秩序のとれた海 例えば君とふたりで
【化学元素な僕らに】

どうして、心だけが。
いまだ悲しく君を呼ぶのだろう。
こんな、こんなにも、割り切れないことばかり。

***

臆病な世界で、僕はときに噓をつく。
傷や痛みや心を覆い隠すために、ちいさく噓をつき、ちいさく傷ついて。
元素記号でぜんぶ表せる僕らだっていうのに、どうしてごまかすことや繕うことを知るのだろう。

「……って思わない?」
中和滴定の実験、中性混合液をつくったペアから解散。そんな授業だった。
目の前の彼は「手元みろよ」と窘める。
実験器具の先端からぽたぽたとコニカルビーカーに落ちていく雫。こんなふうにちゃんと泣けたらいいのにな、と思う。
あのころちゃんと泣けた僕からは、もう水しか流れない。ふしぎなことに。
メチルオレンジ指示薬は、すこし前から赤を示している。酸性。
「あーあー…、お前のせいで実験報告レポート、すごい計算になりそう……」
彼は嘆きの声とともに机に伏した。このひとは、化学が苦手だ。
しっていること。もう、特にしらなくてもいいこと。

「なんかさ、僕ら……もうちょっと気まずくなってもいいんじゃないかな、と思う」
「俺はお前と気まずくならないように頑張ってんの」
「努力の方向性が、」
「はいはい、まずは中和計算の努力な」
言いかけた僕を遮って、ビュレットの目盛りを数えつつ彼がいう。コニカルビーカーのなかには、滴定のおわった薬品。
黙々と、若干鬼気迫る面持ちで計算を始めた彼を見遣って、ため息をついた。

僕たちは、10日まえに『もうふたりで会わない約束』をした。
彼は言う。つきあっている恋人がいるのに、自分に好意を寄せている僕に会うのは僕が気の毒だし、彼が気づまりだと。
わからないわけじゃない。
わからないわけじゃない、から、もう泣けなくなった。
10日まえ、あの夕方。僕の部屋。
困った声でいわれたのだ、「お前といると、時々ぐらっときて、やばいな」と。
約束もかたちもなにもいらないから抱かれてしまいたい、と思った僕もけっこうやばいのかもしれない。
なので、約束した。もう、会わない。一緒に出かけない、ふたりきりでは会わない、諸々エトセトラ。
手に入れてもいないものを、永遠になくした約束だった。

うわの空で、それでも手元はくるいなく計算していく。
それにほっとして、ほっとした自分に、絶望したくなった。
なにもかもかなぐり捨てて「そばにいて」と訴えたら。全然だいじょうぶじゃない姿をみせたら。
振り向いて、気にかけて、心配してもらえる、くらいはあるかもしれないのに現実の僕はわらっているのだ。
「俺の、こたえあってなくね?」
化学室の黒い机の上に、消しゴムのごみが点々と散らかっている。
ぼんやりと眺めていたら、ちゃっかり僕の計算と自分のものを見比べていた彼がいう。相手の手元のプリントをみると、化学式の電荷数がまちがっている。
「これ」
シャーペンの頭でこんこん、と自分のプリント2価の電荷を記した場所を示すと、まちがいの主は「そっかそっか」とごみをさらに散らかしつつ訂正に入った。

こんなふうに、簡単に直せたらいいのに。
ひとの気持ち、行き違いの約束、永遠に届かない願い。
簡単に、彼が僕をすきになってくれたなら、なにも望まないのに。
まるで、電荷をまちがえたまま延々と計算しなおしていくかのように、現実はうまくいかない、割り切れないことばかりで。
心だけがなぜ、なにも振り切れずに、君を呼ぶのだろう。

神さま、いるのなら。
どんな使命を背負えばいい?
それでも、そんな僕にでも、どうか、手を。

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【2017/04/17 07:30】 | お題SS。
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