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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
「さよなら」「じゃあな」「またね」という『さようなら』にまつわることばが有里(あり)はきらいだ。
きらいというより、もはや生理的に受けつけない。遺伝子のどこかに、何かバグがあるのかもしれない。

幼稚園のころ「せんせいさようなら、みなさんさようなら」という『お別れのあいさつ』のもつ仄暗さに心底おののいた。だんだん幼稚園にいくのがいやになって、午後のおひるねのあとのお絵かきになるとこの世の終焉のようにぐずった。
小学校にあがっていちばんうれしかったのが、「起立、礼」にいちにちの終わりの挨拶が変更され、「さようなら」の『さ』もいわなくてすむことだった。
それ以来、ともだちとの下校時のあいさつは「うん」とか「ああ」とか、曖昧な相槌ですませてきた。
それ以外の、例えば通学時(往路限定)とか授業中とかのコミュニケーションは良好なため、有里に下された皆のジャッジは『別れ際に機嫌がわるいけど、めっちゃいいやつ』だ。
これまでは、それでよかった。
すきな相手が、できるまでは。
嫌われているのでは、と誤解されるまでは。

「なー、俺ってなんか有里に嫌われてるよな」
ひどく不可解、という表情で智(とも)がいった。なんとなく、13段くらい突破しなければならない古い階段、を連想した。
ロッカーに精巧なブロック加工よろしく教材を詰め込みおわった智が有里のロッカーを覗く。と、驚愕した声をあげる。
「お前、ぜんぜんロッカーつかってないじゃん!」
「……持って帰るんだよ」
「どこに」
「アパートに」
有里は持って帰るのだ。専攻科目の全講義の、山のような教材を。
「……なんで?」
ちゃっかり有里のロッカーに自分の文献(あしたの講義で使うはずのものだが)をつっこみながら、智が訊く。
「……きらいで」
「は?」
「きらいだからだよ」
有里にはいえない、まだいえない、この期に及んで。往生際がわるいことこの上ない。
だが、教材にさえ『さようなら』ができない、なんて自白はすきな相手にたいしては情けなさすぎる。
智は「きらいって、なにが」と訝しむ。その一瞬後に、情けない顔で「ひょっとして、そんなに俺のこときらい?」といった。
どうしてそうなる、という内心の嘆きが顔に出たようで、智はまたゆったりとわらっている地顔に戻る。

有里は、この百変化する表情がすきだ。声がすきだ。智が同性であるという事実は、有里が智をそれでもすきでいたいと思う気持ちに負けた。
ただし、それを告げるすべがわからない。こんなに、明確な気持ちなのに。

「どうした?」
不意に訊ねられ完全に無防備になっていた口が「挨拶が」と口走っていた。「ちいさいころから、挨拶が苦手で」
「……はい?」
「『じゃあね』とか『またな』とか、いえなくて。こわくて、いえないんだ」
「教材にも?」
「教材にも」
ふーん、と智がいう。その、すこし突き放したような無関心に救われた。
すこし考えていた智がいう。
「まぁ、わるくはないんじゃね?」
「そうかな」
「うん、少なくともお前が『もう二度と会いたくないから』っていう理由で、俺に『またなー』とか言わないわけじゃないのがわかった」
想像してみた。智に「またな」という。イメージだけで吐き気がしそうだ。
「智には、できるだけ『おはよう』とか『ひさしぶり』とかだけ、言っていたい。できるだけ、ずっと」
「いい子だねー」
頭を撫ぜてくる手を振り払って掴み、有里は相手を半分にらむみたいに、見た。
「お前がすきだから、『またなー』なんて言ったら二度と会えなくなりそうだから、だから俺、」
「うんうん」
言い募る有里に、智はたいそう無邪気にわらった。
「それなら有里、いっしょに暮らそう」
想定外の方向から飛んできたデッドボールが、かーんと音を立てて有里の脳みそを揺らした、気がした(むろん、想定していたのは拒絶や嫌悪や軽蔑や、そんなあれやこれやだ)
「俺、有里が『ただいま』って言ってくれたらうれしい」
「いろいろ、段階的に、飛ばしすぎてやいませんか?」
「いや、でもさ。有里の家になれたらうれしい」
智はすこし声を低くして「有里、すきだよ」といった。

そっと、有里は想像する。
窓のなかでわらっている自分。すきなひとといる自分。もう、『さよなら』じゃない自分。
腕を伸ばし、家を、きっとすべて受け止めてくれる家を、抱きしめた。
Your home is my home.
君の家は、僕の家。

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【2017/04/14 07:30】 | お題SS。
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