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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
【幽霊のなまえ】

名前を与えられれば、消えることができる。
それが、この幽霊屋敷のルールらしい。『らしい』というのは、このルールが伝聞の伝聞の伝聞、というもはや伝説なのではないかというレベルの信憑性だから(『信憑』ということばも、いかにも幽霊っぽい)。俺の知る限り、この屋敷から消えたやつはいない。なにに縛られて、なにを遺して、なにが恨めしいのか、みなとどまっている。
「そろそろ、つぎに行きたいなぁ」
隣で、ぼやぼやと魂の幻を光らせている恋人がいう。
「このお屋敷にもずいぶん長いしなぁ……」
俺よりだいたい5年先輩だ。ということは、呆れるほどの時間を、ここで過ごしてきたのだろう。
「『あの世』ですか……俺は実在しないと思ってましたけど」
「長いことこのままでいると、魂が摩耗するから『あの世』へも行けなくなるしな」
顔を見あわせる。ため息が漏れた。

「お前、自分がこうなるってわかってた?」
先輩が寄り添って座る俺の髪をわしゃわしゃかき混ぜながら言った。屋敷の回廊には埃が時間を可視化したみたいに降り積もっている。
「……『視えるひと』だったから、なんとなくは」
生きていたなら、あの埃をぶわーってやって遊ぶのにな、と思いながら俺は答える。舞い上がった埃は時間を遡るだろうか。俺が生きていたころまで。
鶏と卵だな、と思ってとりとめのない思考を中断する。幽霊になってから、諦めがよくなった。
「そうか」
「先輩は『視えないひと』だったんですか?」
「うん。だから、いるんだ!って割とまじでびっくりした」
「そうですか」
先輩が、長い髪の女の子(むろんこいつも幽霊)に手を振る。俺もそれに倣った。
「まぁ、お前がいるならここにいるのも悪かないわな」

外は吹雪だ。珍しい。かなりの雪が積もり、屋敷は格好の自然発生的な探検アトラクションになっている。
先輩と俺が吹き抜けの玄関でつぎからつぎから降ってくる白い空のかけらを眺めていると、不意に背後の玄関扉がぎーっと、開いた。
雪にまみれたこどもが持った懐中電灯が2本、サーチライトよろしく屋敷の闇を切り裂く。ふたりいる。両方とも小学生男子。赤いコートと黒いコート。
思考が断絶的になり、起きていることが、理解できなかった。先輩も隣で固まって、手だけが俺の手をぎゅっと握った。
「……逃げたほうがよくないですか?」
「立場が逆じゃねえか?」
小声でやり取りしていると、赤いほうが、俺をまっすぐとらえた。こいつには『視える』のか。赤いのが、訊ねてくる。
「おに?」
「……は?」
「おにはそと。の、おに?」
「……ちがうわ!人間だっての」
人間であったことに、『否』の烙印を捺された気分で反駁すると少年はわらった。
「おなまえは?」
『視』なれているから、怖気づかないのはわかるが。
「ねーよ」
「じゃあ、『ふゆ』でいい?」
「名前?」
「そう」
あっけらかんと、にっこりと、赤いコートの口が動いた。ザ・名前、『ふゆ』。
消えられる!と思った。『あの世』へ逝ける。お屋敷生活ともサヨナラだ。しかし。
「俺のほかに、もうひとりいない?」
訊ねると、首を横に振った。「ひとりじゃないの、ふゆ?」とさえ言う。ほかの幽霊はいっさい『視え』ないと。

青いコートのほうは、懐中電灯をぶんぶん振り回し、屋敷の奥へ奥へあるいていったのか、姿がみえない。

「お別れだなー、『ふゆ』」
先輩が言う。「いやですよ」と泣きそうになった。
穏やかに、ここにきてからの記憶が巡る。走馬灯って、これだろうか。
堆積する埃と時間のなかに、先輩ひとりを置いては逝けない。
でも、だけど、それなのに。
消えかけている。意識も、存在も、このひとと一緒にいたいという願いも。

「また、生まれてくるから。ごめんなさい、先に逝きます」
最後の声は、先輩にきこえただろうか。

―……随分と、こわい思いをしたのね。
―……もう、だいじょうぶ。
―……おかえりなさい。

あたたかい。『あの世』だ。
光に抱きしめられた俺は、ふゆ。
先輩が最後に呼んだ俺の名が、消えませんように。
ほかにもたくさんの祈りたいことはあったけれど、俺は屋敷から遠のいて、逝く。

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【2017/02/06 07:30】 | お題SS。
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