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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
―…コミュニティが、消えた。ぼくの、すべてだった場所。
UNHCR事務所の受話器を置き、ありがとうございました、と頭を下げてドアを閉めた。これから、どうすればいいのだろう。なにを信じ、どう生きればいいのだろう。冬の空。よく晴れている。

あの軍事的反政府組織のクーデターが成功裏に終わって、日本はふたつに分断されてしまった。クーデターの中央組織が置かれた、ぼくらみたいなマイノリティコミュニティにとっては危険な太平洋側国家。そこからいくつもの山を越え、国連軍に保護された比較的安全な日本海側。あれから、もう、15年。
ぼくらのコミュニティ…自給自足で暮らすベジタリアンが集まる、のんびりした、神さまがつくってくれた楽園みたいな場所。いくつかの共同体的ルールはあったけれど、ぼくたち家族みたいに時代の流れについていけなかったものにとっては、天国みたいなところ。もう、どこにもない。ぼくの家族も、あの共同体も。もしかしたら、神さまも。

15年前、弾圧を受けつづけるコミュニティから「逃げろ」と言ったのは、ぼくにとってはお姉さん的存在だった小菊さんだった。
「いい?風埜、なにがあっても生き延びて」。
小菊さんの最後のことばを胸に、ぼくは山伝いに日本海側を目指した逃避行をはじめた。初秋のことだった。ぼくらは木の実や山菜を食糧にすることもあったから、山中の食べてはいけないもの、食べられるものの区別は容易だった。いくつもの秋の実りに救われて、震える足で必死に走った。ぼくはまだ、12歳だった。
そして、27歳になるいま、ぜんぶを喪った。

小菊姉さんは言った。
「風埜、難民キャンプってわかる?」
「なんみ…?」
「国連難民高等…風埜にはわかんないね、とにかく、あたらしい国境の近くにキャンプがあるの」
「キャンプって、テントを張ったりキャンプファイヤーをしたりする、あれ?」
「全然ちがう。あなたが生き延びるために、国連っていうところがつくってくれる居場所」
小菊さんは大学で外国語を勉強していたらしい。難しいことばでなにやら書きつけ、ぼくにそれを握らせた。そして、言ったんだ。
「風埜、なにがあっても生き延びて」
小菊姉さんの言っていた『キャンプ』に辿りついたのは、冬の足音が聞こえ始めるころだった。ひとりで逃げてきたぼくを、キャンプにいただれもかれもが『奇跡の子』と呼んだ。小菊さんの走り書きを係員みたいなひとにみせると、彼は立ち並ぶテントのひとつにぼくを連れていってくれた。そこに暮らし始めて、15年。
いつか帰れると信じていた。いつか戻れると思っていた。でも、コミュニティが、消えてしまった。

壁沿いに歩いた。行く宛もなかった。ただ、心に空洞があって、そこからなにもかもが抜け出していくようだった。生きる力も、希望も、なにもかも。
パシャッと、音が聞こえたのはそのときだった。飛びあがって音のほうを向くと、大きなカメラを構えた男性がこちらにレンズを向けている。戦場カメラマン。こういうひとがたまにいて、ぼくらの写真を撮っている。なんのためなのかはわからない。無性に腹が立った。なににでもいいから八つ当たりしたかった。小石を拾って、彼のほうに思いきり投げつけた。
「おいおい、きみ、危ないじゃないか」
ことばのわりにのんびりと、彼は言った。ぼくより5歳くらい年上。
「どうしたんだ?国境沿いの壁は危険だろ」
危険。弾圧が始まって…いつだったかの小菊姉さんのことばが蘇る。
『風埜、コミュニティの外に出ちゃダメよ。壁のむこうは危険だから』
やさしかった小菊さん。もう…いない。どこにも。共同体でさえ、どこにもない。空を仰いだ。まだ青い。不意にそれが歪んだ。掠れた声でコミュニティの呼称を口にする。どっと涙があふれた。帰る場所。消えてしまった。

戦場カメラマンは名瀬と名乗った。ぼくの追跡取材をしたいという。
「どうしてですか?」
ぼくのテントの写真を撮っている彼の後ろ姿に訊ねる。
「どうして、ぼくなんですか?」
カメラを構えたまま、彼の背中が言った。
「きみ、弱小コミュニティから逃げてきた、『奇跡の子』だろ」
「……もう『子』って歳じゃないですけど」
わざと、つっけんどんに言ってやった。このひとは、きらいだ。
「やっぱり!」
ぼくの口調などお構いなしに彼はうれしそうに振り向いた。イライラする。
「滅んだコミュニティの生き残り。絶好の取材対…」
歩み寄ると、彼が言い終わらないうちに頬を殴った。数秒、ぼくの時間が止まった。コミュニティの教訓。『暴力は禁忌』。破ってしまった。

それが、ぼくのなかに残っていたコミュニティの幻影が消えた瞬間だった。信じるものが、生きるための縁が、崩れ去った瞬間だった。

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【2017/04/19 07:30】 | お題SS。
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