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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
知水(ともみ)がベランダで外をみている。
ときどき身を乗り出して、すっと手で空を斜めに切る。
ぱりんと糸の張りつめたような、頬の切れそうな冬の朝。
永依(えい)はまどろみのなかで、恋人になったばかりの人の背中をみていたが、外界(つまりは布団の外)の温度に思い至り、ぎょっとして飛び起きた。
なにをやってるんだ?
つめたい朝とゆうべ抱きついた背中の取り合わせは、ひどくアンバランスにみえた。
フローリングの床が冷え切っている。外は寒いだろう。ベランダにつづく窓を開けると知水がふりかえった。
「えい」
とても頼りなく、ひどく幼くわらう。昨晩、自分はこのひとに抱かれたのだ。自分が、どうしようもなくその笑顔を汚してしまった気がした。自分の持ちうるすべてを使って。
こんなふうに、わらうひとなのに。
「なに、やってるの」
「雪が降ってるよ」
知水がふたたび宙に手をさまよわせる。はら、はら、と気の向くままとしか言いようもなく、雪が舞っている。
空をうつす知水の眼は澄んでいて、きのうのことはすべて自分の妄想だったのではないかと永依は記憶を手繰り寄せる。

『ともみ』とただしく名を呼んだのが、いまから思えば関係のはじまりだった。
「めずらしいな、たいてい『ちすい』って呼ばれるのに。俺は蚊か!みたいなね」
知水はわらった。そういえば、おなじ笑顔だった。かすかに、どことなく、笑いかけられた相手が不安になるような。
永依の名はそう読みたがえられることもないが、知水はいった。
しりとりみたいだ、と。
知水、永依。
たしかに。漢字表記でいくと、そうなるな。そんな会話を交わした。
それから、そのしりとりの関係性に『ん』がつくことはなく続き、きのう知水から改めて告白された。
どこで『ん』がついて、おわってもおかしくなかった。
むしろいま、ここでこうしていることが不自然で、身にあまるしあわせのようだった。畏れ多いものに、触れるような。幼いものの命を、手の中に収めるような。

えい、と名を呼ばれる。手のひらに冷たいものがふれた。知水の手のひらだった。
「つめたい」
知水はまだ、わらっている。ひとを不安にさせる笑顔で。この笑顔がだいすきで、いつも永依はことばをなくしてしまう。
「永依、俺の手、つめたいよ」
「ベランダにずっといるから、」
永依、と知水が顔をしかめる。正解をしってるくせに、と。
「手が、つめたい。さむいんだ」
「……じゃあ、あっためてあげる」
唇が重なる。髪を撫ぜられる。さむいなんて嘘ばかり、と永依は心のなかでわらった。知水の熱をちかくに感じる。
「永依、ごめんね」
隙間でささやく声に視線を合わせると「抱かれたこと、後悔してる?」と不安そうにいう。
自分たちはどこまでも鏡写しでしりとりだ。
不安がって、こわがって。でも、どうしてもこの恋がほしかった。
ううん、と首を振る。だいすき、というと指が髪のあいだを縫う。

不安も恐怖も擦り切れるまでずっと一緒にいよう。
手を、心をずっとつないだままでいよう。引き離しようがなくなるまで。
手のひらにあるものは、畏れ多いものでも、小さな命でもない。
大事なひとのぬくもりと、心と、いちばんほしいものだ。

永依は手を伸ばし、知水の寝顔に触れる。
一生、安心させてあげられないかもしれない。
それでも、一緒にいる路を選びとってくれてありがとう。
知水が目覚める一瞬前まで、永依は頬に指先で触れていた。温度を、分け与えるように。

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【2018/07/07 20:45】 | お題SS。
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