秩序のとれた海 例えば君とふたりで
物心ついたときから一緒だった。
たとえば予防接種の会場に、ざりがに釣りでごった返すあぜ道に、光を反射させるあかるいプールに、僕は彼をいつもみつけた。
そのたびに訊ねた。まわりの大人に、遊んでいた子に、先生に。
「あの子は、いれてやらなくていいの?」
だれもなにもいわない。『あの子』がみえないのだ、彼らには。いつだったか気がついた。
それと同時に母さんの手が僕の目が彼をとらえるたびにわなないていたことに気がついた。
だれだろう。あの子は。

―……僕だよ、僕。思いだして思いだして、ねぇ、砂粒ほどのかけらでも。

中学になっても、高校に無事合格しても、彼はいつもそこにいた。
『そこ』とはなにげなく見遣った先なので、どうにもふしぎだった。ふしぎで、終わらせておかなければ、ならなかった。
じいっとこちらをみている。何らかの感情とともに。
そしてそれは。憎しみ、かもしれなかった。

弟がいたのよ、と二十歳の誕生日におしえられた。
まだ、母親の胎内にいたころに死んでしまった、双子の弟が僕にはいたらしい。

彼のこちらを見遣る眼に宿る感情。
憎いのだろう、それはそうだ。僕の命は彼を犠牲にした上に立っているのだから。さぞや、憎らしいことだろう、恨めしいだろう。
反論したくなる。でも、と。でも、生まれ落ちて生きていくというのも、なかなかどうして簡単にはいかない。

「どうした?」
凛がふいに覗きこんでくる。
「なんか食うか?」
やさしい凛は僕の恋人で、こんなふうに物思いにふけっていてもただの空腹だと誤解して、くれるふりをする。
季節は夏で、丑三つ時。僕らはことののちにひとつの布団でごろごろしている。
けだるさと、夏の夜の色が、僕の口を緩めた。
「……ゆうれい、って、信じる?」
「信じる信じない、じゃなくているんじゃないかな」
断言されて、逆にその明朗さに口をふさがれる。凛が淡々とつづけた。
「いるけど、みえない。あるけど、みえない。そんなものばっかりだろ、世界なんて」
「そうかな」
そーだよー、とわらった凛は「どんなに俺が由仁(ゆに)がすきか、とか」ときわめて個人的な事象を並べた。
はいはい、と適当にあしらおうとひらひら振った手をつかまれた。
「どうして?」
「ん?」
「なんで、いきなり幽霊?」
それは、と口ごもると凛はふっとわらった。

「おまえにも、ひとり憑いてるもんな」

心の底がぽかんと抜けて、なにも考えられなかった。かわりにただ、ことばがついて溢れた。
「憎まれているんだ、僕が、殺して、僕だけ生きて」
話した。僕の代わりに死んだ弟のことを。
だれにも話さなかった、5年間、凛にも話していなかった、事実。

犠牲にしてまで生まれてきた僕。それなのに、未来に命をつなげられもせず、種のありかたとしてはきっと間違っていて。
なかなかどうして、うまくいかない。
「憎んでは、いないんじゃないかな」
しばらく考え込んでいた凛はいう。
「ただ、由仁のことが心配で、別々にされて悲しくて、一緒に生まれてきたかったけど、できなくて―……だから、生まれてきた由仁がどう生きるのかが気になるんじゃないかな」
「そうかな」
「そうだよ、由仁の双子がそんな恨めしがりなわけないし」
そう、と答えた。

そんなに恨めしい?僕が生きているから。
そんなにくやしい?自分が死んだから。
羨ましい?僕がしあわせで。
弟の存在をしってからずっと、問いかけていた、問いかけてきた、心の声がないだ。

凛、と呼びかける。
なに、と返ってくる。
「そばにいられるかな」訊ねた。ずっと、は飲み込んだ。
弟の死の上に成り立っている世界。そんなにすてきなことばかりじゃないけれど、必死にしがみついている。振り落とされたくない。だから。
それでも、一本ずつはがされるように外れ、いつかは手放さなければならない。
そのあいだ、ずっと。
巡るさき、また弟に会うまで。
そばにいられる?
「できる限りがんばる。由仁がそんなこと言うなんてめっちゃがんばるんだけど」
前向きに検討してくれる声がした。ふわっと丑三つ時に笑いが漏れる。
部屋の隅に立っている影も、きっと笑ってくれている。
そんな気がした。
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【2018/05/04 21:49】 | お題SS。
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