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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
「いいかー、ここがキッチンだ。で、ここがリビング」
「ふつうの家と変わらない」
あづみの指摘にちぐさは「甘いなー」と弟の額を人差し指で突いた。
「デッキを見ろよ。操舵室がちゃんとあるだろ」
「そうだしつ?」
「船の操縦をする部屋」
ちぐさの指はとんとん、と紙の表面を叩いた。

軽く、あづみは首をかしげた。「だれが操縦するの?」訊ねると兄はわらって、答える。
「昼はお前で、夜は俺」
「ちぐさは暗ーい夜だから、大変だね」
「でもまぁ、大抵のものは沈んでいるから」

ぼんやりと、終焉の風景はあづみの脳内で像を結ぶ。
きっと、東京の都心のビル群と東京タワーのほかはなにもないのだ。夜には水面に星がきらめき、昼には反射光でまぶしい世界。
そのなかを静かに、ゆく舟。魚が釣れるだろうか。水は塩辛いのだろうか。

ヒーターがふぉんふぉんと温風を吐きだしている。その前でごろごろしながらきょうだいの話は続く。

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めっちゃ時間かかりましたが、お話が完成しました。
ので!お待たせしました~~~(だれも待っててくれてなかったらどうしよう)、あしたから時間の許す限り連載再開です。
わたし以外(というかわたしも)ここまでのお話がうろ覚えだと思いますが、ちょっと遡って読んでいただけるとありがたいです。
はー……、がんばった。
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【2017/10/11 11:13】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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あづみはちぐさの横顔に話しかけた。
「やっぱり、7月で世界が終わったら、大学にもっと行きたかったなーって、思う?」
「なんでだよ。俺、まだ一日も大学に行ってないのに」
「僕、夏休みがはじまらないのが悲しい」

ちぐさは一瞬黙り込んで、爆笑した。

「あづみ、学校も水の底だ。今年の7月以降、お前の勉強は俺が見る」
「え?じゃあ、ずうっと夏休み?」
「そうそう」
「……ずうっと、ってどこまでつづくの?」

あづみは心底ふしぎに思った。ずうっと、を見たひとはいるのだろうか。

「永遠に、とおんなじだろ」
「永遠?」
「だれかが考えたんだよ。時間には果てがないって」
「果てがない」
小声であづみは復唱する。ちぐさの言うことはときどきあづみには難しい。
「よくわからないけど、こわい?」
「なんにもこわくない」
ちぐさの声は優しかった。

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【2017/10/12 13:27】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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たとえばな、とちぐさがいう。
「あづみが、歳をとってボートの上で死ぬだろ。そしたら、なにかほかのものになるんだ。海鳥がじいさんあづみを食ったら、あづみは海鳥の一部になれるし……そうだな、じいさんあづみが海に落ちたら、あづみは魚の仲間入りだ」

あづみは想像する。海鳥のなかにいる自分、水の中を泳ぎ渡る自分。

「僕が終わっても、僕は続くの?」
「そうだよ。それが永遠ってこと」

世界は終わるだけではないのだ、とあづみは思った。
雨が降り出したときから、地球に『永遠』が動き出す。
たくさんの、水に沈んだものの影に守られながら、あづみたちの舟は行くのだ。不安定な永遠のなかを。
優しいんだ、と心が頷いた。
この世界は、とても優しい場所になるのだ、こわいほどに。

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【2017/10/13 12:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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「どこにいても、どこに行っても、僕は僕だから大丈夫だよね」
あづみは噛みしめるように言う。ちぐさが驚いたような声で言った。
「お前さ、こどもこどもしてると思うと、ときどきびっくりするほど賢いな」
「僕は、かしこいよ」
「……そうだなぁ」
「ちぐさみたいに、おおきくなったらこわいものはないの?」
黙ったまま、兄は弟の髪をふわふわとかき混ぜた。

この会話を思い出すたびに、あづみは思う。
こわいものも、不安なことも、全部ちぐさが引き受けてくれていた。だから、雨が降っても大丈夫だと、地球が滅びてもこわくないと、そう思えていたのに。

ちぐさのこわいものは、なんだったのだろう。

兄と同じ年になって、はじめてわかることがある。
おとなになることは、こわいものや不安なことがなくなることではない、ということが。
単に『おとな』になることは、『こども』ではなくなることに過ぎない。まだ、爪先の大きすぎる靴のような『おとな』と、もう窮屈な『こども』の隙間であづみは思う。

――…ちぐさ、なにがこわかった?
答えはない。もう、なにも聞こえない、聞くことはない。
ただ、あづみのことばだけが想い出のむこうに延びる。

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【2017/10/14 12:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《1999年4月》

「あーちゃん、また大きくなったわね」
新学期に2週間ぶりに制服を着ると(あづみの小学校は制服で通うことになっている)、母親が呆れたように嬉しそうに言った。
もう入学式を終えたちぐさは家にいて、シラバス片手に授業の組み合わせを考えている。
あづみからしたら、きらいな算数を抹殺できそうな作業は魅力的だったけれど、優柔不断なちぐさは憂鬱そうで、ときおり「あづみー、この講義と、この講義、どっちがいいと思う?」と小学校5年生の弟に意見を求めては母親に「ちーちゃん、そんなこと聞かれても、あーちゃんが困るでしょ」と頭を小突かれている。

「6年生にはなれないんだなぁ」とあづみがぼやくと、ちぐさがふしぎそうに言った。
「あづみ、6年になりたいのか?」
だってさー、とあづみは唇を尖らせた。
「6年って、威張るじゃん。一個しかちがわないのに。僕が5年で世界は水没」
「でも、6年生の算数の難しさはえげつないぞ」
「……中学生になると、『数学』になるんだよね」

僕は数学を勉強しなくていいのだ、勉強するにしてもちぐさが舟のうえで教えてくれるのだ。すこしわらった。
どれだけ大きくなっても、舟の上では何も変わらない。ちいさな永遠のなかで、そっとそっとなにも壊さずに生きていく。

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【2017/10/15 09:43】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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「ちぐさ、始業式が終わったら、まどかちゃんに会いにいこう?」
「いーけどさ、お前、なんで俺の彼女にそんな会いたがるわけ」
「まどかちゃんも舟に乗るから」
はいはい、と呟いたちぐさに「後でまどかに連絡しとくから、お前は学校だ」とぼんぼん背中を叩かれた。
まどかちゃんには、舟のことは秘密にしておく。世界を沈める雨が降りだした日、はじめてちぐさが彼女に舟をみせる。……というのが、ちぐさの予定だ。

学校の図書館で『春読書』のために借りた本に、すべての動物をひと組ずつ乗せる船を作る、ノアという男の話があった。大洪水のあと、鳩がオリーブの葉を運んでくるシーンがあづみは好きだった。
ノアは嬉しかっただろう。守りたいものを、ぜんぶ守ったのだから。

あづみの足で歩いて30分の学校に辿りつくと、ぱらぱらとクラスメイトを詰め込んだ教室では、真新しい教科書が机に重ねてあった。
算数を取り出し、おっかなびっくり捲ってみる。
数秒後には、テストの惨憺たる結果が想像できたので音を立てて教科書を閉じた。
国語の教科書に載っていた『大造じいさんとがん』を読んでいると「またおなじクラスだな」と外山新汰があづみにわらいかけた。

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【2017/10/16 14:37】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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新汰はあづみの数少ない友人のひとりで、4年生のときもおなじクラスだった。
「いっきもかずも、クラスがおなじだよ」
新汰が嬉しそうに言った。
野坂樹と駒田数。あづみの友達は新汰を含め、この3人。5年生が2クラスしかないことを鑑みても、あづみにとっては「ついている」クラス替えだった。

「よかったねぇ」
あづみがわらうと新汰は「お前、他人事みたいに言うなよ。また遊ぼうな」とあづみの頭をぐしゃぐしゃ触った。
そして、あづみの手元を見て「相変わらず、本好きだなー」と言うと、読書の邪魔にならないようにか、自分の席のほうに歩いていった。

始業式が終わって家に帰ると、「あづみくん!」とまどかが兄の部屋から顔を出した。
自分の部屋の前を素通りし、ちぐさの部屋に飛び込む。
「まどかちゃん、ひさしぶりー」
「受験詰めになってから会ってなかったからねぇ。また背が伸びたみたい」
まどかが大人びた様子で眼を細めるので、あづみは居心地悪くもじもじした。
ちぐさもそうだけれど、大学生になって急におとなにぐんっと近づいた気がした。大好きなまどかから、ぎこちなく視線を逸らせた。

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【2017/10/17 14:17】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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あづみは、おとなになるのがこわかった。
中学生や高校生になるのも、ましてや『大学』などという得体のしれないところへ通うのも、とてもこわかった。
どうして、ずっとこのままでいさせてくれないんだろう。どうして、なにも足りないものはないのに、それ以上を求めるように成長してしまうんだろう。
ときどき、自分がとてもいびつな生きものになった気がすることがある。
心を伴なわず手足だけがのびていく、ぶきみで滑稽な怪物。

でも、とあづみは思う。大雨が、全部を止めてくれる。終焉の雨のなかで、あづみは永遠にこどものままだ。

「あづみくん、どしたー?」
まどかが顔を覗きこんでくる。
「ちぐさとわたしはもう食べちゃったんだけど、キッチンにミスドがあるから、好きなのひとつもっておいでよ」
「うん、ありがとう」
まどかににっこりしてみせると、あづみはドーナツを取りに階下に降りる。好物のエンゼルフレンチが残っていたので嬉しくなった。

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【2017/10/18 08:52】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《1999年6月》

ちぐさはまどかとおなじ居酒屋でアルバイトをはじめて、家に帰る時間がめっぽう遅くなった。
「ちぐさ、舟の話が聞きたい」
たまに早く帰ってくる日しかあづみと話ができないので、1999年7月を目前に舟や水没する世界の話は語られることなく弟の心の中に堆積する。
「ちょっと待ってろ、あづみ。風呂入ってくるから」
リビングでちぐさを待っている間にあづみの意識は浮遊をはじめ、そのままソファで眠ってしまう。
母親に揺り起こされて「あーちゃん、寝るならお部屋で寝なさい」といわれる頃には眠気が最優先事項になっており、眼をこすりこすり階段を上る。

6月最後の土曜日。珍しく一日家にいる、といったちぐさは朝のニュースを見ながらあづみに言う。
「お前、海行かない?」
「海?」
「バイト仲間で海に行くんだけど、ついてこないかって聞いてんの」
ソファの上であづみは飛び起きた。
「いいの?」
おとなの世界をみることができる。こわいもの見たさの扉に、指が触れた気がした。


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【2017/10/19 15:26】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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「ちぐさの邪魔にならないなら、行く!」
「弟が海見たことないんだよね、って言ったら先輩がお前も連れてってやればいいって」

テーブルでトーストをかじっているちぐさに飛びついて「いつ?いついくの?」と訊ねる。
「7月の第一週の日曜日」
「カレンダーにかいてもいい?」
電話台の下の引き出しを開けながら訊ねると、ちぐさが「マリンとでもシーとでもオーシャンとでも」という。なにそれ?と顔をしかめると「英語の、海っぽい単語」と兄がわらった。

「僕、英語まだ習ってないからちぐさが書いて」
ペンを差し出すとちぐさが食べかけのトーストを片手に日曜日に丸をつけ、その下に「ocean」と綴った。
おー、しー、いー、えー、えぬ、と声に出して読む。兄の驚いた声がした。
「アルファベットって小学校で習ったっけ」
「なんか、ヘボン式なんとか、みたいな……」

ふーん、と言ったちぐさはそれ以上の興味はないようで、再び食事をはじめた。
あづみはそっと兄の綴った文字を指でなぞってみた。
これに似たものに、沈んで、世界は終わる。全体に、丸い文字の連なり。ocean、のひと文字ずつに雨音を重ねる。
最後の報道も、最後の一日も、もうすぐ訪れる。雨音の調べに包まれて。

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【2017/10/20 08:34】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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