたい!」とか「この人たちのその後がしりたい!」とか。
おありでしたら(おありでなくとも…!)、どうぞコメントや拍手コメントからどうぞです。両方とも鍵コメできます。
(『読者さん』……いるのかな、おそーるおそる……)

しばらくなにも書いていなかったので短編・掌編・中編くらいしか書けないとは思いますが、何かいただけた際には全身全霊で取り組みます…!

それでは、こんな不定期更新の小説ブログに足を運んでくださり、いつもありがとうございます。

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【2017/04/10 07:30】 | お知らせなど。
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小太郎さんへ
砂凪
著しく、おひさしぶりですーーー(∩´∀`)∩
書くことをやめて、インプットをつづけていたら
「わたしも書きたい!」と再燃しました、わかりやすいひとです…( ´艸`)

いろいろ、心の余裕ができて、ゆるーく行こうぜ!という気分になっています。
(イコール、いつまた「お嘆きモード」になるかわからない……)

まはるちゃん…!
わたしも書きたい、というか、いくつかストックがあるので
手直しして、さっそくきょうあげておきますね~。

がんばる……!うん、わたしがんばるよ……。
えいえいおー!

それではっ!

鍵コメのSさまへ
砂凪
こんにちは!
ありがとうございます(*^v^*)
そして、リクエストいただけてうれしいです~~~。

奈落のつづきですね☆
了解しました!
半端な終わり方だったかも……と思います(笑)

ほかのお話も読み返していただけるとのこと、ほんとにうれしいですよーう!

これからも、どうぞよろしくお願いいたします(⋈◍>◡<◍)。✧♡

こんばんは~(^_^)
那須の小太郎
と~ってもお久しぶりです(^。^)
もう書くのをやめてしまったのかと思ってましたよ(;_;)
書く余裕が出来てきたんですか!(゜_゜)

私はBLは馴染みがないですが、砂凪ちゃんの
「まはるシリーズ」読みたいですよ(*^_^*)

体調崩さない程度に頑張ってくださいね(^.^)/~~~


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【So wonderful are our days】

浅い春の土曜日の朝。というか、昼近く。
ようよう起きてきた明治が真顔で言ったことばに、孝弘は心底おののいた。
「俺、まはるちゃんの入学式にいっちゃだめかな……」
話はした、ような気がする。きのうの夜、存分な交わりのあと。
ただ、若干名がタガを外し気味だったので、記憶は定かでない。
……タガが外れているのは゛『まはるちゃん』にまつわるエトセトラ″においてもおなじらしい。
「常識的に考えて、不審者として前科一犯になるね。小学校から出禁をくらうね」
「だいじょうぶ、保護者っぽくふるまってればいいんだろ」
「保護者はみんな新入生を連れてるだろ、むりむり」
なんでだよー、と心の底からくやしそうにする。
「まはるちゃん、オーソドックスな赤のランドセルなんだろ?」
「なんで知ってる!」
「お前が言ってたの」
いわく、心底うれしそうにまはると赤いランドセルを選びにいったと語ったとかなんとか。
「俺、半額だしてもよかったのに。っていうか、なんで俺に気づかれないように出かけちゃったわけ?」
「姉さんが一緒だったんだよ」
「俺も姪っ子がほしい、まはるちゃんみたいな姪っ子がほしい……」
「ひとりで花いちもんめしてろよ」
孝弘が切って捨てたとき、傍らのスマホが件の姉からの着信を告げた。

「みてみて、メイちゃん、ランドセルー!」
(PTAの役員決め、とやらに出かけていった)姉のこどもがリビングにいる風景になじみつつある自分。
『火に油を注ぐ』という諺を絵に描いたらこうなるだろうな、という状況、と孝弘は冷静に思う。
明治の目の前で、がたがたと金具を鳴らしながらくるくる回り、まはるは子役モデルみたいに完璧にわらっている。
きれいな赤のランドセルは男ふたり世帯に不似合いな華やかさで、不毛の地に咲いた花のようだった。
その赤い花はソファで相好を崩している明治の膝のうえにのぼり、ランドセルのなかからなにやらほかの鞄を引っ張り出した。
「えいごじく、にいくの!」
「塾?」
思わず、孝弘が口を挟むと「たかおじちゃん、おかあさんからきいてたでしょ」と不満げな顔をする。
「まはるちゃんも英語かー」
明治のほうがむしろ、孝弘より感慨深そうだ。
「ようびのうた、うたえるよ」
得意げに言ったまはるがなつかしい旋律で「さんで、さんで、さーんで」と歌いだしたので、孝弘は思わずわらった。
「まはる、理想郷のうただな」
「りそう?」と首を傾げたまはるを膝で軽くゆすりながら「俺は毎日、金曜だったらいいなと思う」と明治は楽しそうに言う。
「なんで」
「ゆうべを思い出しましょうか」
ふしぎそうにこちらを見てくる新一年生に動揺を気取られぬように目をそらした。まはるも、妙なところで勘がいい。
長い髪をぱっと翻して「きんようび、すき?」と明治に訊くので『あわわわ』とうろたえる。状況を悪化させるがごとく、重ねて「なんで?」と尋ねる。
明治は穏やかに微笑んだ。
「金曜日、英語でなんだっけ?」
うつむいたまはるが指折りかぞえ「さんで…?あれー?」とつぶやいた。
「金曜日は、さんでーじゃなくて、ふらいでー」
「おお!」
まはるはぱっと笑顔になる。「わたし、えびがいい!」とこちらを振り向き顔中でわらっている。
きょうの夕飯の献立を駄洒落で決めていくおとなとこども(こどもとこども、かも)に、ため息をこぼし、それでもぬくいなにかがゆっくりと胸のなかにひろがっていくのを覚えた。

キッチンで、子供用の『おてつだいテーブル』(明治購入)にむかってまはると明治がたのしそうにタルタルソースをつくっている。
海老の下ごしらえをしながら、しずかな気持ちで孝弘は「家族のようだ」と思う。
約一名、狂喜乱舞しそうなので決して口にはしないが。
手に入らないもの。
永遠に、孝弘がつくりだせない、幻。
「メイちゃん、にゅうがくしきにきてくれる?」
まはるの声に、今朝の会話が蘇る。俺たちは、と思う。俺たちは、お互い口にせず、けれど、おなじものを求めているのかもしれない。
「俺は、行かないよ」
「えー……」
「お母さんとお父さんが行くんだろ?入学式には、まはるちゃんの家族しかいっちゃだめなんだ」
「そっか、メイちゃんはおともだちだもんね」
「そうそう」
6歳児に『おともだち認定』されてうれしそうな。なんという、愛すべき大ばか。
なんという、愛すべき日々。
窓の外には静かに春の色が淀んでいる。
ふっくらと、季節が醸されるような夜。
エビフライで、まはるのプレ入学祝いをしよう。この、幻の家族で。

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【2017/04/11 14:09】 | まはるシリーズ
|

小太郎さんへ
砂凪
こんにちは~~~。
お読みいただきありがとうございます!

まはるは、ちゃんと成長していく設定です。のび太くん設定ではないのです。
ほんとに!
前職でつくづく実感したのですが、こどもってあっという間におとなびていくので驚かされます。

一年生はかわいいです。
新一年生は、とくにかわいいです。

そうですね……。
いつまで、と思うとちょっと切なくなりますね。
続編も、順次あげていきますね!
ではでは☆彡

まはるちゃん
那須の小太郎
早速Upしていただきありがとうございます(^o^)

まはるちゃん、早くも一年生か(゜_゜)
子供の成長は早いですね!!明治はお友達扱い(~_~;)

私も姪っ子の子供に友達扱いされてますσ(^_^;)
一年生の辺りだと、まだあどけなさもあるから
好いんですが子供はすぐに成長してしまうので
寂しかったり不安だったりします(*_*;

孝弘と明治は何時まで、まはるちゃんと
一緒に居られるんでしょう(゜_゜)

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大講義室は半分、眠りの海に沈んでいる。教壇の上の老教授は意に介す様子もなく、淡々としゃべりつづけている。
『Calm』という題のインスタレーションをつくってみたい。このままこの部屋をガラスに閉じ込めて。
そんなことをぼんやりと考えつつノートをとっていると、空間を支配していた深い沈黙がいたくのんきな旋律に破られた。
電子音を追い、なんだっけと思い、それが『HAPPY BIRTHDAY』だと気づくまでに数秒。
あまりに場にそぐわない、軽やかに流れつづける音楽のほうに目をやる。
僕の斜め一列前で男子学生が弁当箱をひろげている。
……いったいぜんたい。
その背中は丸まるでもなく申し訳なさそうにもじもじするでもなく、ごくごくあっけらかんと言ってのけた。
「すみませーん!弁当箱にかーちゃんの愛が仕込まれていましたー!」
老教授の声より朗々と響くその声に、どっと笑いが起きた。
壇上の教授も苦笑をうかべ「愛はしまっておけー」という。
また、笑いが起きる。
その学生がふたを閉めると、メロディーがやむ。おそらく、光に反応してオルゴール音が鳴るカードでもはいっていたのか、そんなところだろう。

また、講義室が沸いた。
はっとして先ほどまでの旋律から意識を引きあげる。どうやら、15分早く授業が切り上げられたらしい。
ぞろぞろと教室を出ていく姿にすっかり後れをとって、ぼんやりと腰かけたままでいると不意に「ほら」と目の前に行儀わるい箸の突き刺さった卵焼きが差し出された。
「……え?」
「そんなに物欲しそうに弁当を眺められたら食うものも食えねー」
「いや、あの……」
「はい、いーよ、あとふた切れあるから」
引くに引けない。手のひらを上に、そろそろと差し出す。が、卵焼きは僕の手のひらに着地しない。
唇のあたりでひょこひょこと動きつづけている黄色はぽかん、と開いたままだった口に放り込まれた。
「……おいしい」
もぐもぐと咀嚼している口が勝手に感想を述べていた。
「な?うちのかーちゃん、卵焼きが天才的にうまいの」
『うまい』は『上手い』か『旨い』か判断しかねていると、「何年?」と訊かれた。
「2年……、です」
『です』をつけたのは相手が僕より年上にみえたからで、案の定彼は「俺3年」といった。
「一浪一留してるから、たぶん3つ上」というどうでもいい情報がそのあとにつづいた。
「……そうですか」
「あ、きょう誕生日だから4つかな。お前、誕生日いつ?」
「きょう、です」
相手が目を眇めるので学生証を差し出した。生年月日が記されている。
「おー…、じゃあ、お前にも」
もういちど、弁当箱のふたが開かれると同時に、流れ出すメロディー。
「うわわ、感動した?」
「……いや、特には」
「またまた、泣いてるくせに」
「……はい?」
慌てて頬に手をやると、生ぬるい水が伝っている。黙って拭い、かばんを手に立ち上がった。
「じゃあ、つぎの講義があるので。卵焼き、ありがとうございました」
ちょっと待ってと言われ、なにやらさらさらと書きつけている頭をみながら、一飯の恩義を感じた僕の足は所在なく止まってしまう。
「はい、俺の電話番号」
受けとってしばしの間ぽかんとしていると、「誕生祝いしよーぜ」と相手はにかっとわらった。
「『かーちゃん』はいいんですか?」
コミュニケーションに長けているとは決していえない僕でも、そのくらいは気になった。
「いいのいいの、きょう夜勤でかえってこないし。弁当にメロディーカード仕込まれたし」
断る、という選択肢。を、考えなかったわけではない僕は、それでも「講義がおわったら電話します」と言っていた。

僕の二十歳の誕生日のこと。
ひとり暮らしのマイノリティは、卵焼きの恩人が常連の居酒屋で全客からハッピーバースデーをうたわれる、という人生で最もサプライジングなバースデーをむかえた。

それから、十余年になる。
斜め前方一列の先輩を『トリさん』と呼ぶようになり、トリさんに「すきだ」といわれ、僕はトリさんのすきな卵焼きをつくれるようになった。
メロディーカードを弁当箱のふたの裏側に両面テープで張りつけた。
トリさんは、まだ眠っている。ぜんぶ、愛している。
―……ハッピーバースデー、僕ら。

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【2017/04/12 09:05】 | お題SS。
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【きみの舟】

灰色の空から憂鬱そのものを切り取って降らせるように、雨粒が落ちてくる。梅雨明けちかくの激しい雨。
このまま雨がやまなければ、と奏良(そら)はぼんやり考える。
校舎だけが残った世界で、僕たちは延々と学びつづけるのだろうか。もう、使いどころのない数式を、古く綴られた文章を。
雨音に誘われるように連想はつづく。美術は、音楽は。
割れたチャイムの音に、奏良の意識は引き戻される。
……海の底から釣り上げられた深海魚の気分だ。雨がつづくとはしゃぐ教室は、奏良にはまぶしすぎるから。

「奏良」
斜め後ろの席から勇魚(いさな)の声がした。頬杖をついたまま振り返ると、かすかにわらいながら、いう。
「まーた、ろくでもない考え事してただろ」
ろくでもないわけでもないと思うよ、とちいさく反論する。
「ただ、このまま雨がやまなかったらいいのに、って。そう思っただけ」
くらーい、と勇魚が顔をしかめた。

「ノアはさ、」
帰り道にくるくると傘をまわしながら奏良がいうと「ノア」と勇魚がおうむ返しに返した。
「……って、だれだっけ?」
「聖書の。旧約聖書の」
「あー、舟かなんかをつくった」
船であってる、と受け答え、どうやら旧約聖書には(にも、かもしれない)あかるくない相手にあらすじを解説した。
「……そいつさ、ばかかな?」
「だよな」
「ぜーったい、全動物をすくうなんてむりだよな。弱肉強食とか食物連鎖とか起きて」
「僕は、ばかっていうか、愚かだと思う」
「おなじだろ」
「ちがうだろ」
奏良は足を止めて、勇魚をみた。
「すべての生きものを助けようなんて、思い上がりだよ。愚かすぎる」
となりをあるいていた足も止まり、奏良に視線がとんでくる。
「どしたの?」
「どうもしない」
どうしたんだろう、自分らしくもない。こんな、こんなに、はっきりものを言うなんて。
そうだな、と早足で歩きだした奏良の背中を勇魚の声が叩いた。
「俺だったら、すきなやつだけ乗せて、ふたりでおわったあとの世界をみてみたい」
奏良はかすかに驚いて、振り返った。
「お前と俺で、沈没した世界にうかんだ舟で生きるのも、いいかもしれないな」

その水は、どんな色だろう。
どんな魚が泳ぎ、どんな藻が揺れている世界なのだろう。

奏良の足元に薄い影が差した。
「晴れてる」
軽やかな返事。
「うん、雨降ってるけど、晴れてるな」
雨が降っているけれど。晴れている。その言い方に改めて、勇魚をすきだと思う。

僕の梅雨明けも、ちかいのかもしれない。

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【2017/04/13 08:28】 | お題SS。
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「さよなら」「じゃあな」「またね」という『さようなら』にまつわることばが有里(あり)はきらいだ。
きらいというより、もはや生理的に受けつけない。遺伝子のどこかに、何かバグがあるのかもしれない。

幼稚園のころ「せんせいさようなら、みなさんさようなら」という『お別れのあいさつ』のもつ仄暗さに心底おののいた。だんだん幼稚園にいくのがいやになって、午後のおひるねのあとのお絵かきになるとこの世の終焉のようにぐずった。
小学校にあがっていちばんうれしかったのが、「起立、礼」にいちにちの終わりの挨拶が変更され、「さようなら」の『さ』もいわなくてすむことだった。
それ以来、ともだちとの下校時のあいさつは「うん」とか「ああ」とか、曖昧な相槌ですませてきた。
それ以外の、例えば通学時(往路限定)とか授業中とかのコミュニケーションは良好なため、有里に下された皆のジャッジは『別れ際に機嫌がわるいけど、めっちゃいいやつ』だ。
これまでは、それでよかった。
すきな相手が、できるまでは。
嫌われているのでは、と誤解されるまでは。

「なー、俺ってなんか有里に嫌われてるよな」
ひどく不可解、という表情で智(とも)がいった。なんとなく、13段くらい突破しなければならない古い階段、を連想した。
ロッカーに精巧なブロック加工よろしく教材を詰め込みおわった智が有里のロッカーを覗く。と、驚愕した声をあげる。
「お前、ぜんぜんロッカーつかってないじゃん!」
「……持って帰るんだよ」
「どこに」
「アパートに」
有里は持って帰るのだ。専攻科目の全講義の、山のような教材を。
「……なんで?」
ちゃっかり有里のロッカーに自分の文献(あしたの講義で使うはずのものだが)をつっこみながら、智が訊く。
「……きらいで」
「は?」
「きらいだからだよ」
有里にはいえない、まだいえない、この期に及んで。往生際がわるいことこの上ない。
だが、教材にさえ『さようなら』ができない、なんて自白はすきな相手にたいしては情けなさすぎる。
智は「きらいって、なにが」と訝しむ。その一瞬後に、情けない顔で「ひょっとして、そんなに俺のこときらい?」といった。
どうしてそうなる、という内心の嘆きが顔に出たようで、智はまたゆったりとわらっている地顔に戻る。

有里は、この百変化する表情がすきだ。声がすきだ。智が同性であるという事実は、有里が智をそれでもすきでいたいと思う気持ちに負けた。
ただし、それを告げるすべがわからない。こんなに、明確な気持ちなのに。

「どうした?」
不意に訊ねられ完全に無防備になっていた口が「挨拶が」と口走っていた。「ちいさいころから、挨拶が苦手で」
「……はい?」
「『じゃあね』とか『またな』とか、いえなくて。こわくて、いえないんだ」
「教材にも?」
「教材にも」
ふーん、と智がいう。その、すこし突き放したような無関心に救われた。
すこし考えていた智がいう。
「まぁ、わるくはないんじゃね?」
「そうかな」
「うん、少なくともお前が『もう二度と会いたくないから』っていう理由で、俺に『またなー』とか言わないわけじゃないのがわかった」
想像してみた。智に「またな」という。イメージだけで吐き気がしそうだ。
「智には、できるだけ『おはよう』とか『ひさしぶり』とかだけ、言っていたい。できるだけ、ずっと」
「いい子だねー」
頭を撫ぜてくる手を振り払って掴み、有里は相手を半分にらむみたいに、見た。
「お前がすきだから、『またなー』なんて言ったら二度と会えなくなりそうだから、だから俺、」
「うんうん」
言い募る有里に、智はたいそう無邪気にわらった。
「それなら有里、いっしょに暮らそう」
想定外の方向から飛んできたデッドボールが、かーんと音を立てて有里の脳みそを揺らした、気がした(むろん、想定していたのは拒絶や嫌悪や軽蔑や、そんなあれやこれやだ)
「俺、有里が『ただいま』って言ってくれたらうれしい」
「いろいろ、段階的に、飛ばしすぎてやいませんか?」
「いや、でもさ。有里の家になれたらうれしい」
智はすこし声を低くして「有里、すきだよ」といった。

そっと、有里は想像する。
窓のなかでわらっている自分。すきなひとといる自分。もう、『さよなら』じゃない自分。
腕を伸ばし、家を、きっとすべて受け止めてくれる家を、抱きしめた。
Your home is my home.
君の家は、僕の家。

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【2017/04/14 07:30】 | お題SS。
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【はないかだ】

彼は、西にある、遠い国の名前を口にした。
僕がぼんやりと川面を流れる、桜色を数えていたときだった。
「俺、いかなくちゃ」
覆せない決定事項、だった。翻せない決断。
だって、さいきん、彼の心のなかでは風が西から吹いている。とても、強い風。
舞い上がる糸の切れた凧をもはやどうすることもできないのだ、と僕はだまってうなずく。
羅針盤のない舟、コンパスのない樹海。彼とつづけている恋には『さまよう』ということばがとても相応しい。
「いなくならないで、くれるなら」
「いってくるだけ」
そういった彼は、水面に目を戻した僕の頭をがしがしと撫ぜた。

僕にはよくわからない民族紛争やら宗教問題やらに興味を持つ彼は、時折「行かなくちゃ」という使命感でいっぱいになる。
凧というより風船なのかもしれない。ヘリウムではなく、使命感で膨らむ心の持ち主。
職場でワーキングホリデーの申請をし、ビザを取り、みえないところに行ってしまう心。
いなくなるわけじゃない、いってくるだけ。
なんども言い聞かせている言葉は、『言い聞かせている』時点でおまじないのようなものだ。
彼のいなくなった視界で僕は、いつも怯えている。たぶん、約束と心しか、つなぐものがない関係に。

そして。
僕は、心底、心の底から疲れてしまう。
信じることに。心に覆いをして、引き留められない自分をみないようにすることに。
全力で信じていないとふたりをつないでいる(はずの)絆はいともたやすく、きえてしまいそうなのに。

連絡が、とれなくなるわけじゃない。
永遠に、あえないわけじゃない。
だけど、そばにいてくれない。
僕より、大事なものがある。
……そういうひとだとわかっていた。わかっていて、すきになったのはきっと、僕の勝手だから。だから、重荷にならないように僕は自分を取り繕う。

こまごまと、現地でおもしろい品をみつけては送ってくれる。
ときどき、ポストカードがポストに届く。
いちいち、そのひとつひとつ、新鮮でいいのかもしれない。すくなくとも、マンネリ化していくよりは。怠惰に彼を想うことはない、いつも希求するときは必死になる。

名を、呼ばれた。
「ごめんな」
ゆるゆるとかぶりを振る。だって、すきになったのは、彼が彼だからで。
風船じゃない彼は、僕の想うひとじゃないから。

水面を流れる、花。
いっておいで。でも、戻っておいで。
僕はたゆたゆと海のように待ってるから。
河が、花を連れて帰ってくるのを、ちゃんと待ってるから。

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【2017/04/15 07:30】 | お題SS。
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【夏を弔う】

白い夏。
あの白い夏は。
冷凍庫のなかで、いまも凍ったままで。

***

17歳の夏の想い出といえば、海に花火にお囃子、といったところが妥当だろう。潮風、煙のにおい、笛のメロディ。
しかし、阿積にとっての17歳、いまから3年前の夏の記憶、想い出とも呼べない《記憶》は慟哭だったり白い部屋だったり、煙突から立ち上る白煙だったり、する。
そして、禍々しい色の、川の淵。
あの夏の日から、緑色に濁った水の色が心の底を流れつづけている。

「あづみ」
阿積と同じく泣き声と白に包まれた17歳の記憶を持つ幼なじみ、小野寺から電話があったのは、8月半ば、盆の帰省が終わって大学寮に戻ったその日だった。同郷の村から逃げ出すように上京したのも同じ、いつから知り合いなのかも判然としない彼。
「おー、小野寺、どーした?」
どうしたのかはわかっている。苦しいくらいに、痛いくらいに。今日は、ふたりで弔う。水底に沈んだ、いないことで存在を増す影を。
同じく感じているであろう痛み苦しみを感じさせないトーンで、小野寺の声がする。
「いま、隣町の寿司屋にルームサービスを頼んだ。俺のために、寿司屋が握りを作ってくれんの。魔法のカードがあるから金もいらねえの。すごい世の中だよなぁ」
「出前を、カードで頼んだだけだろ」
上京したのは同じでも、既に働いている彼はクレジットカードを持っている。天文学を学びたがっていた彼が、大学進学を葬った理由のかわりに。
「ちょっと奮発したから食べにこねぇ?」
「行く」
行かなければならない。どんなに気が進まなくても、どれほどそうしたくなくても。

大学寮から電車で5駅の安アパート。小野寺の部屋のインタフォンを押し、阿積はバタバタと手のひらで顔に風を送る。まもなく招き入れられた部屋の取り付け型のクーラーには出力限界があるらしく、建築現場のような音を発しているわりに、阿積の部屋ほどには冷えない。
「お前さ、そろそろ盆くらいおばさんに顔見せたらどうだ。村のやつだってお前に会いたがってたぞ」
小野寺に言う。肩をすくめた彼は無言のうちに寿司を食べる箸を進める。
「それに、長良だってもうとっくに」
「まだ、3年しかたってない」
沈黙が落ちた。クーラーと合唱するかのように冷蔵庫がぶんっと唸ったが、すぐに無駄だと判断したのか阿積と小野寺を残して黙り込んだ。
「……帰りたくないよ」
コンビニの箸より高級な割り箸を折れるのではないかと思うほどに強く握り締めて、小野寺が沈黙を破った。
蘇る、水の音。
3人で幼なじみの《三兄弟》と呼ばれていた、その一員を飲みこんだ、水の音。

3年前。盆明け。ちょうど、3年前の今日。
17歳だった阿積たちは、川遊びをしていた。海なし県の故郷。冷たい水が流れる、あの川。高さ4メートルほどの岩の上から、ちいさな滝が作る淵に飛び込む幼い遊び。
崖上から後ろ向きに淵に転落し、水の流れにとられ、淵の深みで溺れかけた小野寺を助けに行った長良。
結果、助かったのは小野寺で、助からなかったのが長良だった。

「もう3年もたってる。みんな心配して」
「それは《みんな》がなにも知らないからだよ」
阿積を遮り、小野寺がむしろ静かに言った。
「幾重のも意味で、何重もの理由で、あいつが死んだのが俺のせいだって、だれも知らないから」
長良が《死んだ》と小野寺が表現するのははじめてだ、とぼんやり阿積は気がついた。
「だけど、長良はお前を助けようとしただけだ。理由はひとつだろ」
「……いいか、あづみ。長良は助かろうとすれば助かったんだ」
「え?」
「俺を岩の上にあげて、あいつは言ったよ。わらってさ、『バイバイ、望』って」
「……バイバイ?え、なんで?望、って?なんで、名前?」
小野寺は長く息をつき、吐き出すように言った。
「ふたりでいるときだけ、あいつは俺を《望》と呼んでいたんだ」
「……ふたりで?」
「俺ら、つきあってた。そういう関係ってやつ?」
口のなかの甘えびの味が消えた。頭のなかが冷えていく。
「知ら、なかった」
「言えるわけ、ないだろ」
小野寺は諦めたように寿司桶から一貫つまみあげ、口のなかに放り込んだ。
「長良は悩んでた。俺はそれを知っていたのに、ひとりだけ能天気だった。あいつがそれほど思い詰めてたなんて、ひとっかけらも思わないで」
「……それほど?」
「あづみ」
まるで先ほど口にした寿司が、苦いものであったかのように小野寺のことばは流れる。水の音のように。
「長良が死んだ。あれは、2重に俺のせいだ。俺が川に落ちたからと、俺と関係を持っていたから」
噛みしめるように、いままで封印してきたことを話す。不意打ちにうけた打撃に、それでも阿積はなんとか最後の疑問を紡いだ。
「……じゃあ、長良は、自殺した、……の?」
「俺が殺したようなもんだけど」
阿積は生ぬるい部屋の空気を吸って吐いて、そっと差し出すように告げる。
「お前は、なにも悪くない。だれも、なにも悪くない」
「長良が俺を赦しても、俺は俺を赦さない。赦せない、どうしても」
「それでも、なぁ、小野寺。俺はお前に言うよ。何度でも言うよ。お前は悪くない、なにひとつまちがってはいなかった」
膝に顔を埋めた小野寺から、そっと涙の気配がした。阿積は気がつかないふりで語りかける。
「おい、寿司が乾くぞ。さっさと食っちまおう」

この日。
阿積のなかでいくつかの恋が同時に終わったことを、小野寺は知らない。
小野寺と長良の恋、そして。
阿積が抱きつづけていた小野寺への想い。

夏を弔う恒例行事を終え、阿積は小野寺の家を辞した。
「わりぃな、なんか、いつもより重くて」
「来年も、ちゃんと長良の供養、するよな。まぁ、ふたりで会って、あいつの想い出話、するくらいしかないけど」
「これ」
小野寺が、わらった。
「供養かな」
「ちゃんと供養したかったら、お前、盆に帰れよ」
そうだなぁ、と空を見上げた小野寺が言った。
「もう、3年だもんな」

***

片想い。
君のは空へ、僕のは君へ。


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【2017/04/16 07:30】 | お題SS。
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【化学元素な僕らに】

どうして、心だけが。
いまだ悲しく君を呼ぶのだろう。
こんな、こんなにも、割り切れないことばかり。

***

臆病な世界で、僕はときに噓をつく。
傷や痛みや心を覆い隠すために、ちいさく噓をつき、ちいさく傷ついて。
元素記号でぜんぶ表せる僕らだっていうのに、どうしてごまかすことや繕うことを知るのだろう。

「……って思わない?」
中和滴定の実験、中性混合液をつくったペアから解散。そんな授業だった。
目の前の彼は「手元みろよ」と窘める。
実験器具の先端からぽたぽたとコニカルビーカーに落ちていく雫。こんなふうにちゃんと泣けたらいいのにな、と思う。
あのころちゃんと泣けた僕からは、もう水しか流れない。ふしぎなことに。
メチルオレンジ指示薬は、すこし前から赤を示している。酸性。
「あーあー…、お前のせいで実験報告レポート、すごい計算になりそう……」
彼は嘆きの声とともに机に伏した。このひとは、化学が苦手だ。
しっていること。もう、特にしらなくてもいいこと。

「なんかさ、僕ら……もうちょっと気まずくなってもいいんじゃないかな、と思う」
「俺はお前と気まずくならないように頑張ってんの」
「努力の方向性が、」
「はいはい、まずは中和計算の努力な」
言いかけた僕を遮って、ビュレットの目盛りを数えつつ彼がいう。コニカルビーカーのなかには、滴定のおわった薬品。
黙々と、若干鬼気迫る面持ちで計算を始めた彼を見遣って、ため息をついた。

僕たちは、10日まえに『もうふたりで会わない約束』をした。
彼は言う。つきあっている恋人がいるのに、自分に好意を寄せている僕に会うのは僕が気の毒だし、彼が気づまりだと。
わからないわけじゃない。
わからないわけじゃない、から、もう泣けなくなった。
10日まえ、あの夕方。僕の部屋。
困った声でいわれたのだ、「お前といると、時々ぐらっときて、やばいな」と。
約束もかたちもなにもいらないから抱かれてしまいたい、と思った僕もけっこうやばいのかもしれない。
なので、約束した。もう、会わない。一緒に出かけない、ふたりきりでは会わない、諸々エトセトラ。
手に入れてもいないものを、永遠になくした約束だった。

うわの空で、それでも手元はくるいなく計算していく。
それにほっとして、ほっとした自分に、絶望したくなった。
なにもかもかなぐり捨てて「そばにいて」と訴えたら。全然だいじょうぶじゃない姿をみせたら。
振り向いて、気にかけて、心配してもらえる、くらいはあるかもしれないのに現実の僕はわらっているのだ。
「俺の、こたえあってなくね?」
化学室の黒い机の上に、消しゴムのごみが点々と散らかっている。
ぼんやりと眺めていたら、ちゃっかり僕の計算と自分のものを見比べていた彼がいう。相手の手元のプリントをみると、化学式の電荷数がまちがっている。
「これ」
シャーペンの頭でこんこん、と自分のプリント2価の電荷を記した場所を示すと、まちがいの主は「そっかそっか」とごみをさらに散らかしつつ訂正に入った。

こんなふうに、簡単に直せたらいいのに。
ひとの気持ち、行き違いの約束、永遠に届かない願い。
簡単に、彼が僕をすきになってくれたなら、なにも望まないのに。
まるで、電荷をまちがえたまま延々と計算しなおしていくかのように、現実はうまくいかない、割り切れないことばかりで。
心だけがなぜ、なにも振り切れずに、君を呼ぶのだろう。

神さま、いるのなら。
どんな使命を背負えばいい?
それでも、そんな僕にでも、どうか、手を。

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【2017/04/17 07:30】 | お題SS。
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