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秩序のとれた海 例えば君とふたりで
葬儀から帰宅すると、遺影のなかに収まっていたはずの恋人が夕飯をつくりにきていた。
「砂生(さお)」
僕が、おずおずと呼びかけると彼はふりかえってわらった。何事もなかったかのように。いつも通りに。
「優葉(ゆうは)、疲れたろ?座って待ってて。いまできる」
いつもの背中。いつもの光景。いつもの夕餉。いつもの。
思考がぶれて、揺れ、焦点を結ばなくなる。なにも、なかったのかもしれない。あんな事故は起きていなかったのかも。
けれど、僕は喪服を着ている。
砂生はフライパンを片手にキッチンから顔を出すと「鍋敷きもっていって。洗いもの面倒だから、このまま食べてくれる?」という。

フライパンのなかには大きすぎも小さすぎもしないハンバーグがちょこなんとおさまっていた。
砂生は向かいに座り、ただにこにことこちらをみている。
「……いただき、ます」
ひとくち、放り込む前に違和感があった。その正体を見極めるまえに、思わず僕は口許を押さえた。
生臭い。干し生臭くて、にがい。ちかい味を探すなら、切り干し大根。
砂生は「どうしたの?」というと、腰を浮かせた僕を見あげた。
「なんでもないよ、なんでもない」
ふたつ重ねるとまったく否定にならない否定をしつつ、切り干し大根の味のする肉のかたまりを飲み込んだ。

砂生は毎晩夕方ぐらいにやってくると、まいにちハンバーグをつくってくれた。
僕の味覚がおぼえた味は、毎回ハンバーグではなかった。食感はハンバーグそのものなのに。
生のたまねぎ、とうもろこし、にんじん、ゆであずき、キャベツ、しょうゆ煎餅。雑多な味が口内にひろがるたび、ハンバーグの概念とともに僕のなかで壊れるものがあった。ハンバーグ、ってなんだっけ?

―……砂生、ってだれだっけ?

わかっている、わかっている。
いま目の前にいて、にこにこしながら僕がハンバーグ(あるいはハンバーグに類するなにか)をたべるのを見守っている、僕の恋人。だれよりもただ、失いたくなかっただけなのに、逝ってしまった大事なひと。
でも、いつでも、どこにいても、その問いは繰り返し襲ってきた―『砂生、ってだれだった?』
僕のなかで砂生がぶれて、像をむすばなくなる。
キッチンに立つ背中、フライパンを繰る手。これは、これはだれだろう。

七月さいごの土曜日。
砂生がつくったハンバーグは、デミグラスソースの味がした。砂生がつくる味、砂生にしかつくれない味。
そうだ、これだ、ハンバーグはこれだった。
ハンバーグと、僕のなかの砂生がはっきりと像をむすんだ。
「優葉」
呼びかけられて、砂生をみた。窓の外に視線が流れるので追う。夏の空。
砂生が死んだのは、梅雨時の交通事故だった。いま、手を伸ばしたら触れられるのに。きっと。でも、その「きっと」は何パーセントだろう。わからない。だから手を伸ばせない。
「優葉、抱きたい」
うん。でも、それはもうかなわないのだろうね。
「抱いてよ、砂生」
砂生はわらう。かなしそうなのに、とてもきれいなわらいかたで。
「生きてるあいだに、それを一回でいいから、聞きたかった」
ハンバーグは残りひと切れ。フォークで突き刺して、口にはこんだ。飲み込んで、いう。
「ごちそうさまでした」
視線が僕に戻る。ごちそうさまを、僕のいう夕餉のおわりのことばを、砂生はとてもすきだった。
「じゃあ」
玄関にむかいながら、砂生がいう。押しつけるように、焼き印を残すように。
「ハンバーグ、食べてくれてありがとう。優葉に会えて、うれしかった。お前がいたから、生きてた」
そうだね。僕もそうだった、そしてこれからも、そうなんだろう。
そう思うのに、なにも言えない。喉から先に、声が出なかった。
「もう、かえれないや」
さよなら、という意味なのだろう。傷つけないために、砂生が慎重に選んだことば。
「うん」
やっと声が出た。バイバイ、砂生。そして。
「サンキュ」
どこか、いつか僕の辿り着く場所で待ってて。これからの話を細大漏らさず聞かせてあげる。
目のまえで、ドアが閉まる。もう、二度と砂生を通さない扉。

キッチンには、まだ、デミグラスソースの香りがのこっている。

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【2018/01/07 09:32】 | お題SS。
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