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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
【夏を弔う】

白い夏。
あの白い夏は。
冷凍庫のなかで、いまも凍ったままで。

***

17歳の夏の想い出といえば、海に花火にお囃子、といったところが妥当だろう。潮風、煙のにおい、笛のメロディ。
しかし、阿積にとっての17歳、いまから3年前の夏の記憶、想い出とも呼べない《記憶》は慟哭だったり白い部屋だったり、煙突から立ち上る白煙だったり、する。
そして、禍々しい色の、川の淵。
あの夏の日から、緑色に濁った水の色が心の底を流れつづけている。

「あづみ」
阿積と同じく泣き声と白に包まれた17歳の記憶を持つ幼なじみ、小野寺から電話があったのは、8月半ば、盆の帰省が終わって大学寮に戻ったその日だった。同郷の村から逃げ出すように上京したのも同じ、いつから知り合いなのかも判然としない彼。
「おー、小野寺、どーした?」
どうしたのかはわかっている。苦しいくらいに、痛いくらいに。今日は、ふたりで弔う。水底に沈んだ、いないことで存在を増す影を。
同じく感じているであろう痛み苦しみを感じさせないトーンで、小野寺の声がする。
「いま、隣町の寿司屋にルームサービスを頼んだ。俺のために、寿司屋が握りを作ってくれんの。魔法のカードがあるから金もいらねえの。すごい世の中だよなぁ」
「出前を、カードで頼んだだけだろ」
上京したのは同じでも、既に働いている彼はクレジットカードを持っている。天文学を学びたがっていた彼が、大学進学を葬った理由のかわりに。
「ちょっと奮発したから食べにこねぇ?」
「行く」
行かなければならない。どんなに気が進まなくても、どれほどそうしたくなくても。

大学寮から電車で5駅の安アパート。小野寺の部屋のインタフォンを押し、阿積はバタバタと手のひらで顔に風を送る。まもなく招き入れられた部屋の取り付け型のクーラーには出力限界があるらしく、建築現場のような音を発しているわりに、阿積の部屋ほどには冷えない。
「お前さ、そろそろ盆くらいおばさんに顔見せたらどうだ。村のやつだってお前に会いたがってたぞ」
小野寺に言う。肩をすくめた彼は無言のうちに寿司を食べる箸を進める。
「それに、長良だってもうとっくに」
「まだ、3年しかたってない」
沈黙が落ちた。クーラーと合唱するかのように冷蔵庫がぶんっと唸ったが、すぐに無駄だと判断したのか阿積と小野寺を残して黙り込んだ。
「……帰りたくないよ」
コンビニの箸より高級な割り箸を折れるのではないかと思うほどに強く握り締めて、小野寺が沈黙を破った。
蘇る、水の音。
3人で幼なじみの《三兄弟》と呼ばれていた、その一員を飲みこんだ、水の音。

3年前。盆明け。ちょうど、3年前の今日。
17歳だった阿積たちは、川遊びをしていた。海なし県の故郷。冷たい水が流れる、あの川。高さ4メートルほどの岩の上から、ちいさな滝が作る淵に飛び込む幼い遊び。
崖上から後ろ向きに淵に転落し、水の流れにとられ、淵の深みで溺れかけた小野寺を助けに行った長良。
結果、助かったのは小野寺で、助からなかったのが長良だった。

「もう3年もたってる。みんな心配して」
「それは《みんな》がなにも知らないからだよ」
阿積を遮り、小野寺がむしろ静かに言った。
「幾重のも意味で、何重もの理由で、あいつが死んだのが俺のせいだって、だれも知らないから」
長良が《死んだ》と小野寺が表現するのははじめてだ、とぼんやり阿積は気がついた。
「だけど、長良はお前を助けようとしただけだ。理由はひとつだろ」
「……いいか、あづみ。長良は助かろうとすれば助かったんだ」
「え?」
「俺を岩の上にあげて、あいつは言ったよ。わらってさ、『バイバイ、望』って」
「……バイバイ?え、なんで?望、って?なんで、名前?」
小野寺は長く息をつき、吐き出すように言った。
「ふたりでいるときだけ、あいつは俺を《望》と呼んでいたんだ」
「……ふたりで?」
「俺ら、つきあってた。そういう関係ってやつ?」
口のなかの甘えびの味が消えた。頭のなかが冷えていく。
「知ら、なかった」
「言えるわけ、ないだろ」
小野寺は諦めたように寿司桶から一貫つまみあげ、口のなかに放り込んだ。
「長良は悩んでた。俺はそれを知っていたのに、ひとりだけ能天気だった。あいつがそれほど思い詰めてたなんて、ひとっかけらも思わないで」
「……それほど?」
「あづみ」
まるで先ほど口にした寿司が、苦いものであったかのように小野寺のことばは流れる。水の音のように。
「長良が死んだ。あれは、2重に俺のせいだ。俺が川に落ちたからと、俺と関係を持っていたから」
噛みしめるように、いままで封印してきたことを話す。不意打ちにうけた打撃に、それでも阿積はなんとか最後の疑問を紡いだ。
「……じゃあ、長良は、自殺した、……の?」
「俺が殺したようなもんだけど」
阿積は生ぬるい部屋の空気を吸って吐いて、そっと差し出すように告げる。
「お前は、なにも悪くない。だれも、なにも悪くない」
「長良が俺を赦しても、俺は俺を赦さない。赦せない、どうしても」
「それでも、なぁ、小野寺。俺はお前に言うよ。何度でも言うよ。お前は悪くない、なにひとつまちがってはいなかった」
膝に顔を埋めた小野寺から、そっと涙の気配がした。阿積は気がつかないふりで語りかける。
「おい、寿司が乾くぞ。さっさと食っちまおう」

この日。
阿積のなかでいくつかの恋が同時に終わったことを、小野寺は知らない。
小野寺と長良の恋、そして。
阿積が抱きつづけていた小野寺への想い。

夏を弔う恒例行事を終え、阿積は小野寺の家を辞した。
「わりぃな、なんか、いつもより重くて」
「来年も、ちゃんと長良の供養、するよな。まぁ、ふたりで会って、あいつの想い出話、するくらいしかないけど」
「これ」
小野寺が、わらった。
「供養かな」
「ちゃんと供養したかったら、お前、盆に帰れよ」
そうだなぁ、と空を見上げた小野寺が言った。
「もう、3年だもんな」

***

片想い。
君のは空へ、僕のは君へ。


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【2017/04/16 07:30】 | お題SS。
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