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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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うつくしきもの、と心地よい声が流れる。
午後の、古典の授業。昼休みのまえの授業がバレーボールだったので、ノートをとる手が痙攣するようにわずかにふるえている。どうしてだろう、といつも思う。思うだけだ、べつにわかりたいともわかろうともしていない。
斜め前の席で遠木は、うりにかきたるちごのかお、と読み上げている。
内職をするもの、沈没している頭、携帯をいじっている俯いた髪。だれも、きれいな朗読に気づかない。
教科書を読み上げる彼の声がとてもきれいなことに気づいているのは、ひょっとしたら僕だけかもしれない。古典の教師も、きっとわかっていない。
声が、なにもなにも、という。
ん、と老境にさしかかった教師が制止なのか、声を発した。
「遠木くん」
茄子色、というのだろうか。そんな色はないのだろうか。遠木の髪はそんなふうにかしがるとわずかに深みがかった紫にみえる。
「それは、なにもかも、です」
「はい」
うつくしい声が、かわいらしいものを次々に読み上げる。

かわいらしいもの。
となりで眠っている遠木のうすく開いた口許。極(いたる)、と僕の名を呼ぶ声。僕を抱くときの切迫した表情。
かわいい、とおもう。永久に閉じ込めて、なにも変わらないまま、だれにも触れさせないまま、ずっと保存しておきたいほど。
ぜったいに、かなわない、望み。

ただ、忘れたくない、とおもう。
遠木がくれるものすべて。感情も快感も、注がれるまなざしも。
うりにかきたるちごのかお、のように忘れたくない、消えなければいい、消えないで。
たとえ、描いた稚児がいつかおとなになるとしても、そこにある想い出がきえないように。
慈しまれた事実がきえないように。

慈しんだ記憶が、本物であるように。
愛したことだけは、憶えていられるように。

博物館に陳列されている品々のように静かに淀んだ教室で、僕はひっそりと息をついた。

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【2018/01/06 10:07】 | お題SS。
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葬儀から帰宅すると、遺影のなかに収まっていたはずの恋人が夕飯をつくりにきていた。
「砂生(さお)」
僕が、おずおずと呼びかけると彼はふりかえってわらった。何事もなかったかのように。いつも通りに。
「優葉(ゆうは)、疲れたろ?座って待ってて。いまできる」
いつもの背中。いつもの光景。いつもの夕餉。いつもの。
思考がぶれて、揺れ、焦点を結ばなくなる。なにも、なかったのかもしれない。あんな事故は起きていなかったのかも。
けれど、僕は喪服を着ている。
砂生はフライパンを片手にキッチンから顔を出すと「鍋敷きもっていって。洗いもの面倒だから、このまま食べてくれる?」という。

フライパンのなかには大きすぎも小さすぎもしないハンバーグがちょこなんとおさまっていた。
砂生は向かいに座り、ただにこにことこちらをみている。
「……いただき、ます」
ひとくち、放り込む前に違和感があった。その正体を見極めるまえに、思わず僕は口許を押さえた。
生臭い。干し生臭くて、にがい。ちかい味を探すなら、切り干し大根。
砂生は「どうしたの?」というと、腰を浮かせた僕を見あげた。
「なんでもないよ、なんでもない」
ふたつ重ねるとまったく否定にならない否定をしつつ、切り干し大根の味のする肉のかたまりを飲み込んだ。

砂生は毎晩夕方ぐらいにやってくると、まいにちハンバーグをつくってくれた。
僕の味覚がおぼえた味は、毎回ハンバーグではなかった。食感はハンバーグそのものなのに。
生のたまねぎ、とうもろこし、にんじん、ゆであずき、キャベツ、しょうゆ煎餅。雑多な味が口内にひろがるたび、ハンバーグの概念とともに僕のなかで壊れるものがあった。ハンバーグ、ってなんだっけ?

―……砂生、ってだれだっけ?

わかっている、わかっている。
いま目の前にいて、にこにこしながら僕がハンバーグ(あるいはハンバーグに類するなにか)をたべるのを見守っている、僕の恋人。だれよりもただ、失いたくなかっただけなのに、逝ってしまった大事なひと。
でも、いつでも、どこにいても、その問いは繰り返し襲ってきた―『砂生、ってだれだった?』
僕のなかで砂生がぶれて、像をむすばなくなる。
キッチンに立つ背中、フライパンを繰る手。これは、これはだれだろう。

七月さいごの土曜日。
砂生がつくったハンバーグは、デミグラスソースの味がした。砂生がつくる味、砂生にしかつくれない味。
そうだ、これだ、ハンバーグはこれだった。
ハンバーグと、僕のなかの砂生がはっきりと像をむすんだ。
「優葉」
呼びかけられて、砂生をみた。窓の外に視線が流れるので追う。夏の空。
砂生が死んだのは、梅雨時の交通事故だった。いま、手を伸ばしたら触れられるのに。きっと。でも、その「きっと」は何パーセントだろう。わからない。だから手を伸ばせない。
「優葉、抱きたい」
うん。でも、それはもうかなわないのだろうね。
「抱いてよ、砂生」
砂生はわらう。かなしそうなのに、とてもきれいなわらいかたで。
「生きてるあいだに、それを一回でいいから、聞きたかった」
ハンバーグは残りひと切れ。フォークで突き刺して、口にはこんだ。飲み込んで、いう。
「ごちそうさまでした」
視線が僕に戻る。ごちそうさまを、僕のいう夕餉のおわりのことばを、砂生はとてもすきだった。
「じゃあ」
玄関にむかいながら、砂生がいう。押しつけるように、焼き印を残すように。
「ハンバーグ、食べてくれてありがとう。優葉に会えて、うれしかった。お前がいたから、生きてた」
そうだね。僕もそうだった、そしてこれからも、そうなんだろう。
そう思うのに、なにも言えない。喉から先に、声が出なかった。
「もう、かえれないや」
さよなら、という意味なのだろう。傷つけないために、砂生が慎重に選んだことば。
「うん」
やっと声が出た。バイバイ、砂生。そして。
「サンキュ」
どこか、いつか僕の辿り着く場所で待ってて。これからの話を細大漏らさず聞かせてあげる。
目のまえで、ドアが閉まる。もう、二度と砂生を通さない扉。

キッチンには、まだ、デミグラスソースの香りがのこっている。

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【2018/01/07 09:32】 | お題SS。
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「赦されたい」
人生に残された音声という音声を掻き集めて作ったような声で彼は言った。
ぼんやりと暮れていく夕空を見ていた。茜色のグラデーション。
ほら、夕焼けがきれいだよ、と僕は言った。でも聞こえない。届かない。彼には見えていないから。とりどりのオレンジも、どれもこれも、僕のことも。なにもかもを見ているような眼には、なにも映っていない。

3日ぶりに口をきいた、とほっとした次の瞬間、その呟きの落ちた場所の途方もない救いようのなさに慄然とした。
背中を向けたまま僕は訊ねた。重くならないように、さりげなく聞こえるように、表面だけを撫ぜた形に響くように。

「なにに?」
返答は期待していなかった。さっきの音波でようやく、生きていたのだ、と彼を認識できていたくらいだから。

「……赦してほしい」
会話としては破綻している。けれど、その破綻ぶりが彼の姿を影絵みたいに浮かびあがらせている気がした。影の源が幻のように消えてしまった気がして、僕は振り返る。
ほつれた人影は部屋の隅にいる。薄暗い室内をあざ笑うようにオレンジが綺麗だ。素知らぬ風。
「志生(しお)はなにも悪くないだろ」
何十度目になるかわからない、救いにならない救いの台詞。荒波の中に投げ込まれる穴開きの浮き輪は、たぶん投げたものの自己満足の気休め止まりだ。
「でも、だれもなにも悪くないのに……」
志生も黙った。
だれもなにも悪くないのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
最後まで口にされることのないSOSは、助けてと縋られるよりつらい。

彼の眼がなにも映さなくなったのとたぶん同時に、僕には見えないものが見えるようになった。
例えば、暗室のような心に不安の種がとめどなく広がるさまが、その種が息吹くさまが、青白い植物が宿り木のように禍々しく、宿主を終わらせようとしているさまが。

神様、と僕は茜色のカーテンを握った。でも、なんと続けていいのかわからなかった。
助けて、でもない。どうしたらいいですか、でもない。

志生の様子がおかしいことに気づいたのは、3か月前。ゼミ発表のペアだった彼。調査資料の分析をしている途中、突然、顔を歪めて「怖い」と鉛を吐き出すように言った。ペンを持っていた手で頭を抱えて「怖い」と繰り返した。
最初はひたひたと足元を濡らすだけだった不安の影はいつしか海になり、成す術もなく3か月。
ネットで調べても、本を読んでも、本人が頑として拒むスクールカウンセラーの助言の語るところも、『決して本人から目を離さないように』。両親が海外赴任している志生の傍には、僕のほかにだれもいなかった。

鉛の振り子に揺らぐ毎日、に疲弊している。だれよりもきっと志生自身が。
暗闇に差し込む光さえ、映らなくなった眼をして。五感のすべてを遮断したような世界で、息を続けたものかどうか、毎秒毎秒迷いながら。
時間は残酷だ、と思う。もう取り戻せないものばかりを、手の届かなくなったことばかりを、きれいに照らし出すから。

さらさらと流れつづける救いようのない時間のむこうにはっきりとうつくしく映るのは、聡明で怜悧だった志生と、そんな志生をひそやかに好きだった僕だ。

静かな音楽が流れる寝室。僕がプラスミドと制限酵素、RNAポリメラーゼの話を終えるころに、ようやく志生は睡眠導入剤が効いたのか、眠りについたようだった。
眠っている気配を何度か確認して、そっと寝室を抜け出した。僕が「眼を離すな」ミッションを開始して間もなく、志生が言ったのだ。眠れるまでなにか喋っていて、と。
なるべくこの世に厳然と存在する事実だけを話した。曖昧なものは、志生を不安にさせるから。必死に毎晩考えてみたけれど、この世の『絶対』の少なさときたらどうだろう。この世で絶対と呼べる数少ないもののうちのひとつ、1+1=2、をどこかで疑ってかかっている僕にとっては特に。

ちいさく口ずさんだ。

I wish I could be the one that can save you
I wish I were the one that can fix you
If something that I have could make you feel better
You can take everything from me without saying a word

神様、と僕はまたなにもない天井を見上げた。志生はどうして、どうして―……。
どうして、あんなに苦しいのですか。

「きょうは3限目と4限目だけだから」
光がむなしく溢れる大学の付属図書館で僕は志生に含めるように言う。
「すぐに戻るから、ここで待ってて。どこへ行っちゃダメだよ」
鞄を両胸に抱えるようにして俯いている彼を置き去りにするのは気が引けたけれど、僕には僕の日常がある。毎日は回る。望まなくても朝は来る。勝手に流れて夜になり、また朝が来る。あぁ、これも絶対、か。この眼で見ることは、保証されていないけれど。

自分の分と志生の分。二枚の学生証をパスケースに戻した。志生の学生証を僕が持っていくのは認証式のゲートから彼が出られないようにするためだ。
閉じ込める、本の籠の中に。まだ元気だったころ。無類の本好きだった志生はわらって僕に言った。資料を館内検索しいていたときだ。
「一生ここで暮らせたら、天国だな」
「僕がおもしろいと思うのは、地下にある電動式書架だけだよ。しかもそこの資料が必要になってくるようなややこしい調査はできればごめんだ」
しかめ面をする僕を、わらっていた。でも志生の笑顔はここにない。もう見ることはないのかもしれない。
細く息を吸って、これも何十度目かわからない根拠のない『だいじょうぶ』を心の中で唱えた。
なんとかなる、どうにかできる。まだ、僕は志生を好きでいられるから。

4限が終わって図書館に戻った。夕暮れの光がひとしく館内を照らしている。
「慧(さと)」
エレベーター横の椅子から、志生が僕の名を呼んだ。精一杯の笑顔で歩み寄った。
夕方は随分と痩せた彼の影をフローリングにそっと伸ばしている。
「ごめんな、疲れただろ。帰ろうか」
パスケースから取り出した学生証を受け取った志生は、静かに頷くと、極力地球上に音を立てまいと努力しているかのようにゆっくり立ち上がった。
キャンパスを外れる道をゆっくり歩く。隣の影は、つぎの一歩が奈落に続いていないことを確認するような歩きかたをしている。

僕は、なにをしているのだろう。
苦しんでいるひとにそれでも傍にいてほしいと願うことは、相手の両手両足を縛って生温い願望の海に沈めることと同義だろうか。
いつか、守りたかったはずのものは、守ろうとした祈りのなかで、音もなく朽ちてしまうものだろうか。
僕は、なにをしているのだろう。
志生を失いたくない。それだけ、なのに。
失いたくないのだとまっすぐに告げることもせずに、優しさのかたちをした手で、いったいなにをしているのだろう。
僕は。僕は、神様にはなれない。志生の、神様にはなれない。この手じゃ志生は救えない。

夕空を見上げた。
神様、の次に続けたかった言葉を僕は見つける。
―……お願い、お願いだから、神様、ここにきて。

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【2018/01/08 08:56】 | お題SS。
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こんばんは、砂凪です。
ずいぶんご無沙汰しております。
年末年始のご挨拶もせず、クリスマス企画も立てていたのに実行せず(風里先生にわたしが会いたくなったのでざっくり書いてはいました!)せずせず三昧で申し訳ありませんでした。

短編をあげるかたわらで『いつか、ひかりへ辿り着く』を(またもや)手直ししていました。
なんとかかたちになったので、あしたからまた、随時更新します。
かたちになった、というかいまのわたしにはこれしか書けない、これで精一杯、という行き止まりがやっとみえました。

…。
……。
しんどかったよーーー!(笑)
なんだろう、どろどろした得体のしれない流動性物質に手を突っ込んで、必死でなにかをさがしているのに、だんだんとなにをさがしているのか、なにをみつけたいのかがわからなくなり、しまいには『なにやってんだろう、わたし……』とそこからわからなくなる感じで。
高校化学以来です、あの感覚は。理論化学と有機化学、意味不明じゃありませんでしたか?(余計なことはいわなくてよろしい)

ひとが生きたり死んだりする話は金輪際書くまい!とおもったのに、短編でうっすら書いてるし。
わたしの興味はどうやら、そのあたりにあるようです。
失ったものと得たものとの天秤がいつも釣りあっている人生だったら、生きるのはさぞ楽だろうなぁ、なんて思いつつ。

それでは、あしたから。
こんなわたしの書くお話でよろしかったら、どうぞおつきあいくださいませ。

伊坂幸太郎さんの『AX』を読んでいます。
かっこいいYO!わくわくするYO!
妹が「またコータロー読んでる……」と呆れます。
高村光太郎も伊坂さんも彼女にかかるとなんだか馬の名前のように聞こえるんですよね(笑)

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【2018/01/09 20:19】 | お知らせなど。
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あの日、あの夏の日。
兄の命は海に流された。一緒に海にきていた女の子が溺れたのを助けて、自分が死んだ。
どれだけの力が、どれだけの容赦のない凄惨が、その身の上に働いたのかあづみにはまだわからない。ちぐさがどれだけ苦しかったか、痛かったか。

ちぐさ。
呼ぶたびに、あづみは砂になりそうになる。あの日、足の裏にまとわりついていた砂。
年上の女性が怖くてしがみついていた兄の手。あの手を、もっとしっかり握って放さなければ、ずっと、海に負けない力で握りしめていたら。

形見、ということばが脳裏にうかんだ。
ちぐさの。ちぐさの形見。
なにもいらない、と思うのに足は兄の部屋に運ばれる。
空っぽの段ボールがたくさん運び込まれていた。どうしようもない虚脱感があづみを襲う。
ちぐさは、もう、いない。どれだけ思い出しても、どれだけ呼んでも、どれだけ手を伸ばしても。

「ちーちゃん、あんまり高いものは身につけなかったけど……」
「うん」
あづみは抜け殻の部屋を見渡した。

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【2018/01/10 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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なにもいらない、ほしくない。
けれど、なにかを選ばなければいつか後悔するだろう。ちぐさと自分とを結ぶものが、死者につながる扉が、もうなにもない、と。
たとえ、それがただの物体に過ぎずとも。

兄が欠片になって、細胞レベルにそっと分割されていく。そんな気がした。
その細胞をひとつ、分けてもらうことは罪じゃないだろう。

結局、ちぐさがよく身につけていた深緑の石が繋がったブレスレットを選びだした。いわれは知らない。ただ、ちぐさのお気に入りだったから。
それだけでいいの?と母親に訊ねられ、頷いた。
なにか話したら、ちぐさのいた部屋がどんどん遠くなる気がした。

自分の部屋に戻ると、小学校4年から5年にかけて使っていた自由帳を取り出す。
最後のページ。ちぐさの、ボートの設計図。
結局、あれだけ世間を騒がせた予言も空振りに終わり、それから何度か囁かれた終末預言もどれも当たらないままだ。

世界は、滅びない。ちぐさの語った永遠のなかで、ずっと回り続ける。
それはとんでもない希望のようで、底知れない絶望のようでもあった。

水を、と思う。喉の渇きを訴えるひとのように。水をください。それか、惨死に負けないだけの力を。
ちぐさの遺体をあづみは見ていない。というか、見せてもらえなかった。そのせいだろうか、ちぐさがまだどこかで生きているように思うのは。


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【2018/01/11 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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《2006年8月》

つらかっただろう、苦しかっただろう、どれだけ生きていたかっただろう。
7回忌の終わったあとの夏休み、あづみは散漫にちぐさのことを思い出すことが増えた。
死ぬことが負極で生きることが正極、あるいはその反対なら仕方ないことだ、とあづみは思う。

そのたびに、胸は痛む。痛ければ痛いほどいい。死者に繋がっていられる、傍にいるのとおなじことになる。
だってあんなに傍にいたのだ。

別れはあまりにも唐突過ぎた、強すぎた、むごすぎた。
祖母が繰り返していたことば。
「こないに、むごいことが……」
『むごい』。ちぐさの死にこれほどふさわしいことばもないだろう。
先月、形見分けの際に自分が選んだブレスレットを引き出しから取り出した。

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【2018/01/12 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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充分におこがましいとわかっていながら。思う、思わずにいられない。
兄は、と思うのだ。
ちぐさは、なんのために生まれてきたんだろう。

心のなかがひとりきりのまま、まどかちゃんとふたりになれる日を望んだまま、手も声も「さよなら」も届かない所へ行ってしまった。
ひとりで。
永遠に、ひとりきりのまま。

せめて、覚えていたいと思う。
ちぐさがあづみのためにしていてくれたことを、ただ優しいだけでもその思い出を、思い出とも呼べない些細な記憶を。

たくさんのちぐさの記憶を湛えたあづみの湖。
心の、いちばん大事な場所に、ちぐさがいなくなってできた湖。
かかえているのは苦しい、けれど手放すのはきっと、もっと痛むのだろう。
なにを手に入れたのかさえ、わかっていなくとも。

少しでも揺らいだら、零してしまう。
だから、呼吸にも発話にも細心の注意を払う。外部の衝撃で、湖が揺らがないように。
食事と呼吸のためにしか動かない唇を、あづみはかなしいとは思わない。

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【2018/01/13 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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兄を失い、静かになったあづみを、『急に大人びた』という親戚もいれば『お兄ちゃんが亡くなってショックを受けて』という先生もいた。
その声にすら、あづみは耳を塞いだ。
記憶に無関係な『だれか』なんて、いないのとおなじだ。
なにもしらない『だれか』の、なにもしらないことばなんて、ないのとおなじだ。

そして。
ふしぎと兄が死ぬ原因になった女性を責める気にはなれなかった。
自分と同等の、そして多分それ以上の何かを負っているにちがいないと思えた。
だから。だから、むしろ可哀想に思ったほどだ。
かわいそう。
あづみもよく言われた。かわいそうに、かわいそうに。
そのたびに心は耳を塞いだ。いらない、汚い、埃のような言葉。
「そうだね」と頷けば、息ができなくなる。

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【2018/01/14 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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市立図書館に出かけた。あまり、ちぐさとの思い出にない場所。
書架の間を、海藻をくぐる魚のように、これからどうしようと考えながら、ぐるぐる回っていると背中を声が叩いた。

「加科くん?」

振り返ると、同級の尾賀繭子がハードカバーの本を3冊ほど抱えて立っていた。
「あ、やっぱり」
深海から急にまばゆい光の世界に迷い込んだような気がして、あづみが口にしたのは「どうして」だった。

「どうして、って?」
「どうして、僕だってわかったの」
「何万回もみた背中だもん、わかるよ」

あづみはかすかに首をひねる。「意味がわからない」と言う。
繭子がちいさくわらった。

「やっぱり、加科くん変わってるね。ね、このあとなにかある?」
「このあと?」
「図書館でだれかに会うとか、そういうの」
「ない」

じゃあ、と繭子が声を弾ませた。
「駅ビルに行こうよ。加科くん知らないと思うけど、有名なチェーンなんだけどちょっとお高いドーナツのお店ができたの。わたし、行ってみたかったんだ」

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【2018/01/16 07:30】 | いつか、ひかりへ辿り着く
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