秩序のとれた海 例えば君とふたりで
【みずうみの雪】

―……たとえばね、雪になれたら君の待つみずうみの底でうたって生きて

まばたく街灯が息をひそめるなかに、雪が舞う。
よわい黄色の輪の中にふたりで並んで、そのさまを眺めていた。
まるい光に飛び込んでは、ふわふわと地面に影を落とし、やがて影とおなじ場所にばさりと落ちる。
「おかえり」
思わず地面にむかって僕がつぶやくと、彼がわらった。
「……おかえり、はお前だよ」
「……そうだね」
夜行列車に揺られて、ふるさとの村に帰ってきた。列車だけじゃない、バスに随分ながいこと乗っていたので、軽い車酔いだ。
深夜。村はそれがこの世の決まりであるかのように寝静まっている。都会であるならば、ネオンやイルミネーションがまだまだこれから、ひとびとから活気をあつめ、そのちからで輝き、尚ひとを呼ぶ。そんな時間だ。
「ここは、しずかでいいねぇ」
「じいさんみてーなこと言う」
「ほんとうのことだもの」
「朋(ほう)」
名を呼ばれて顔を上げると、旧友は微笑んでいた。
「朋、あいかわらず、きれいだよ」
「変態みたいなこと言う」
「ほんとうのことだろ」
愛おしげなまなざしから目をそらした。

大学進学とともに上京、そのまま就職して3年。
なんど目を覚ましても、どれだけ瞼を開けても、ほの暗く悲しい朝を迎えるようになった。
理由もないのに突然涙がとまらなくなって、リフレッシュブースに逃げ込むことが増えた。
ぱさぱさと口の中で味をなくしていく日々、その無味のにがみ。
ふつうのまいにちさえ、僕を脅かした。
『帰ってくれば?』
だれかに、背中を押してほしかったのだろう。彼のそのひと言に縋って、ふるさとの雪を踏んでいる。

「どうしよっか」
「え?」
「これから、お前、どうしような」
『どうするの』ではないことばに、ひどく救われる。無言で伝えてくる。お前は、ひとりじゃない。
「……むこうと、似たような仕事をさがすよ」
「うん」
もしも。もしも僕のこたえが、『口利きして』とか『養って』とか(まぁ後者はないけど)だったとしても、彼は同じトーンで同じ返事をくれただろう。だから、大ぶれにぶれている、絶望要素しかない『仕事をさがすよ』がすこし輪郭をもった。

彼にすきだ、と言われたのは上京する直前。
びっくりして首を横に振って、傷ついた顔をみた。しかたないとはいえ、僕も悲しかった。傷つく義理は、僕にはないのに。
けれど。
彼は僕の傷をみて手を差し伸べてくれた。手ひどく悲しませたのに、もう僕にはその記憶しかないのに。
そこにすこしも下心やいやらしさがないのは、旧知の間柄だからわかりすぎるほどわかる。
『どうしよっか、僕』
さきほどの、問いかけ以上にこたえが出ない。
無傷で帰ってきているのなら、こんなに難しくはないだろうに。
へんに僕が疲れてしまったから、僕も彼も、彼の気持ちをどうしていいかわからない。

ちぎれそうな悲しみを、どうかいっときでいい、雪が隠して消してくれますように。

まごまごと母親が待っているだろう実家にむかおうとボストンバッグを揺らすと、彼の手が伸びてきて僕の肩から荷物を奪った。
「重いだろ。顔色もわるいし」
「え、あ、うわー…ごめん、ありがとう……」
光のなかで、振り返ってわらった彼の肩に、雪がうっすら積もっていた。

―……たとえばね、雪になれたら君の待つみずうみの底でうたって生きて

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

【2017/02/10 07:30】 | お題SS。
|
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可