秩序のとれた海 例えば君とふたりで
【春に降る】

「―……なんだって、ハルル、きいてる?」
外は淡く灰色と桜色にけぶっている。
眠たげな風景からゆっくり春唄(はるた)が音声に目をやると、声の主…海月(くらげ)…はたいそう気分を害した表情でこちらを見下ろしていた。
「なにを?……ごめん」
不機嫌な顔はいつも長続きしない。眇められた眼はすぐに笑いをかたちづくる。
「え?うわー…いまハルル、ごめんって言った?言ったよな?ううん気にしないで、でもなんで?」
あんまり…めったに…『ごめん』を方便に使わないほうだけど。でも、そこまで意外か?ワンテンポ遅れて、腹が立ってくる。
「くーちゃんがたのしそうだったからです」
意趣返しにむかし(幼稚園時代だ)の呼び名を使っても、海月は「なつかしいねぇ」と意に介さない。ほら、と車窓を指さす。
「あの公園、さくらの時期になるとお堀に幽霊が出るんだって」
「ふーん」
「で、ハルルと俺はいまからあの公園に行くんだってさ」
「……なんで!?」
春唄が座席からずり落ちんばかりにのけぞると、海月が名前を彷彿とさせる笑みを浮かべた。
「俺のねーちゃんからのミッションで、お堀沿いの和菓子屋の桜餅を買いに」
LINEの会話画面を突きつけられる。両手で赤十字を抱える、長い髪の女のアイコン。
「わかばさん、まだよくならないのか」
「そうだねぇ」といった海月の顔が桜色から灰色に変遷するように曇る。
「でも、起きてるときは、わらってる」
「そうか」
「わらってるから、こっちもかなしい顔できなくて」
春唄は無言で窓のむこうに目をやった。自分の名の季節のころには、海月の姉は元気になるだろうか。

海月がその答えをくれたのは、帰路、残高の足りなくなった春唄のICカードのチャージが済んだときだった。
「……ねーちゃん、もう夏は越せないって」
春唄は手を伸ばす。たった一音でもなにか言えば、傷つけてしまいそうで。
だから、海月の両手を黙ってつつんだ。震える指がぎゅっと握り返す。
「ねーちゃんだけなのに、な」
「なにが?」
「俺とハルルに『よかったね』って、言ってくれたの」
きれいな光の注ぐ、海月の家のキッチン。思い出せる、忘れられない。適切なのは、どちらだろう。
―……ねぇ、海月とハルくんって、つきあってるの?
沈黙がやわらかく肯定になった。斜めに差し込む光とおなじくらい透明に、わかばはわらい「よかったね」と言ったのだ。

なんて。
なんて優しい季節が、いとおしいひとの大切なひとを、うばっていくのだろう。

「ハルル」
「んー…?」
「……かなしいよ」
うん、としか言えなかった。
「くやしいし、なさけないし、こわいし、いやだよ。ねーちゃん、どうしていなくなるの」
むかいあって手をつないだまま、黙って、桜餅が行儀よく納まっている紙袋をみた。
「どうして、いなくなっちゃうの」
手の甲に落ちる水滴。かすかな春唄の手の震えに歪んで、さらに下の地面に落ちた。
わかばのしろい腕の点滴の雫を思わせた。ひとつひとつ、彼女の時間を削る滴下。
「……そうだなぁ」
吐いたことばが苦かった。「そうだなぁ」ともういちど苦いことばを繰り返す。
「……泣きたくなったら電話しろ」
おまえはきっと、わかばさんの前ですこしも泣けないだろうから。
海月はぐしゃぐしゃと春唄の肩に顔を押し付けた。接点からじょわじょわと涙が沁みてくる。
「泣きたくなったら、会いにいく」

こらえきれなくなった灰色の空から、空そのもののかけらみたいに、春に雨が降ってきた。

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【2017/04/08 21:01】 | お題SS。
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