秩序のとれた海 例えば君とふたりで
ダイニングテーブルを斜めに横切っていく光線があまりに白いので、孝弘は「これでなんか漂白したら、つめたいくらい白くなりそう」と考えていた。手の甲に、裏返して手のひらに当たるひかりはもう初夏の陽気だが、部屋が快適気温に保たれているため暑気はあまり感じられない。
「めいじー」
脱衣所に消えたまま姿のみえない同居人を呼ぶと、恋人はなんだよもう…といいながらも意識をこちらにむけた。
「なんだよ、って……。さっきから脱衣所でなにやってんの?」
「ん、洗濯乾燥機の稼働音を聞いてた」
「……なんで?」
「すべての俺の行動原理がしりたいくらいに俺がすきなの?」
放置し、ついでにブラインドは自分で降ろしにいくことにする。

「さいきん、小学校でまはるちゃん元気?」
「あー、なんか……」
孝弘は今度はストライプ状になったダイニングテーブルに意味もなく手のひらを滑らせた。
「姉さんが、学校から呼び出しをうけたらしくて」
「いやな気配しかしないなぁ……」
「父の日のまえ、まはるが『わたしのおとうさん』と題した絵に問題が」
「絵、うまいじゃん」
まはるに関してはすべてのジャッジが『得意』『うまい』になる明治だが、まはるの絵においては孝弘も同意せざるを得ない。
「自分のすきな絵を、ちゃんと描けるんだろ。それで、なにが問題なの」
明治のこういう、明朗明快さがすきだよな、と改めてすこし思った。でも。
「なんか、父親の晃さんの顔が真っ黒に塗ってあったとかで」
なんとなく、沈黙が落ちた。明治が「そっかー」といって、椅子に寄りかかって天井を見あげた。
「なんだろね、児童心理はかじったこともないけど」
「姉さん、ちょっとびっくりしたって。でも、まはるにはなにも聞けなくて、って」
「だ、よなー……」
でれんと椅子に座り崩れたままだった明治が、身体を起こすと、わらった。
「俺らの出番じゃねーか」

まはるを『押し付けられる』ことはたまにあっても、一時預かり事業を自分から申し出るのははじめてだった。
「どういう風の吹き回し?」
姉は怪訝そうな表情のまま、マンションのエントランスホールでまはるの手を放す。その手は磁石みたいに孝弘の手にくっついてくる。
「姉さんも、ちょっと気分転換してきなよ。義兄さんと出かけるにしろ、友達に会うにしろ」
「……うん、まぁ、そうだけど」
「俺からなんとなく、訊いとくよ。絵のこと」
華やかに微笑んでエントランスを出ていった姉の背中を見送り、そのコピーのようなまはるを見下ろす。
「メイちゃんに会うか?」
「いるの?」
ちいさな顔がいっぱいに笑みを浮かべる。

色鉛筆(明治購入)を握って、こちらに横顔をみせているまはるの表情はいたってあかるい。
「これは、問題なしだよなぁ……」
孝弘がつぶやく。明治いわく、『家族の絵』を描くように水を向けて嫌がったり気が進まない風情をみせれば『困ったこと』かもしれない、そうだ。ない知恵の仮定だけれど、うなずける気がした。
「メイちゃん、かけたよー」
明治はそうかいなーと相槌を打ち、まはるの絵をさかさまから覗き込んだ。「この絵の推定価値はですねー…」とふざけつつ、「まはるちゃん、お父さんとお母さん、どっちがすき?」とさりげなく訊ねる。グッジョブ、と内心で孝弘はエールを送った。
「おとうさん!」
姉惨敗の即答だった。みごとに問題なしの烙印が捺される。
「こないだ、がっこうで絵をかいたの。おとうさんの」
「そうかそうか、それで?」
「んー……みんなのとちがう絵になっちゃった」
「どうして?まはるちゃんのこの絵、お父さんもお母さんもじょうずに描いてあるよね」
「うしろから顔をかいたら、かんがえたら、くろくて」
しばらく、まはるの発言を追う沈黙があった。ややあって、明治がふるえる声で訊ねた。必死にわらってはいけないと念じている。
「ひょっとして、後ろから見たお父さんを、描いたの?」
まはるはこくっと頷く。そしたらね、という。「みんな、顔を描いてて」

あっけなく種明かしされてしまった『黒いお父さんの謎』の顛末を姉にかいつまんでメールした。
リビングでは、のんびりと会話が交わされている。
「だってわたし、おとうさんのあたまを、いちばんたくさんみるもん」
「なんでさ、顔みてしゃべるだろ」
「ううん、かたぐるましてくれる。それでね、『まはるもいつまでかたぐるまさせてくれっかなー』って、いうの」
「うわうわー……、まはるちゃんの結婚式でお父さんガン泣きだね、決定だね」
「早いわ!」という孝弘のつっこみと、まはるのふしぎそうな声が重なった。
「メイちゃん、けっこんしきしないの?」
「俺?相手いないし、すきなやついるし、むりだなー」
「すきなひとがいるから、けっこんしきしないの?」
「そうそう」
「ふーん……」
納得しかねる、という表情でまはるが色鉛筆を置いた。お絵かきは、会話をしながらも続行中だったらしい。
「みてみてー、メイちゃんとたかおじちゃんとわたし!」
小学校1年生の絵の水準ははかりかねるが、まはるの絵が相当にうまいらしいことはわかる。と思っていないと、不覚にもじわじわと泣いてしまいそうだった。
……『幼い』は、『優しい』と時に同義だ。

「俺、まはるちゃんのお父さんになりたい」
つくづくと、両手のなかにちょこなんと納まったまはるの絵を眺めやりつつ、明治がいう。
「じつに不可解なことに、俺も同意見だな」
「不可解じゃないでしょ」
わらった明治が孝弘のほうをうかがって、言った。
「まはるちゃんも、俺らとおなじくらい、しあわせになれればいいな」

夕暮れのリビングのひかりはもう、とても優しい。

******

ランキング参加しております。
いつも応援ぽちをしていただき、ありがとうございます《*≧ω≦》

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

【2017/04/18 07:30】 | お題SS。
|
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可