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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
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ときどき、この世は記憶の墓場だとおもう。墓地をゆらゆらと泳ぐ魚、それが僕。
どこにいっても、なにをきいても、だれに抱かれても、脳裡にあるのはもう決して届かないもののことばかりだ。
まわりがみな、ただただ同じ色の魚にみえる。みな、なにも変わらない。
たったひとつの、かけがえのない魚を失った、僕の世界。おおきな魚から僕をまもってくれたスイミーはもう、どこにもいない。

マンションの高層階にさす陽射しより、はだしのつま先に踊る日光で、きょうは晴れているのだと実感した。
なにも着ないままでベッドに腰かけていると背中を声が叩く。
「おはよう」
うん、と答えた。スイミーがいない世界に、朝はこない、永遠に。
スプリングが軋んで、背中から抱きこまれた。あたたかい。人間は生きるのだ、墓場のような世界でも。
抱いた手は、それ以上のなにをするでもなく、ぽんぽんと頭を叩いて、離れた。
振りかえるとさびしそうな眼とかちあった。スイミーがいなくなってから僕を抱くこのひとはいつもさびしい色の眼をしている。
「朝だよ」

スイミーが病気だとわかったとき。そんなに弱くないとおもった、大丈夫だと、思っていた。
そのまま亡くなったとき。そんなに弱くないとおもえていたのは、守られていたからだと、気づいた。
ずっと、ずっとずっと、まもられてきた僕は、ふつうの海でおぼれてしまう。

「あした、いくだろ?」
もそもそと食パンをかじっていると、目的語を省いた質問を、軽いキャッチボールのはじまりのように投げてこられた。
「……いかない」
「なんでだよ、三周忌だろ?」
「……いきたくない」
食パンを焼いてくれた人は困ったな、という声色になる。
「こどもじゃないんだ、そろそろちゃんと」
遮って、僕はいう。
「ちゃんとしたくないから、いかない。いない世界じゃ、ちゃんとできない」
しばらくの沈黙。
「こどもじゃないんだ」
もういちど、いわれた。かたくなに黙っているとこんどはゴロンとドッジボールがやってきた。はじめて聞く、いらだった口調。
僕にぶつけるための声。僕をなじるための口調。
「そーやって、記憶のなかでずうっと暮らしてれば?いっそ一人で山にでも籠れば?だれにも邪魔されないで、記憶のなかで」
顔をあげた。顔だけじゃなかった。手が、勝手に、この優しいひとの頬を張っていた。
「邪魔してんのはだれだよ!踏み込んでんのはだれだよ!ひとりでいたいのに、ひとりにさせてくれないのは」
息を吸った。吸った濁った空気を吐き出すように叫んだ。
「好きだのなんだの、迷惑なんだよ!」
ちがう。ちがうちがう。いいたいのはそうじゃない。たしかに真実だけれど、いま伝えたいのは。
自分の頬を張った手を、そっと僕の顔にふれさせて、相手は静かにいった。塩水が指をつたって、ひじからテーブルに落ちる。
「迷惑でもいい、独り善がりでもいい、お前が好きだよ」
どうして。こんなに。このひとは、やさしくて、こんなに。抱かれれば気持ちいいのに、そばにいてくれるのに、心配して、くれるのに。僕は。
僕は、群雄する魚のなかで、このひとをスイミーにできないんだろう。
「いいよ、無理いってごめんな」
横にも縦にも首を振れず、ぼんやりと座っている僕を「仕事だろ」と促して、相手は席を立った。

ねえ、スイミー。もう僕は、思いだせないんだ。君がどういう色だったかを。
あたらしい海で泳ぐのには、なにをすればいいんだろうね。

いつも9時に帰ってくる同居人は、その日、9時を回っても帰ってこなかった。
床がふわふわとおちつかないような気持ちでぼんやり時計ばかりを見あげる。
不安がこみあげてきた。
記憶にあるのと同じ、不安。
スイミーが病気だとわかったときと同じ。
なぜ、いままで気づけなかったんだろう。ふつうの魚のまえでは、ちゃんとした自分を装っていたことに。スイミーを失ったことを微塵もうかがわせない顔で。
彼のまえでだけだった。弱さやかなしさや、さびしさを見せられたのは。
スイミーだった。彼はもう、ほかの魚じゃなかった。
かたかたを膝がふるえた。あの喧嘩の決着をつけないまま、もし。
時計の針が刻む音を永遠に聴いている気分になったころ。
鍵が、まわる音。
心の底から安堵して、僕は玄関に走った。
「ただいま」に、「ごめんね」と「だいすき」を伝えるために。
はじめて、グレーのスイミーに、自分からキスをするために。

スイミー、ばいばい。
真っ黒な喪服に、風を当てている。

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【2018/11/17 10:59】 | お題SS。
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ぽんぽんと、世界がはずむような夜だった。
同僚と飲んで別れて、彼の部屋にむかう道すがら。これからの時間に思い馳せ、古い洋画のテーマを口ずさんで。
僕が上機嫌になる要素がない、わけがない。
一緒に見るDVDは左手の濃紺の袋のなか、それからのあれやこれや。
そとで飲んできた僕とするのがすきだという彼も、きっと上機嫌でリネン類を整えているはずで。
口ずさむ歌が坂本九になったあたりで、空をみた。きんきんと耳の痛くなるような、そんな冬の夜。新月の夜。

「新月のときの月ってどうなってるんだろうね」
着衣をはずされながら僕が問うと、彼はまじめに「地球の影になってるんだろ」といった。
「科学じゃなくて、ひとの心のありようの問題」
「ひとがどう思おうと月の状態はかわらんだろ」
わからないひとだなぁ、と思いながら背中に手をまわした。
「いにしえのひとは、月がなくなった夜にはどう考えたかな」
ことばを継ぐ口を唇でふさがれる。縺れあわせる息のなかで、彼はいう。
「生まれ変わるとおもったんじゃないかな」
いいね、そうだね、の代わりに脚をひらく。

もうすぐ、僕もまた、生まれ変わる。
押し入ってくるものをぜんぶで抱きしめて、なにもわからないほど感じて、愛して。
交わるたびに新しい細胞から「好き」が芽吹く。
世界をつくりかえるのはこんなにも簡単だ。新月が巡りくるように、必ず。

髪を梳く指さきにまで震えが走る。
「……あ、っあ、いい、いい」

形ないものはあまりにも強固だ。月の光を手のひらでとらえられないように。触れないように。
月がなくてもあるように、僕の心は確かにここにある。
好きだとおもえないほど好きになっても。
伝えられなくても、示せなくても。
ことばしか、そこになくても。
からだでしか、つながれなくても。

月が消えてもあるように、

しばらくの思考の空白があったので、横になった背中に「なくなるものは、こわいか?」と訊かれたとき「なんの話?」と訊き返してしまった。
「ほら、月の……」
「ううん、ちっとも」
約束なんていらない。誓いもなにも。
きっとなくならないから、いまあるぜんぶが。

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【2018/11/23 16:08】 | お題SS。
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