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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
【きらきらぼし】

きん、と音がする。きんきん、と繰り返し。一定のリズムをもったそれは、澄(すみ)の記憶のなかであたたかい。

かばんの中でメロディが鳴った。さっとこちらに視線が集中する。
けっこうな乗車率の私鉄車内、気まずい思いをしつつ、澄はスマホを取り出し、マナーモードに設定してからメッセージを確認する。
『仮免とれたー!宴を開いてくれ!』
文字越しに伝わってくるはしゃぎように澄は微笑んだ。返信する。
『じゃあ、きょううちで。』
返信の返信、はスタンプひとつ。ばたばたと身支度をはじめているにちがいない恋人のようすを思い浮かべ、おはじきをばらまいてピンクやオレンジでてんでに色付けしたような夕方の空の雲を眺めた。

インタフォンが音を鳴らしたのは午後8時、誉志(ほし)が画面越しにひらひら手をそよがせている。
二重ロックを解錠し招き入れると、感に堪えないようすでいう。
「やったー!もう、運動神経ぜんぶ死んでるからぜったいむりだと思ってたー」
狭い上り口でこまかく足を鳴らしていたかとおもうと、急に神妙な声を出した。
「その節は、さんざんご迷惑を……」
『その節』。つまりは誉志が指導教官に対する愚痴、前途への不安、弱音エトセトラを真夜中に電話で縷々述べた、ことを指しているのだろう。
「いいって。それに、僕にとれるくらいだから誉志だってもともとだいじょうぶだったんだよ」
車なんて大嫌いだった。心底憎んでいた。
けれど、澄たちが暮らす地方では必需品だったので、個人的な感情を抑えて大学一年の夏にはやばやと取得した。
……そのことを、記憶の音の主はどう思っているだろう。

もうすぐ満ちていく月を見あげながらコンビニに酒を買いに行き、出前のピザを頼み、だらだらと宴というよりはいつもの休日プラスアルファ出前、といった趣の夜は更けていく。

おもうさま抱き合ったあとでぼんやりした手のひらにむき出しの背中を撫ぜられている。
「ほんと澄のおかげ~……愛してるよ~……」
とろとろと誉志の声は耳に心地よい。さきほどまで澄を抱いて、せつなげに切迫していた声が完全に弛緩しきっている。
「だから僕でも大丈夫だったくらいだから平気だったんだって」
照れくさいので真に受けずに流すと、誉志の手が伸びてきて頬に触れる。
「お前でも大丈夫だったくらい、ってどういう意味?」
「車、きらいだから」
誉志はふしぎそうに言う。
「お前がはっきりきっぱり『きらい』っていうの、珍しいね」
「けど、車がなかったら、いまここでお前とこうしてないかな」
「それはぞっとしないな」
「3歳のころだよ、母さん……もう、顔も覚えてないけど……が、車の事故で、死んで」
傍らの恋人がかすかに身じろいだ。気がつかないふりで、続ける。
「だから、車はきらい。大嫌い」
「うん」
「……覚えているのが、家にあった子供用の鉄琴で母さんがきらきら星をおしえてくれたことで」
他者に話すのは、はじめてだった。心の引き出しの奥の、触れても消えない光。

―……すみ、ひいてごらん。
うしろから白くて指の長い手が、小さな手を包む。
きん、と音がする。きんきん、と繰り返される音は、メロディになる。
歌声。Twinkle. twinkle, little star...

するすると思いだすうちに、泣いていたらしい。誉志がぎゅっと抱きしめてくる。
「だから、たまたまお前の着信音がきらきらぼしで、お前の名前が『ほし』で、だいじな、なくならない記憶といっしょだから、だから男なのにってびっくりしたけど、お前がすきだよ」
もう、なにを言っているのかよくわからない。
誉志の持っているもののなかで、すきなものはもっとあるのに。
いまは、どうしても、どうしてか、その理由がこぼれてきらきらと部屋を満たしていく。
背中をあやすように撫ぜながらかすかに恋人はうたう。あの、しあわせなリビングに満ちていた、うた。
Twinkle, twinkle, little star, how I wonder what you are...
空に輝く宝石みたいな、手に触れられない、でも確かにみえるやさしさで。
いま聴いている声と記憶の声を重ねながら、澄は緩やかに意識を眠りに落としていった。

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【2017/06/11 15:21】 | お題SS。
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