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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
☆きょうは高居さんと豊世くんは臨時休業です。ごめんなさい!

【はちじゅうはち】

学校の帰りに、駅前の書店に足を運んだ。
文芸、新書と棚をすり抜けて『天文・宇宙』という案内札の下にたどりつく。とても人口密度の低いエリアだ。
書籍のタイトルをざっと目でなぞり、気になったものを一冊二冊と吟味していく。
天体写真の大判の本を小脇にレジにむかう。時間帯もあってか、すこし混みあっていた。
「ご自宅用ですか?」
店員に曖昧に首を横に振ると、彼女はにっこり微笑んで包装紙の色とかけるリボンの色の説明をはじめた。
渡す相手はそもそも包装紙とリボンの有無に頓着しないだろうから、『ご自宅』でよかったか、と思いはじめる。ご自宅、にこのうえなく近い距離にあるし。
それでもみずいろのぴんとした紙と深いブルーのリボンは僕をわくわくさせた。
わくわくを原動力に88個の要素で構成された世界に住む相手の家に歩を進める。呼び鈴を鳴らす。出てきたのは奏良(そら)の母親だった。絵に描いたような『母親』だと、いつも思う彼女。背負っているものの重さなど、愛を理由に心が清算するのだろう。
「麻人(おと)くん、ひさしぶりね」
「おひさしぶりです、学校の行事と試験でばたばたしてしまっていて。奏良はいま?」
「あ、だいじょうぶ。すこし具合もいいみたい」
「渡したいものがあって。いいですか?」

通された奏良の部屋。エアコンと除湿器と空気清浄機(殺菌機能付き)がみえない城壁を築いている部屋。
「そら」
名を呼ぶと、相手の顔がほころぶ。それだけで来てよかったと思う。たとえ、僕にみえるのが、奏良の眼だけだとしても、そこに浮かぶのが純粋なよろこびなら。
「きょう、学校の試験がおわったから。ひさしぶりに寄ってみた」
うなずく。相手はしゃべることを医師から禁じられている。
ほら、と写真集をわたす。包装紙をはがしてあらわれた本をみるなり、奏良はわらった。こどもみたいに。

まだ小学生だった頃から、奏良はとてもかしこく、はしっこいこどもだった。
だから、叶えるんだろうと思っていた。宇宙飛行士になりたいという大きな夢も、それが当たり前、という顔をして。
中学1年秋、難病を患ってしまうまでは、手に入れるのだろうと、そう思っていた。
だれもわるくない、なにもわるくない、としゃべれたころの奏良はいった。ただ、運がわるかった、と。
奏良を失うことより、彼の夢がかなわないことが怖かった。
おなじ秋、僕は自分の夢に近づいていたから。
ピアノのジュニアコンクールで優勝していたから。

手元のホワイトボードに奏良がさらさらとなにか書く。こちらにむける。
『星座の数と、ピアノの鍵盤の数は、おなじなんだって』
はちじゅうはち、と僕がいうと、うんうんと奏良はうなずく。「鍵盤」という漢字を難なく奏良が描けるのは、僕がいるから。
また自分のほうにむけたボードに書かれた文字は『きょう読んだ本に書いてあった』。
「きょうは、読書できるくらいに具合がいいのか」
僕がいうと、奏良はうれしそうにうなずいた。

88。
それだけの数で世界を築くことができる。奏良も、僕も。
まるでこの世に悲しいことが存在しないかのように。戦争、飢饉、愛する人を失うこと、残して先立つこと。
それが、唯一の救い。
はちじゅうはち、を通じてつながっているのだ。たとえ、隔たった人生が触れようもないほどにほどけてしまっても。
救いであると同時に、呪いでもある。
僕は思いだすだろう。どこで弾こうと、はちじゅうはちに手の届かなかった大事な幼なじみ。

奏良の家を出ると、いちばん星が空に瞬いていた。
俯いた地面に、星座のように、星のかたちをつくる点のように、涙が落ちた。
たとえば88万回、泣いても。
たとえば88万回、奏良のいない星を見ても。
おぼえていたら、だいじょうぶだろうか。僕の奏でるものは、まだつながったままでいられるだろうか。
また明日、全国コンクールの予選がある。聴いて、届いて、わらって頷いて。いつか離れてしまうとしても。
いつか、ひとりではちじゅうはちの世界を生きることになっても、星のように輝いていて。

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【2017/09/11 10:09】 | お題SS。
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