秩序のとれた海 例えば君とふたりで
高居さんから牡蠣鍋に誘われたのは、ちょうどオフィスをあとに私鉄の駅にむかおうとしていたときだった。
『豊世くん、鍋をしませんか』
暑いのに鍋、真夏に鍋。
高居さんの正気をちょっと疑いながら『いいですね』と返信、その後『いまからそちらにむかっていいですか』とつづけた。

高居さんの家でときどきごはんを食べるようになって数か月が経つ。
元来きぱきぱとものを話す高居さんが、僕の帰りしな、いつも何か言いたげであることに気づいて2か月が経つ。

手土産にすこし値の張る日本酒を買い、いつものマンションにたどりつくころにはすっかり夜がくれていた。
集合玄関から高居さんの部屋(苗字のせいではないと思うけれど「たかい」部屋、物理的にもお財布的にも)にむかいながら、鍋、とおもった。
鍋というのは、どの程度親密な間柄のひととやるものなのだろう。
高居さんは僕の会社のなにかをなにかしている(らしい)WEB関連のなにかのひとだ。会社のなかで迷子になっていた高居さんを企画戦略室はもっと上の階です、とおおざっぱな道案内をしたのが『知り合い』のはじまり。
鍋、ともういちど思ったところでインタフォンの応答があり、ロックが解除された。

クーラーの効いた部屋で鍋って、こたつでアイスに通じますね。
すべてのぜいたくはこたつでアイスに通じるな。
そんなしょうもない会話をしながら、けっこう飲んだと思う。
完全に帰宅のタイミングを逃しつつあり、あぁ、これはもう、そういうことになるのかな。僕はぼんやりそう思いながら、高居さんをみた。
笑いかけられて、首をかしげると
「そんなに怯えなくても。酔いに任せて口説いたりはしないから」
と高居さんがいう。
その瞬間、ああずっと僕は、とおもった。ずっとまえから僕のほうが、このひとをすきだったのだ。
ダイニングテーブルに置いた箸をながめて「高居さんはずるいですよね」というと「君こそ」と返された。
「そんな顔みたら、動力源がガス欠になるだろ」
「動力源って」
僕が苦笑すると高居さんも安心したようにわらった。

今までだれのことも曖昧にしかすきになれなかったのは、高居さんに出会うためだったのだろうか。
湯気のむこうでおだやかに笑っているひとを見つめた。
かたちのあるものを、かたちのない方法で与えてくれるひと。
きっと最後の恋だけど。牡蠣を菜箸でつつきながら思う。
最後の恋を、最初からずっと待っていたんだ。

しずかに鍋が煮える音も、高居さんの眼鏡がくもっていることも、おいしいお酒も、その気持ちにとても平等だった。
最初から、待っていました。鍋を食べ終わったら、高居さんに言おう、そう思った。

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【2017/08/28 21:57】 | お題SS。
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