秩序のとれた海 例えば君とふたりで
うつくしきもの、と心地よい声が流れる。
午後の、古典の授業。昼休みのまえの授業がバレーボールだったので、ノートをとる手が痙攣するようにわずかにふるえている。どうしてだろう、といつも思う。思うだけだ、べつにわかりたいともわかろうともしていない。
斜め前の席で遠木は、うりにかきたるちごのかお、と読み上げている。
内職をするもの、沈没している頭、携帯をいじっている俯いた髪。だれも、きれいな朗読に気づかない。
教科書を読み上げる彼の声がとてもきれいなことに気づいているのは、ひょっとしたら僕だけかもしれない。古典の教師も、きっとわかっていない。
声が、なにもなにも、という。
ん、と老境にさしかかった教師が制止なのか、声を発した。
「遠木くん」
茄子色、というのだろうか。そんな色はないのだろうか。遠木の髪はそんなふうにかしがるとわずかに深みがかった紫にみえる。
「それは、なにもかも、です」
「はい」
うつくしい声が、かわいらしいものを次々に読み上げる。

かわいらしいもの。
となりで眠っている遠木のうすく開いた口許。極(いたる)、と僕の名を呼ぶ声。僕を抱くときの切迫した表情。
かわいい、とおもう。永久に閉じ込めて、なにも変わらないまま、だれにも触れさせないまま、ずっと保存しておきたいほど。
ぜったいに、かなわない、望み。

ただ、忘れたくない、とおもう。
遠木がくれるものすべて。感情も快感も、注がれるまなざしも。
うりにかきたるちごのかお、のように忘れたくない、消えなければいい、消えないで。
たとえ、描いた稚児がいつかおとなになるとしても、そこにある想い出がきえないように。
慈しまれた事実がきえないように。

慈しんだ記憶が、本物であるように。
愛したことだけは、憶えていられるように。

博物館に陳列されている品々のように静かに淀んだ教室で、僕はひっそりと息をついた。

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【2018/01/06 10:07】 | お題SS。
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