秩序のとれた海 例えば君とふたりで
さきにこちら、次にこちらを読んでいただけるとうれしいです。つづきものです。

【もんじゃ焼きと鍵と告白】

「ところで豊世くん」
高居さんが切り出した。
会社帰りに待ち合わせていた。並んで歩きながら、このまま別々の路線の私鉄に乗って帰るんだろうな、と僕は考えていた。
「もんじゃ焼きをたべたくないかい?」
うーん、と僕は喉の奥で曖昧な音を出した。
「もんじゃって、したことないんです。あれって焼けるひとが行かないと惨劇が起きるっていいますし」
「じゃあ、おなかが減らないかい?」
僕はわかりやすく夕飯に誘われていたのか。
高居さんといっしょに夕飯をたべる。いまはもうさして目新しいことではないけれど、外食ははじめてだ。
「高居さんが得意なら、もんじゃ焼き行きますか」
並んだ肩を見あげてわらう。空は様々な色合いの雲を並べて、それを沈む夕日が穏やかに照らしている。

高居さんの料理のポテンシャルにはかなりの頻度で驚かされてきたけれど、もんじゃ焼きに関してもそうだった。
きれいにちいさなヘラで具材をかき混ぜ、先につくっておいたドーナツ型の土手に流しいれる。
「この段階でおいしそうですね」
僕がいうと、テーブルに肘を載せてひたいのあたりを掻きながら高居さんはほう、と息をついた。
「豊世くんがまじまじみるものだから、緊張したよ」
「台所で母親が料理するところをみるこどもの気持ちがわかりました」
相手は一瞬しん、と黙ると「そうかぁ」と僕をみてわらった。

さんざんもんじゃ焼きをたべたあと、ひどく煙の臭いがするだの明太チーズは危険ですよねだの、しょうもないことをふたりで散々話しながら川べりを散歩する。
黒々とした水が流れる川は街灯のひかりを跳ね返し、水のにおいがそこいらじゅうに立ち込めていた。
僕はすっかり帰る気分じゃなくなっていたけれど「豊世くんのアパートまで歩こう」と高居さんに先まわりしてだめだよ、と釘をさされてしまっていた。
手を伸ばして高居さんの腕に触れると、大きいわりにきれいな感触のいつもの手が伸びてきて握り返してくれる。
好きなひととごはんを食べて、一緒に歩いている。たったそれだけ。でも、たったそれだけを得られないひとは、たくさんいるのだ。
「高居さん」
たちどまって呼びかけると指の先にいるひとはゆっくり振り返る。たかいさん、と僕はもう一度呼び「キスしたい、です」といった。
手のひらがふっとこわばり、高居さんが困ったように黙ってしまった。
「だめ、ですか?」
しばらくして、高居さんが掠れた声で返事をくれた。
「うん。いまはまだ、だめだよ」
それでもつないだ手は振りほどかれず、ただ高居さんの鼓動がすこしだけ早くなったのを伝えてくる。高揚と、たぶん欲情。
高居さんの腕にぎゅうぎゅうひたいを押し付けて、抱いてくれていいのに、とおもった。
抱かれてしまいたい、とおもった。
「豊世くん?」
困惑と戸惑いをうかべた高居さんの声で、自分が泣いているのに気がついた。情けなくて、惨めで、みっともなかった。
「豊世くん、これ」
手のひらになにかカサカサした紙が落とし込まれる。触感のわりに質量がある。
「これをあげるから、泣かないで」
手のひらのなかの『なにか』をぎゅうと握って、腕からひたいを離し、こくっと頭を前に傾げた。

『なにか』の正体が判明したのはアパートまで送ってもらって、ひとりになってその存在を思い出した時だ。
急いで紙の中身をうかがう。鈍く光る鍵がぽとん、と手のひらに落ちた。
背中がかっと熱くなった。どうしよう、うれしい、でも。
慌てて携帯電話に手を伸ばし、高居さんの番号を呼びだした。
「もしもし」
『豊世くん、こんばんは』
おだやかに、電話のむこうから声がした。
「高居さん、これ、鍵……」
『うん、きょうもんじゃ焼き屋で渡しそびれて』
「そうじゃなくて、いただいてしまっていいんですか?」
『もらってくれたら、うれしい』
僕は相手には見えないけれど、思わず居住まいをただした。カーペットに正座して言う。
「高居さん、好きです」
『うん、ちゃんと、しってるよ』
高居さんは『俺も豊世くんが、好きです』と生真面目にいった。
えーとですね、と僕は迷いながら、ひとつの希望を提案する。
「じゃあ、好き同士で、恋人どうしですね」
いまさら何を言っているの、と高居さんがわらった。
『でも、ちゃんと豊世くんがそう言ってくれてよかった』
「今度会ったとき」
僕はいう。
「僕は、高居さんと、キスしたいです」
『うん、俺も』
それから、もんじゃ焼きの感想やこんどはなに食べに行こう?という話をぽつぽつ交わした。
電話を切ると、傍らに置く。礼拝するひとのように、床にうずくまった。
ほんの小一時間前まで手をつないでいたひとに、ついさっきまでしゃべっていた人に、こんなに、会いたい。

声に出さずに、呟いた。たかいさん、あいたい、です。

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【2017/08/31 18:41】 | お題SS。
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